優秀で天然な魔法使い、圧倒的な力を見せつける。
「エリア・リムーヴァル!聖なる光よ、あらゆる不浄を浄化せよ!」
コルディが魔王城のエントランスホールの中央に立ち、光魔法を放つと、広大な空間が流れる水のように清められていく。
天井の隅にたまった埃からシャンデリアの上に降り積もっていた埃までもが瞬く間に除去され、萎れかけていた植物さえも生命力を取り戻したのだ。
「ふぅ、光魔法も色々な使い道があるわね」
コルディは両手を腰に当てながら満足げに頷いた。
圧倒的清潔感に満ち溢れた空間を見つめる目は、達成感でいっぱいだ。
次に目をつけたのは中央階段。
だが、コルディは同じ魔法は一日に一度しか使えない。
「よし、洗濯しよう!」
掃除の続きはまた明日取り組むことにして、ランドリールームへ足を運ぼうとしたその時、背後から声をかけられて足を止める。
「ちょっといいかしら?コルディ・ホープ」
「………」
振り向くと、そこにはシャノンとジェスターが立っていた。
不機嫌そうなオーラを漂わせながら。
コルディより少し背の高いシャノンは、彼女を冷ややかな目付きで見下ろす。
ジェスターも同じだ。彼女を見下ろす目の内には明らかな嫌悪感が宿っていた。
コルディは二人の様子がおかしいことに気付いたが、平然を装うことにした。
「あ!えっと、シャノンさんに、ジェスターさん!どうかしましたか?」
いつも通りの明朗な口調でそう尋ねる。
「掃除してほしい場所があるの。ついてきてくれない?」
シャノンの口から出た言葉に、コルディは思わず目を丸くした。
一目で怪しいとわかる状況だった。
しかしコルディは、自分の胸に潜む誤解が解けたかのように晴れやかな表情で微笑んだ。
「(魔族の方から声をかけてもらえるなんて嬉しいな)もちろんです!」
あろうことか、シャノンとジェスターは緊張で怖い顔つきになっていると、解釈したのだ。
(ちょろそうね、この女)
誘導に成功したシャノンは、冷ややかな視線のまま、口角を怪しく吊り上げた。
♦ ♦ ♦
「こ… ここは、確かに、掃除が必要ですね……」
魔王城の離れにある大倉庫。
そこへやってきたコルディは、倉庫全体を見渡しながら口を開いた。
崩れた積み荷。
処分されぬまま数年は放置された空き箱。
四方に散乱している古紙。
何がどこにあるのか、見ただけでは到底見当もつかない。
倉庫というよりはゴミ置き場だ。
(これは…大変ね)
コルディは頭を悩ませていた。
埃や汚れを除去できる浄化魔法は一つしか覚えていない。
つまり、この散らかり放題の倉庫を今すぐに片付けることができないのだ。
何か使えそうな魔法はないか。
顎に手を当てながら考え込んでいると、隣りにいたシャノンがコルディと向かい合うように立ち、不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、本当の目的は掃除じゃないんだけどねぇ」
「え?」
「……貴様は我ら魔族、そして魔王様を脅かす存在。ここで息の根を止める」
今まで黙っていたジェスターがコルディをじっと睨み付けたまま、静かに口を開く。
そして魔力を集中させ、空中に黒銀の槍を召喚すると左手で力強く握りしめた。
「え!?エリオットさんといい、あなたたちまで?(光の魔法使いだってこと隠しておくべきだったかな?)」
今更気付いてももう遅い。
敵意むき出しの二人を前にコルディは息を呑み込みながら、一歩後ずさる。
「―――漆黒の迷霧、‘’ミッドナイト・フォグ”」
ジェスターが魔法を唱えると、視界を遮るほどの黒い霧が倉庫内に立ち込めた。
漆黒の迷霧“ミッドナイト・フォグ”はゼファの闇魔法、黒き世界“ゼロ・ヴィズビリティ”と同様の効果を持っている。
対象の視界を塞ぎ、技や魔法の命中率を下げる、行動制限魔法だ。
しかし光の魔法使い、コルディ・ホープには全く効いていなかった。
(ゼファと比べると、魔法の精度が低いみたい)
呑気にそんなことを考えていると、
「……消えろ、光」
鋭い槍が、何の前触れもなく真正面から飛んできた。
「―――っく、」
間一髪のところで避けたコルディは、冷静に次の攻撃に備えて体勢を整えた。
「魔王様には指一本…触れさせん」
「物理攻撃は苦手です!」
霧魔法、そして槍の達人でもあるジェスター・ハンドは容赦なくコルディに攻めかかる。
踊るように、軽やかなステップで幾度となく槍を突き刺す。
そのたびに、コルディは間一髪でかわす。
しかし、鋭い槍の先端によってメイド服は安易に突き破られてしまい、あちこちが裂けてしまった。
(どうしよう?戦わないと本当に殺されちゃうかも。でも二対一じゃ分が悪い)
光魔法を放つべきか、彼女は必死に考えを巡らせた。
「俺の槍が通らない…」
息を切らしながらジェスターが呟く。
長年積み上げてきた槍術。
自身の努力で培った自信。
勇者パーティーを何度も圧倒した確かな腕。
その全てが、今、目の前で幾度となく交わされている。
現実を受け止められず、ジェスターの顔に焦りが滲む。
「ジェスター、何落ち込んでるのよ!攻撃し続ければいつかは当たるわ!
猛毒の牙、“サーペント・フレンジー”―――毒蛇たちよ、あの女を嚙み殺しなさい」
「へ、ヘビ!?わぁっ」
シャノンは意気消沈しているジェスターに励ましの言葉をかけると、一歩前に出て、自身の魔法を唱える。
猛毒の牙“サーペント・フレンジー”は召喚魔法の一つだ。
その場に現れた毒蛇はコルディを視認すると、素早く地面を這い進む。
コルディは散乱した荷物を盾にしながら蛇から逃げていた。
「あんた、逃げてばかりね。あたしたちをなめてるの?」
そんな様子を見て、シャノンが苛立ちをあらわにする。
「違います。迷っています」
コルディは蛇の動きを警戒しながら口を開いた。
「はぁ?何を迷う必要があるのよ」
「あなたたちを、―――掃除するかどうか」
下手すれば、命取りになりかねない光魔法。
国王陛下から受けた依頼は魔王ゼファ・ベーゼの暗殺のみ。
他の魔族を巻き込みたくはなかったが、目的の邪魔をするならば仕方がない。
「っっっ!?ますますムカつく女ね!!!毒針の豪雨、“ヴェノム・ストーム”!!!」
鋭い眼差しで目を吊り上げたシャノンは、怒鳴るように魔法を唱えた。
隠しきれない怒りが全身から放たれている。
「(さすがに避けきれない…!)“ブレスト・シールド”神の恩恵」
「っち、本当に忌々しい魔法ね」
頭上から降り注ぐ、無数の毒針。
コルディは防御魔法を駆使し、光の壁で針を弾き返し、消滅させた。
(拘束魔法はゼファに使うために残しておきたかったけど…暗殺の邪魔をするなら仕方ないわ)
できるだけ魔法と魔力の温存をしたかったが、やむを得ない状況だと悟ったコルディは、気が進まない中静かに口を開いた。
「“バード・イン・ザ・グレイス”加護の中の鳥、エリア拡大」
「―――な!何よこれ!?」
「くそ…光の拘束魔法だ……」
輝きを放つ魔法陣から立ち上がる光の柱。
上級の拘束魔法、バード・イン・ザ・グレイスはゼファを捕らえるために温存しておきたかった。
しかし、コルディには選択肢がなかった。
「はぁ… ごめんなさい。こうするしか、ないんです」
「おぞましい光!触れてもいないのに、何なの、この息苦しさ… 拘束を解きなさい!!!」
光の柱の圧力に体を震わせ、シャノンは必死に叫ぶ。
「…でも拘束を解いたら、私を殺そうとしますよね?」
コルディはエプロンについた汚れを払いながら、冷めた目つきでシャノンに問う。
(完成に光に飲み込まれている。上位魔族のあたしたちが抗えないなんて、この女…危険すぎるわ!)
「っく、このままだと…光に……喰われる………」
崩れ落ちるように地面に膝をつき、苦痛に顔を歪ませるジェスター。
槍は光に抗えず、虚空へ消滅してしまった。
「さきに攻撃を仕掛けてきたのはあなたたちですよ。―――とどめをさしましょうか」
二人に近寄りながら淡々とそう告げるコルディの目は、本気だった。
シャノンは心の奥底で冷静さを保ちながら思考を巡らせた。
「(ここは、一か八かね)あ、あたしたちが悪かったわ!!!謝るから、許してくれない?」
懸命に呼吸を整えながら、この状況を打破するために芝居を打つことにしたのだ。
「……謝ってくれるんですか?私だって本当は争いたくないんです」
胸に手を当ててぎゅっと握りしめる。
「ごめんね、コルディ。あたしたち、友達にならない?」
“友達”
コルディはその言葉に大きく反応した。
「と、友達ですか!シャノンさんと?もちろんです!魔族の友達ができるなんて何だか不思議な気持ちです!」
すぐに拘束を解き、よろけるシャノンを両手で支える。
「ありがとう。本当に…」
シャノンはお礼を伝えると、コルディの肩に手を乗せて
「あんたって、ちょろいわね」
この上ないほど不気味に笑った。
「え?」
そして、
「死の接吻、“ギフト・オブ・デス”」
自分の唇をコルディの唇に押し付けた。
「―――んっ!(キス!?)」
突如として、重なる唇。
シャノンはコルディの後頭部を押さえつけながら、舌を交えた長く深い口付けをする。
頭が真っ白になったコルディは、混乱のあまり抵抗すらできなかった。
ジャスターは視線の置き場に困っていた。
「っはぁ…」
一分間にも及ぶ接吻。
シャノンは唇を離すと舌なめずりをした。
「今のは… 友情のキス?ですか?」
唇に手を当てながら素っ頓狂な顔で問いかける。
アホな光の魔法使い、コルディ・ホープは罠に嵌められたことに気付いていなかった。
「バカねぇ。
“ギフト・オブ・デス”死の接吻は、最上級の毒魔法よ。あんたの体内に猛毒をプレゼントしてあげたわ。一時間も経てば完全に毒に支配される。残念だけど、解毒魔法を使えるのはあたしと魔王様だけ。あんたは終わりなのよ!!!」
演技派のシャノンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「一時間後に死ぬってことですか…?」
声は震えていたが、瞳には決意の光が宿る。
「そうよ。いくらあんたでも毒耐性はないでしょう?」
「毒耐性…どうでしょう?
でも、黙ってやられるわけにはいきませんので」
シャノンをじっと見据える瞳は、静かな怒りを帯びていた。
「友達になれると思ったのに…」低く落とした声でそう呟くと、迷いなく右腕を振り上げ、力強く詠唱した。
「な、何をする気?」
空気一帯を震わせる気迫に、シャノンは無意識に後退る。
「やっぱり掃除します。
――― 光の最上級断罪魔法、“ディヴァイン・ジャッジメント” この者たちに、神聖なる裁きの一撃を」
コルディがその魔法を放った瞬間、場内は一瞬にして眩い光に包まれた。
掲げた右手の上に無数の光が集束し、球状に膨らんでいく。
それは――― 闇を貫く、断罪の光。
シャノンとジェスターはただ立ち尽くすしかなかった。
その身に迫る膨大なる光の前では、逃れる術も、抵抗の余地もなかったのだ。
「“ペネトレイト”さようなら、魔族さん」
右手に凝縮された光の核が破裂すると、そこから放たれた無数の光の刃が空気を切り裂く。
「終わったわ…」
光の裁きを受けた魔族の行く末は、死―――。
シャノンの口から絶望の呟きが零れ落ちた。
絶望。恐怖。無力感。
存在そのものを裁かれるような圧迫感。
終わりを確信したシャノンとジャスターが目を閉じた時だった。
「無に帰す希望、"ブラックホール"」
闇の底から響く、重く、低い声。
「「魔王様!!!」」
漆黒の渦は光の刃を飲み込み、断罪の光を静かに制御する。
「ゼファ…」
コルディの掌が微かに震え、冷や汗が額から頬を伝った。
目の前に立つのは、唯一光を凌駕する存在、魔王ゼファ・ベーゼだった。
確かな怒りの宿った冷たい瞳は、光の魔法使いを捕えて逃がさない。
(……怒ってる。どうしよう―――)
ゼファは静かに、しかし確実に、光魔法使いに殺気を向けていた。
♦今日の魔法♦
【エリア・リムーヴァル】
光の浄化魔法。
対象範囲の埃や汚れを消し去り空間を清める。
枯れかけた植物にも効果が表れる。
【漆黒の迷霧、‘’ミッドナイト・フォグ”】
霧の行動制御魔法。
黒い霧が空間に立ち込め、対象者の視界を完全に遮る。
攻撃や魔法の命中率も下がり、行動の自由も制限される。
【猛毒の牙、“サーペント・フレンジー”】
毒の中級召喚攻撃魔法。
召喚された毒蛇は素早く対象者を追いかけ回し、鋭い牙で噛みつく。
【毒針の豪雨、“ヴェノム・ストーム”】
毒の上級攻撃魔法。
無数の毒針が対象者を狙って天から降り注ぐ。
触れた部分から猛毒が体内に侵入する。
【“ブレスト・シールド”神の恩恵】
光の中級防御魔法。
身を守る基本的な防御魔法。
物理攻撃を跳ね返すことができる。
【死の接吻、“ギフト・オブ・デス”】
毒の最上級殺傷魔法。
接吻を交わすことで、対象者の体内に猛毒を送り込む恐ろしい魔法。
毒は約一時間の間に全身を支配し、吐き気や寒気、激しい苦痛をもたらす。
やがて抵抗不能となった対象は、生命を失う。
回復には熟練の解毒魔法が必要。
【“ディヴァイン・ジャッジメント”神聖なる裁きの一撃】
光の最上級断罪魔法。
手のひらに無数の光を集めて解き放つ。
光の核が破裂すると、無数の光の刃が放たれ対象者を切り裂く。
発動には時間を要するものの、魔族は恐怖心で行動不能となる。
裁きの一撃を受けた魔族は消滅を免れない。




