優秀で天然な魔法使い、魔王の仲間と対面する。
翌朝、九時。
コルディ・ホープがここへ来て初めて迎える朝。
薄明りの中でゼファはうっすらと目を覚ます。
(僕は… 寝入っていたのか?)
五時間の睡眠。
それはゼファにとっては信じられないほど長い休息だった。
もともと寝付けない体質のゼファは、眠りについても必ず三十分おきに目を覚ましていた。
睡眠という睡眠はとれたことがない。
最近はもう眠いのかどうかも分からないほど、感覚が麻痺している状態だった。
そんな彼が、昨夜は一度も目覚めることなくぐっすりと眠ることができた。
敵対関係にある光の魔法使い、コルディ・ホープの隣で。
「百億モンドぉ… 贅沢な暮らしぃ…… ンフふふふ……」
(は?百億モンド?贅沢な暮らし?寝言か?それよりもこいつ…)
ゼファは眠ったままのコルディを見下ろす。
反対側のベッド端に寝かせたはずのコルディは、なぜかゼファの腕にしがみついていた。
(近い。しかし落ち着く)
ゼファは眉一つ動かさず、静かに観察を続ける。
その瞳は光の魔法使いを細部まで覗き込もうとしていた。
「………んん…」
コルディが半分夢うつつで伸びをし、無意識にゼファの下半身に手を伸ばす。
「おい、や、やめろ」
もぎゅ
寝ぼけた手が禁断の果実をぎゅっと握りしめた。
思考が真っ白になる。
「……な、何をしている」
低く言い放つはずの声が、わずかに掠れる。
触れられた場所が、徐々に熱くなっていく。
ゼファはコルディの頬を片手で捉え、「起きろ」と静かに命じる。
しかし声はわずかに硬い。
ぼんやり目を開けたコルディは、目の前のゼファの存在を信じられないように見つめる。
そして―――
むぎゅううう
「―――っあ、やめろ」
「何これ?」
ゼファのモノを掴んだまま、ぼんやりする意識の中で数秒間考え込むコルディ。
その瞬間、触れてはいけないと悟り、顔を真っ赤にして反射的にゼファを押しのけた。
「きゃぁぁぁあああ―――!!!!!
えっちぃぃぃいいい―――!!!!!
スケベぇぇぇえええ!!!
へんたぁぁぁぁぁい!!!!!」
ベッドの外に転がり落ちたゼファは、慌てて枕で下半身を押さえつつ、壁際へと後ずさる。
「うるさい。寝ている間に僕に近寄ってきたのは君の方だ。
その上、僕のモノを勝手に触ったくせに被害者面か?」
冷静さの中に焦りが滲んだ口調。
魔王ゼファ・ベーゼは珍しく動揺していた。
「…わ、わたしが?」
後悔と恥ずかしさで更に顔を真っ赤にしたコルディは、両手で顔を覆いながらベッドの端に小さくうずくまる。
その時―――
「魔王様ぁぁぁぁぁあああ!!!!!エッチィースケベェヘンターーーイという詠唱が聞こえてきましたが、大丈夫ですかぁあ!!??」
重い扉がバァン!と、勢いよく開き、側近のエリオットが鬼のような形相で部屋に飛び込んできた。
「下がれ、エリオット。僕は大丈夫だ」
「魔王様、その枕は防衛行為ですか!?
―――っく、コルディ・ホープ!魔王様の秘所を狙うとはなんという卑怯者……!
今すぐ消して差し上げましょう!」
エリオットは、コルディがゼファの寝込みを襲ったのだと完全に勘違いしていた。
「エリオット、もういい」
「…本当に、ごめんなさい。無意識だったんです。私… だ、男性と寝たことがなくて…!失礼なことをしてしまいました!」
目を逸らしながら必死に謝罪するコルディ。
無意識に触れてしまったことを、深く反省している様子だった。
ゼファは呆れた視線をコルディに向けながらも、その無防備さに言い返す気になれなかった。
「―――コホン、」
気まずい空気を破ったのは、状況をなんとなく察したエリオットだった。
「魔王様、本日の朝食はどちらで?」
いつも通りの凛とした姿勢で立ちながら、ゼファに問いかける。
「食堂に行く。使用人たちに新しいメイドが入ったと伝えよう」
「新しいメイド?私のことですよね?」
「あぁ、君には僕専属のメイドとして働いてもらう。
滞在中は監視も兼ねて、この部屋で過ごしてもらおう」
(牢獄よりはマシね!それに同じ部屋なら暗殺もしやすい!)
ゼファと同じ部屋にいることで、暗殺のチャンスも広がる――― そう考えたコルディは内心でほくそ笑みながら、次にどう仕掛けるか、静かに模索していた。
「嫌か?」
「いいえ、嬉しいです!」
とびきりの笑顔を向けるコルディ。何かを企んでいるのが手に取るように分かる。
ゼファはその様子を見ながら、次の対決を密かに待ち望んでいた。
「あ!食堂に移動する前に自分に魔法をかけますね。この姿は魔族っぽく見えないので」
昨夜より、変装魔法が解けていたコルディ。
自分に魔法をかけようと手を伸ばした瞬間、魔王は少し急いだ口調で制止した。
「待て。俺がやる」
「え?」「魔王様?」
コルディとエリオットの声が重なる。
二人はまるで「何を言っているのか分からない」と言わんばかりの表情でゼファを見つめた。
「君は魔力を温存しとくべきだ。僕を暗殺したいのだろう?」
一見優しそうだが、計算された提案。
それでもコルディにとっては好都合の話だった。
「お願いします!」と笑顔で伝え、ベッドから降りた。
♦ ♦ ♦
「―――えっと、これは…… 魔王様の趣味ですか?」
ゼファの手によって、魔族風の姿に変わったコルディ。
黒のフリルたっぷりのメイド服に、頭には小さく可愛らしい二本の角。
さらにスカートの後ろには先端が三角に尖ったしっぽまでついている。
「余計なことを言うな、エリオット。メイド服をイメージしただけだ」
(つまり小悪魔風メイド服をイメージしたと… 魔王様の隠された性癖を知れるなんて、仕える者として嬉しい限りです)
「かわいい服!とっても素敵!」
コルディはくるりと回りながら喜んでみせた。
しかし、自分の髪色と瞳の色が変わっていないことに気付き、ふと立ち止まる。
「あの、髪と瞳の色も変えられますか?」
「そのままでいい。君は人間と魔族のハーフ、という設定でいこう」
「な、なるほど?」
コルディはゼファの提案を半分だけ受け入れた。
その様子を見て、エリオットは苦笑いを浮かべつつ立ち尽くすしかなかった。
♦ ♦ ♦
食堂にて―――
四人の使用人たちの視線に見張られながら、コルディはパンを口に運ぶ。
「人間と魔族のハーフねぇ。髪色も瞳の色も光の魔法使いみたいだけど」
核心を突いたのは魔王城のメイドの一人、シャノン・ヴェーネだった。
切りそろえられた毛先が印象的な、毒々しいバイオレットのストレートヘアー。
少し釣り上がった目からは、芯の強さを感じられる。
「しかしこの嬢ちゃん、魔王様に採用されるってことは相当の腕利きだろうな」
がっしりとした体型の中年の男が、腕を組みながら口を開いた。
火焔色の髪は、無造作に逆立てられている。
トレヴァー・イグニス。魔王城の一流料理人だ。
「………美味い」
目の前の料理にだけ集中している男はジャスター・ハンド。
霧に包まれたようなグレーアッシュの髪は、静かだが威圧的な存在感を放つ。
門の番人として、魔王城の安全を守っている。
「…コルディさんはどんな魔法を使うのですか?僕、気になります!」
目を輝かせながら好奇心全開でコルディを見つめるのはルハ・シャドー。
柔らかく揺れる、神秘的な深緑の髪。
見た目は幼いが、確かな魔法の知識を持つ研究者だ。
「私はひか―――」
「コホン!コルディさんは魔王様の専属メイドとして働くことになりました」
ルハの質問に何の躊躇もなく「光魔法」と答えようとしたコルディに、エリオットは鋭い視線を向ける。
この女は未だに自分の立場を分かっていない――― と、内心苛立っている様子だ。
「魔王様の専属!? あんたいったい何者なのよ!」
シャノンはテーブルを叩き、椅子から立ち上がるとコルディを鋭く見据えた。
「専属に選ばれるということは、やはり腕利きの魔族!ぜひ魔法を見せてください!」
ルハはさらに目を輝かせた。
「安易に魔法を使わせるな」
ややざわめく場内、ゼファが静かに口を開いた瞬間、使用人たちは一斉に口を閉ざした。
しかし―――
「うんうん、ゼファを倒すために魔力は温存しておかなくちゃ!」
またしても、コルディ・ホープがやらかす。
「「「「「―――――ぷぁ???」」」」」
魔王城、朝の食堂―――
ド天然コルディ・ホープの直球すぎる爆弾発言に、一同は間抜けな顔をして驚いた。
「隠すつもりだったのに…!」
エリオットは深く頭を抱え、憤りと困惑が渦巻くような表情で、言葉を詰まらせた。
「どういうことですか… 魔王様……」
黙々と食事をしていたジェスターが、険しい表情を浮かべてゼファに問いかけると、ゼファは無表情のまま淡々と話し始めた。
「こいつの目的は僕の暗殺らしい。実際、勇者パーティーよりも手強い相手だ。闘い甲斐がある」
戦闘狂の魔王、ゼファ・ベーゼ。
退屈な日常に突如現れた、自分の命を狙う存在に抱くのは恐怖ではなく、好奇心と期待だった。
コルディを見つめ、ゼファはかすかに微笑みを浮かべた。
「昨日は惜しいところでした。もっと鍛えなきゃですね」
両手を握りしめ、コルディは真っ直ぐにゼファを見つめ返す。
その瞳は燃えるようなやる気に満ちていた。
命を狙う者と、それを喜んで受ける者。
使用人たちは口をぽかんと開け、二人のやり取りをただ呆然と見つめていた。
決して穏やかとは言えない魔王城の食卓。
コルディは最後の一口を平らげると、にっこり笑ってトレヴァーに感謝の言葉を伝えた。
♦ ♦ ♦
仕事内容を話すためにゼファ、コルディ、エリオットは席を外す。
三人の姿が見えなくなると、残った使用人たちは一斉に肩の力を抜いた。
「あの嬢ちゃん、只者じゃないな」
トレヴァーは椅子に深く寄りかかると、話を切り出す。
「光魔法… 僕たち魔族の脅威なる弱点。っく、今すぐ研究したいです!」
ルハは魔族のピンチなど気にも留めず、魔法のことだけを考えていた。
「魔王様が心配だわ。隙を突かれて襲われないかしら」
シャノンが不安げに声を漏らす。
脅威そのものだともいえる、光の魔法使いの存在。
ゼファの死は魔族の破滅を意味する。
放っておくわけにはいかなかった。
しばらく黙っていたジャスターは、シャノンの言葉に耳を傾けながら、重々しい声で口を開いた。
「……あの女、俺たちで始末しないか」
「俺はやめておく。万が一光魔法をくらってみろ。致命傷になるぞ」
ジャスターの思案に、トレヴァーは反対の意を示す。
「あたしは賛成よ。ルハは?」
「僕はコルディさんの魔法を見てみたいので、観戦します!」
いったいどんな強力魔法を拝見できるのか、ルハの胸は期待で高鳴っていた。
「じゃあ、あたしとジェスターであの子を仕留めましょう」
「……あぁ」
シャノンとジャスターは互いに目を合わせ、小さく頷き合う。
果たして、光に抗うことはできるのか。
魔族の敵を討つため、二人は闘志を胸に立ち上がった。
♦今日の登場人物♦
シャノン・ヴェーネ(25歳)
・魔王城のメイド
・毒魔法の使い手
・コルディに敵意を剥き出しにしている
・結構演技派
トレヴァー・イグニス(45)
・魔王城の一流料理人
・筋トレにもハマっている
・炎魔法の使い手
・明るく柔軟、危機にも慌てず対応できる
ジャスター・ハンド(29)
・魔王城の門番
・霧魔法の使い手
・凄腕の槍使い
・魔王を慕っているがゆえ、コルディに当たりが強い
ルハ・シャドー(???)
・魔法の研究者
・影魔法の使い手
・世の中のあらゆる魔法に興味を持っている
・好奇心旺盛で、探求心が強い




