優秀で天然な魔法使い、魔力値を測る。
翌朝、目を覚ましたコルディは、ベッドから降りようとして、ふと、足元に人影があることに気付く。
床に横たわっていたのは、ゼファだった。
昨夜の記憶が、途切れ途切れに蘇る。
シャノン・ヴェーネから受けた猛毒魔法。
魔力は底を尽き、自己治療すら叶わぬ絶望的な状態。
意識が沈みかけたその時、現れたのが魔王ゼファだった。
解毒魔法を使われた覚えはない。
だが、強い腕に抱き上げられ、ベッドまで運ばれた感触だけは、微かに残っている。
(まさか、寝ている間に、解毒してくれたのかな…?)
気まぐれか、あるいは何らかの思惑か。
それでも、生かされたという事実は変わらない。
コルディはそっと身を屈め、指先でゼファの髪を撫でた。
(何だか、ちょっと可愛いかも)
思わず、くすりと笑みが零れる。
無防備に眠る姿は、本来の魔王の姿とはあまりにもかけ離れていた。
「ふふ、昨日はあんなに恐かったのに…」
あの時、確かに感じた殺気。
冷徹な憤りを宿した瞳。
コルディは闇の重圧に飲み込まれる寸前だった。
けれど、ゼファの怒りは光に打ち消されるように、いつの間にか消えていた。
本来ならば、憎まれてもおかしくない。
仲間を危機に追いやったのは、自分なのだから。
それでも彼は、苦しむコルディを見捨てなかった。
(…あなたって、本当に世界を脅かす存在なの?)
以前、国王に告げられた言葉が、ふいに脳裏をよぎる。
本当に恐ろしい存在なのだとしたら―――、自分はもう、とっくに消されていてもおかしくないはずだ。
コルディにしては珍しく、冷静に物事を考えていた。
♦ ♦ ♦
「体の調子はどうだ」
起きてきたゼファが、低く落ち着いた声で問いかける。
「おはよう、ゼファ。すっかり元通りです」
テーブルの上に朝食を並べながら、コルディは自然な笑みを向けた。
「あ、あぁ…そうか」
「朝ご飯を作ったので、良かったら一緒に食べませんか?」
椅子を引き、ゼファを席へ促す。
「いただこう」
ゼファは静かに腰を下ろし、視線を前の料理へと落とす。
平皿の上には、焼き立てで香ばしいパンと、形の整った目玉焼き、そしてジューシーなベーコンが丁寧に添えられている。
その隣には、湯気を立てる温かなオニオンスープ。
作りたての朝食から漂う匂いは、ゼファの空腹を刺激した。
スープを口に運び、味わうようにゆっくりと飲み込むと、ゼファは柔らかな笑みをコルディに向けた。
「美味しいよ」
これまで感情を表に出すことの少なかった、魔王ゼファ・ベーゼ。
それがコルディの前では、どこか柔らかさのある表情を見せている。
「お口に合って良かったです」
自分の作った料理を食べてもらえたことに、コルディの胸は温かい満足感で満たされていた。
「コルディ…… あの、…き、昨日は…すまなかった。君を恐がらせてしまった」
ゼファはスプーンを置くと、意を決して口を開いた。
「いえ、謝らないでください。よく考えたら私は魔族の天敵ですし、ゼファが怒るのも当然ですよね」
「……確かに君は討つべき相手だ。だが、僕は、その……君を手放したくはない。
引き続き、専属メイドとして働いてくれないか?」
その言葉には、光を閉じ込めておきたいという欲望が含まれているのか。
それとも、素直な願いなのか。
コルディは頬に手を添え、少しだけ思考を巡らせた。
そして――― やはり、天然の答えを出した。
「それって暗殺を続けてもいいってことですか…?」
(―――は?)
予想外の返答に、ゼファは言葉を失った。
その目は、瞬きひとつせず、コルディを見つめる。
「駄目ですか……」
がっかりした表情で、コルディは目を伏せる。
「いや、それは構わない(構わないのだが…)」
もちろん、戦闘狂のゼファにとって断る理由などひとつもない。
むしろ歓迎すらしている。
だが、理解が追いつかなかった。
(コルディ……こいつ、まだ僕を――― 殺そうとしているのか?
光の魔法使いのくせに、性格は邪悪なのか? どうしてそこまで暗殺にこだわる?)
光と闇、相容れない関係でも、意外と悪くない付き合いができていると思っていた。
それでもコルディは、未だに暗殺の可能性を捨てていない。
もしかすると、相当恨まれているのか――― ゼファはそう考えを巡らせた。
しかし、当の本人は魔王に恨みなど抱いているはずもなく。
(百億モンド!!! 百億モンドぉお!!!!)
報酬のことだけを、ひたすら考えていたのだった。
♦ ♦ ♦
「おかえりなさいませ、魔王様―――と、コルディさん?」
魔王城、エントランスホール。
主の帰還を出迎えるエリオットの視線は、隣に立つ存在に自然と注がれていた。
(コホン…… シャノンが、魔王様はコルディを始末しに行ったと仰っていましたが?)
エリオットは念話魔法で、そっとゼファの脳裏に問いかける。
(いや、解毒しに行った)
元より、コルディを手にかけるつもりなど毛頭なかった。
昨夜、あの接吻を思い返すだけで、ゼファの頬は自然と赤く染まっていく。
(解毒!?まさか魔王様、この女とキッッッ―――)
「キス、したんですか。魔王様」
エリオットの後ろから、鋭く飛んでくるシャノンの声。
キスされた記憶がないコルディは、目をぱちりと瞬かせ、首を傾げた。
ゼファは小さく息を漏らすと、「ああ」と素直に答えた。
迷いも隠しもしない。
「―――っ、」
両手を握りしめ、冷たい視線をコルディに向けるシャノン。
この女が魔王に何かしたに違いない――― 疑いの色が、瞳に濃く滲む。
(魔王様自ら解毒するなんて、絶対にあり得ないのに!)
その事実を知ったコルディは、頬を赤く染め、驚きと恥ずかしさで目をぱちぱち瞬かせた。
「シャノン。光の魔法使いは僕のものだ。僕が好きにする。だから、勝手に殺そうとするな」
それは魔王の命令だった。
誰にも触れさせない。
自分だけの光。
ゼファは、コルディを失いたくなかったのだ。
「でもこの女は魔王様の命を狙ってるんでしょう!?
もし魔王様が消えてしまったらあたしは…あたしたちはっ……」
(シャノンの言う通りです)
エリオットはシャノンの言葉に同意するように、何度も頷いた。
「案ずるな。僕は何度でも、コルディをねじ伏せる」
そう告げると、ゼファはぽんとコルディの頭に手を置いた。
目をぱちりと見開いたコルディは、思わず肩をすくめて反応した。
((コルディ!!?? 魔王様が、名前を呼んだ!!??))
エリオットとシャノンの心の声が、重なり合う。
「―――じゃあ、今日は、僕の部屋を掃除してもらおう」
「はい、頑張ります!」
ゼファは転移魔法を発動させ、コルディと一緒に最上階の私室へと移動した。
二人の距離は、静かに、着実に縮まっているようだ。
♦ ♦ ♦
「魔法は使わないのか? 温存か?」
「そうですね。
最近はとくに魔力の消耗が激しいので、休ませようかなと」
「そうか」
コルディはゼファの私室を丁寧に掃除していた。
窓拭き、本棚の整理、カーペットの掃除機掛け、椅子の脚底に付着した小さな汚れまで、手を抜かずに一掃する。
魔法を使えば一瞬で済むことだが、今日はすべて自らの手で行っていた。
ここ最近は魔力を使い果たす日々が続いていたため、今更ながら魔力の管理を意識していたのだ。
(しっかり働いているな…)
ゼファは真面目にメイドとしての業務に取り組むコルディを見て、感心していた。
しかし、つい無意識に彼女を見つめている自分が恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らす。
その時、扉がノックされた。
「魔王様〜! コルディさんを貸してもらえませんかぁ〜?」
「ルハ…?」
ルハ・シャドー。魔法に詳しいだけでなく、実力も折り紙つきの研究者だ。
扉を開けると、探究心に満ちたルハが目を輝かせ、勢いよく飛び込んできた。
「コルディを借りたい?何をする気だ?」
「コルディさんの身体検査をしたいんです!」
「身体検査……?」
その言葉に、コルディの顔が少し引きつる。
ルハはそれに気付くと、彼女の不安を解き払うように柔らかな口調で話を続けた。
「えっと、魔力量を調べたいんです!
場合によっては、更なる魔力解放が期待できるかもしれません」
(更なる魔力解放!?私、もっと強くなれるのかな?)
ほんのつい先ほどまで怪しんでいたコルディだが、魔力開放という言葉にはたちまち興味を示した。
目を輝かせながら、ルハのもとへと足を進める。
「(魔力開放…ありだな)許可しよう。僕もあとから行く」
ゼファが承諾すると、二人は顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
ルハは魔法研究において随一の才能を持つ人物。
コルディが更なる力を手に入れれば、戦いはより深く、より刺激的になる。
ゼファの瞳は、期待と興奮に満ちていた。
♦ ♦ ♦
魔王城の一階、ルハ・シャドーの魔法研究部屋。
そこに足を踏み入れたコルディは、初めて目にする数々の装置に思わず目を見開いた。
部屋の壁際には、形も大きさもバラバラな魔法装置が並んでいる。
魔法精度を測る装置、円盤状の板の上には、青い輝きを帯びた魔法陣が刻まれていた。
その隣には、魔法の属性を解析する、透明なガラス球。
テーブルの上には大量の資料と、幻想的に輝く、多彩な魔法薬。
データを自動で記録する魔力記録装置。
すべてが未知の世界のようで、コルディの胸は好奇心と驚きでいっぱいになった。
「では、この中へ入ってください!」
その中で、今まさにコルディが立たされているのは、魔力を測定する装置の前だった。
天井近くまで届く、巨大な筒状の装置。
コルディは好奇心に胸を躍らせながら、ルハの指示に従って魔力測定装置の中へ足を踏み入れた。
「さぁ、コルディさん! 準備はいいですか?」
「…お願いします!」
コルディの声を合図に、ルハは楽しそうに装置の電源を入れた。
「ピピピ…」と電子音が響き、微かな振動とともに装置が動き出す。
科学と魔法が交差する、不思議な空間。
コルディの全身をスキャンし、体内を走る魔力の流れを測定していく。
数分後、装置は光を収め、静かに停止した。
「おぉ!?これは―――!!!」
測定結果を目にしたルハの瞳は大きく見開かれ、興奮で輝いていた。
「コルディさんは、魔王様と同等の魔力量を携えています!」
「いや、それはないだろう」
そのタイミングで研究室の扉が開き、ゼファが入ってきた。
測定結果によると、コルディ・ホープの体内を巡る魔力値は8000から10000だ。
その数値は、ゼファ自身のデータとほぼ同等の値だった。
しかし、ゼファは疑わずにはいられなかった。
コルディと一戦交えた経験を持つ彼は、彼女の魔力値が自分より低いことを知っていたからだ。
「多くても5000くらいだろう」と、ゼファはそう呟く。
「本当なんですよ!
でも、コルディさんには魔力封じの闇魔法がかけられているんです。
そのため、魔力開放はできません。
以前、魔王様以外の闇魔法の使い手と接触したことはありますか?」
研究室の空気が一瞬、張り詰めた。
「ないと思います。ただ……
私は五歳までの記憶がないので、一概にないとは言い切れません」
「ほぅ、それは…… 怪しい匂いがプンプンしますねぇ~!」
その真実を聞いたルハの瞳に興奮の色が滲み、声も思わず弾んだ。
一方、ゼファは鋭い視線でコルディをじっと見つめる。
「…誰かが意図的に君の魔力を封じた?」
その声は低く、静かな怒気を含んでいた。
「コルディさんの力を恐れて、策を講じたのでしょうか?」
ルハは腕を組み、眉をひそめながらそう解釈した。
「ふん… 気に食わないな。コルディの過去について、徹底的に調査しよう」」
「……ゼファはどうしてそこまでしてくれるんですか?」
コルディは戸惑い混じりの声を漏らした。
敵であるはずの自分を気に掛けてくれるゼファに、素直に疑問が湧いたのだ。
「君の秘められた力を見てみたい」
ゼファが求めるのは、ただ刺激のある戦闘。
そして、もう一つ―――
単純に、コルディの過去が気になったのだ。
今まで誰にも興味を示さなかった魔王ゼファ・ベーゼ。
だが、コルディという存在だけは、どういうわけか気になって仕方がなかった。
「僕も大賛成です!!!」
緊張感に包まれた空間を、切り裂くような弾む声。
ルハの瞳は、これまで見せたことのないほど強く輝いていた。




