優秀で天然な魔法使い、勇者パーティーに加わる。
穏やかで落ち着いた午前のひととき。
魔王城の園庭。
魔王ゼファ・ベーゼの側近、エリオット・ローズは、自慢の園庭に咲き誇る無数の薔薇に丁寧に水をやっていた。
そこへ、宿敵のコルディがひょこりと姿を現す。
「エリオットさん、私にも手伝わせてください!」
「き、貴様はコルディ・ホープ!…… 気やすく声をかけないでいただきたい!」
ぎょっと目を丸くして、コルディを見つめる。
「…すみません。でも私、エリオットさんを傷付けるつもりはなくて…… 最近、新しい魔法を覚えたので使ってもいいですか?」
「まぁ、好きにしたらどうです?
魔王様からも、貴方の行動を制限しないようにと言われておりますので」
コルディは城内ではおおむね自由だ。
好きな場所へ行き、好きに過ごせる。
だが、たったひとつだけ決まりがある。
二十時までに、必ずゼファの私室へ戻ること。
それは命令というより、言いつけだった。
「…ありがとうございます!
“アクロ・ファウンテン”流水群の軌跡―――」
(っな、融合魔法…だと!?)
それは水と光の融合魔法。
コルディが両手をかざすと、光を帯びた巨大な水の塊が空中に浮かび上がった。
その水塊が勢いよく破裂すると、無数の細かい水霧が舞い上がり、園庭にしっとりと降り注ぐ。
まるで流れ星の群れのように。
水滴が地面に当たるたびに、光を反射して煌めいた。
(コルディ・ホープ……あなたは、いったい…)
幻想的な輝きで満たされた園庭。
光を纏った薔薇の美しさに、エリオットは目を奪われる。
魔法が収束すると、水霧はゆっくりと消え、園庭には静かな輝きだけが残った。
「……美しすぎる…」
驚きと称賛。
エリオットは瞬きひとつせず、園庭の景色を眺めていた。
植物を愛する彼だからこその深い感動。
ここまで生き生きと咲き誇る薔薇を見たのは初めてだった。
「コルディさん、貴方… 才能がおありなんですね」
感動の余韻に包まれたのち、エリオットはそう言い放った。
それは、コルディ・ホープが放った融合魔法に対する純粋な驚きだった。
二つの魔法属性を組み合わせた融合魔法―――
選ばれし者しか扱えない特異な魔法。
熟練者でも容易には扱えない。
しかし、コルディは違った。
ルハの指導のもと、確実に魔法の精度を高め、常識を超えた力を身につけつつあったのだ。
いつの日か、本当に魔王を倒してしまうのではないか―――
その考えが、エリオットの胸にじわりと重くのしかかる。
「エリオットさんのお手伝いができて嬉しいです!!!」
だが、当の本人はとんでもない力の持ち主であるにもかかわらず、その自覚もなく、楽しげに魔法を使っている。
その無垢な笑みを目にして、エリオットの肩の力がふっと抜けた。
♦ ♦ ♦
「……どこへ行く、コルディ・ホープ」
魔王城、黒鉄の大門。
漆黒の鎧に身を包んだ門番、ジャスター・ハンドが、城を出ようとするコルディを呼び止めた。
憎悪を帯びたオーラを放ちながら。
「ジャスターさん、こんにちは。えっと、魔の森に遊びに行きたいのですが…」
「遊びに…だと?」
そのふざけた言葉に、ジャスターは耳をぴくりと動かした。
魔の森は、遊び半分で足を踏み入れる場所ではない。
魔王城を取り囲む深い森―――
終焉の森、迷宮の森とも呼ばれるその土地には、強力な魔物が数多く生息している。
そこを攻略し、無事に抜け出せた者だけが、魔王城へとたどり着けるのだ。
推奨パーティーレベルは70から80。
油断すれば命取りの、まさに試練のステージである。
「もちろん、魔族の方たちには手を出しません!
今日はやることがなく暇なので…お城の周りを探索したいんです!」
危機感をまるで携えていないコルディは、いつものごとくお気楽モードだ。
「……怪しい動きをしたら絶つ」
鎧の兜越しにのぞく瞳が、鋭く光る。
(ジャスターさん、相変わらず恐い。仲良くなりたいんだけどなぁ)
その視線にコルディは一瞬ドキッとしたものの、気まずさを紛らわすようにジャスターに軽く手を振り、のんびりと歩き去った。
人一倍警戒心の強いジャスター・ハンド。
その心を解きほぐすには、もう少し時間がかかりそうだ。
♦ ♦ ♦
魔の森、最後の安息地。
いわゆる最終回復ポイントで、勇者たちは輪になり、互いに視線を交わしていた。
「魔王城まであと少し。長い旅路だったな…」
勇者リック・ブライトは、これまでの冒険の旅路を思い返しながら、ふと長い息を零した。
洞窟探索、雪山攻略、砂漠エリアの突破―――
力を磨くため、数々の土地を巡り、どんな試練も乗り越えてきた。
各地に生息する魔物を討ち倒し、技の精度を磨きながら、着実に戦闘力も身につけてきた。
仲間と共に歩んだ幾多の道。
そして今―――
魔王城への道は、ついに開かれたのだ。
「本当に、色んなことがあったわね。
早く魔王を倒して、世界に平和をもたらしましょう!」
勇者の隣に座る女剣士の名は、ヘレナ・フライズ。
二本の短剣を自在に操り、素早く華麗な技を繰り出す。
「ああ、俺のこの――― 闇を切り裂く聖剣、“ルシフェル”でとどめをさす!」
勇者リックは、自身の聖剣を天に掲げ、力強く声を張り上げた。
瞳に宿るのは、魔王を討つ覚悟。
その強い意志が、仲間たちの胸にも火を灯す。
「うぉぉぉ!!!俺さま早く有名になりてぇ!!!」
火炎を操る大剣の戦士、ダリド・ファイは勇者に負けない勢いで、力強く声を響かせた。
「……まだ、勝つと決まったわけではありません」
聞き逃してしまいそうなほど、静かな声。
優しい瞳をした細身の男は、風魔法を自在に操る魔法使い、ウィンズ・カームだ。
(ゼファと勇者パーティーの決戦の舞台… 気になる)
草むらの陰に身を隠しながら、コルディは勇者たちの話に耳を傾けていた。
魔王ゼファ・ベーゼ討伐に向けて士気を高める勇者パーティー。
彼らの実力で、どこまで魔王を追い詰められるのか。
ある計画を企てるコルディにとって、彼らはライバルでもあった。
万が一、勇者たちが魔王を討ってしまえば――― 百億モンドは一瞬で消える。
このまま魔王城へ向かわせていいのか。
揺れる草葉の隙間から、真剣な面持ちの勇者たちを見つめるコルディの目には、迷いが浮かんでいた。
その時だった。
「―――そこにいるのは誰だ!?」
勇者リックは、コルディの潜む茂みに鋭い視線を向け、力強く言い放った。
「魔物!?盗み聞きなんて、死ぬ覚悟ができているんでしょうね」
「こそこそしやがって。出てこい、魔物!!!俺さまの大剣で焼き払ってやる!!!」
二本の短剣を構えるヘレナ、今にも大剣を振りかざしそうなダリド。
ウィンズも、風の魔法を即座に放てるよう体を構えていた。
「お前は――― 魔物では…ないな。ん?そのオーラ…… お前、光魔法の使い手だな!?」
恐れを知らぬ足取りで近づいてきたリックは、気まずそうに立ち上がるコルディを見た瞬間、その目を大きく見開いた。
「光の魔法使い!?」
「何だと!?逸材じゃねぇか!こんなところで何してるんだ?」
華麗な輝きを放つ白銀の髪。
水晶のような透き通った瞳。
そして、コルディから放たれる神秘のオーラ。
勇者はすぐに彼女が光の魔法使いであることを見抜いた。
もちろん、誰もがコルディの正体を見抜けるわけではない。
それは、魔法に精通した者にしか感じ取れぬ、天性の輝き。
「―――お前、仲間にならないか?」
闇の最大の弱点――― 光。
真の光を手にすれば、勝利は確実だ。
その力があれば、魔王を滅ぼすことができる。
リックの瞳は獲物を狙う獣のように欲望に満ちていた。
「ナイスアイディアね。
私は二刀流剣士のヘレナ。この巨体は、大剣使いのダリド。細身の彼は、風魔法の使い手、ウィンズよ」
「……えと、私は…コルディです」
「コルディ!可愛らしい名前だな。俺は勇者のリック。よろしくな!!!」
リックは静かに手を差し出し、決意に満ちた表情で握手を求めた。
「パーティーに加わる」と言った覚えないが、自然の流れに身を任せているうち、気づけばコルディはもう勇者パーティーの一員となっていた。
だが、彼女にとって、それはむしろ都合の良いことだった。
勇者たちの実力を、間近で観察する絶好の機会。
そして、戦いの末、ゼファの魔力が削れたその瞬間、コルディに最大のチャンスが巡ってくる。
(ゼファに勝てる…かも?)
一対一では絶対に勝てないと、コルディは分かっていた。
だからこそ、勇者たちをうまく利用して、弱った魔王ゼファ・ベーゼを一気に拘束するつもりだ。
その考えはせこいものだった。
「今から一緒に魔王を倒しに行くんですよね?」
「ああ、そうだ」
「防具とか余ってませんか?」
このままコルディ・ホープの姿で魔王城に挑んでも、計画はすぐに台無しになってしまう。
ゼファの不意を突くためには、勇者パーティーの一員として完全に溶け込む必要がある。
「私のおさがりでもいい?“アミュレット・ローブ”よ。闇魔法に対する耐性がしっかり付いているわ」
「ありがとうございます!それと…できれば頭にも何か被せたいのですが……」
「俺の“ドラゴン・ヘルム”を貸してやろう。重量はあるが、防御力は抜群に高い」
ダリドは自信満々にヘルムを差し出し、少し得意げに言った。
「かっこいいですね!ヘレナさんにダリドさん、ありがとうございます!」
「見た目はまぁ、笑えるが、今はあるもので我慢してくれ」
リックは口を押さえながら、笑いを必死にこらえていた。
丈の長い厚手のローブに身を包んだコルディの頭には、サイズの大きい頑丈なヘルメット。
それは誰が見ても、センスの欠片もない装備だった。
だが、コルディはなぜかその奇妙な変装に満足そうにしていた。
(これならゼファに私だってバレないよね?)
やはり、コルディはどこか抜けているのだろう。
「よし、頼もしい新メンバーも揃った!これで準備は完璧だ!
―――さあ、魔王城へ行くぞ!」
「「「「おー!!!!!」」」」
気合いを入れて、片手を高らかにあげる。
はてさて、どうなることやら。
♦今日の魔法♦
【“アクロ・ファウンテン”流水群の軌跡】
光を帯びた水塊から、水霧のシャワーを放つ光と水の融合魔法。
広い庭を一気に潤すことができる。
その演出は、まるで幻想的な噴水のよう。
♦今日の登場人物♦
リック・ブライト(23)
・勇者
・光の力を纏う聖剣“ルシフェル”の使い手
・人使いがやや荒い
ヘレナ・フライズ(22)
・二刀流の剣士
・自身のしなやかさを活かした攻撃が得意
・やや口調が冷たい
ダリド・ファイ(26)
・炎の大剣使い
・横暴な性格
・声がでかい
ウィンズ・カーム(19)
・風魔法の使い手
・臆病な性格
・声が小さい




