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優秀で天然な魔法使い、闇をねじ伏せる。

 翌日。

 窓から差し込む柔らかな陽光と、小鳥のさえずりが心地よい朝。

 

「―――えぇ!?採用!?」


 コルディの大声が、のどかな街の空気を突き破った。


「まさか、面接を受けた翌日に合否の連絡が来るなんて!」


 そんなのどかな街の風景に似つかわしくない真っ黒な封筒が、コルディの家のポストに突き刺さっていた。

 封筒の裏には、しっかりと“ゼファ・ベーゼ”と直筆のサインが記されている。

 だが、コルディの目には、『合格』の二文字しか映っていなかった。

 彼女は瞳を輝かせると、署名の上にあろうことかチュッとキスを落とした。


「あの面接官様、仕事が早くて素敵! 好きになりそう~!」


 それが暗殺対象本人の名だとも気付かず……


 コルディは鏡の前に立つと、手際よく魔族へと姿を変えていく。

 白銀の髪は漆黒へ、宝石のような碧眼は鮮やかな赤へ。

 頭上にはひょっこりと二本の角が現れた。


「百億モンド! 絶対に手に入れるわよ!」


 鏡に映る自分に向かって意気込みを叫ぶと、眩い光とともに姿を消した。 


 本来なら、攻略に数日を要する魔の森――― 別名フォレストデッド。

 そこを抜けた者だけが、魔王城へたどり着ける。


 だが、空間を自由に移動できる上級転移魔法が使えるコルディには関係なかった。

 “厄介なエリア”を瞬時に跳び越え、魔の森を一瞬で通過したのだ。


「ふふ!」


 今日もコルディは、天然かつ最強である。

 





♦ ♦ ♦


「随分、早いな…」


 魔王城、巨大な黒鉄の城門。

 面接官、もとい魔王ゼファ・ベーゼは予定より早く到着したコルディを困惑しつつも迎え入れる。


「面接官様ぁ~、合格にしてくださるなんてあなたは天使です!ありがとうございます~」


 コルディは満面の笑みを向けながら、感謝の言葉を伝える。


「…君は魔王の暗殺が目的?」


 自分の正体を明かすタイミングを完全に逃してしまったゼファは、ポーカーフェイスを貫きながらそう尋ねる。


「そうです!そう言えば魔王って普段どこにいるんですか?」


「あー、魔王は… 最上階にいる」


「情報ありがとうございます!面接官様って表情は固いけど優しいんですね。お名前聞いてもいいですか?」


 ゼファを見つめるコルディの眼差しはキラキラと輝き、好奇心に満ちていた。

 名前を尋ねられたゼファはどう答えるべきか、一瞬迷いが頭をよぎった。

 ここで自分は魔王だと打ち明けるべきか、本人が気付くまで一面接官を装うか―――。


(そもそも何故気付かないんだ?)


 返事はまだ?と言わんばかりの表情で見上げてくるコルディに、ゼファはしぶしぶ口を開いた。


「…僕はゼ、ゼインだ」


 わずかに視線を泳がせ、吐き出された声はどこか硬い。


「ゼイン!私はコルディ・ホープ。これからよろしくお願いします!」


 コルディは疑う素振りもなく、偽名を嬉しそうに呼ぶ。


「……あぁ、よろしく」


 結局偽ってしまった、とゼファは俯き加減に小さく首を振った。


「それで、私はどんな仕事をすればいいのですか?」


 コルディは上目遣いでゼファの顔を覗き込み、質問を続ける。

 

 魔法で無理やり染め上げられた髪と、どこか不自然に光る赤い瞳。

 髪の間から突き出した角は、まるでプラスチックのおもちゃのような質感だ。

 お世辞にも完璧とは言えないそのなりすましに、ゼファの鉄面皮がわずかに引きつった。


(魔族に成りすましているつもり……なんだろうな。なぜその程度で騙せると思ったんだ)


 喉の奥まで出かかったツッコミを、無理やり飲み込んだ。


「面接官様?」


「あぁ、とりあえず君にはまず城を見てもらおう。僕の従者―――、ではなくエリオットという使用人に案内を任せている。そのあとは自室で休んでいい。具体的な仕事内容は明日伝える」


「お城を見て回るんですね!分かりました!」


 入口の重い扉が自動で開くと、その先には魔王の側近、エリオットが凛として立っていた。

 すぐに昨日のサブ面接官だと気付いたコルディは「あなたがエリオットさんね!」と顔を明るめ、小走りで駆け寄った。

 

「はい、エリオットです。コルディさん、採用おめでとうございます。魔王城… 気に入っていただけると嬉しいのですが」


「ありがとうございます!このお城、とっても素敵ですね!何だか別世界に来たみたいでワクワクします!」


「光栄です。では、まお(ゼインだ)――― コホン、ゼイン様、また後程(正体を隠し通すおつもりなのですね)」


 エリオットの視線が、無言のまま魔王を射抜く。


「あぁ(伝えるタイミングを逃した)」


 二人は念話魔法を使って脳内で会話していた。

 緊張感の欠片もないコルディの隣で、主従の間には重苦しく、そしてひどく気まずい沈黙が流れていた。


「ゼインさん、また!」


「…また」


 緊張感なく平然と構えているコルディに対して、エリオットは違和感を覚えた。

 まるで余裕すら感じる立ち振る舞い。

 

 この女は面接時に堂々と暗殺を口にした光魔法使い。


 コルディ・ホープは魔族の最大の敵。

 エリオットは常に警戒を胸に潜ませながら、足を進めていた。






♦ ♦ ♦


 【執務室】


「ここは… 簡単に言えば仕事部屋です」


 立派な椅子に膨大な書類が積まれたデスク、そして大きな本棚。

 日常業務を中心に、時々作戦会議にも使われている部屋だ。

 

「集中できそうなお部屋ですね!」



 【書庫】


「読書はお好きですか?主に魔法関連の本を集めています」


 静寂に支配された空間。壁一面に配置された本棚には多くの書物が収められている。

 コルディは満足げに目を閉じると、乾燥した古本の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 読書好きにはたまらない至福の空間だ。


「ここ、素敵ですね!」



 【食堂】


「使用人が自由に使える食堂です」


 見たこともないほど長い、漆黒の巨大な一枚板。

 数十人座ってもまだ余裕がありそうな長テーブルに、コルディは思わず目を丸くした。


「うわぁ…こんなに長いテーブル、生まれて初めて見ました!」



【王座の間・大広間】


「こちらは王座の間です。勇者パーティーとは決まってこの場所で対峙することになるのですよ。年に一度は世界各地から魔族たちが集まり、ささやかながら宴も開かれます」


 荘厳な玉座が鎮座する、禍々しい威厳を放つ王座の間。

 首が痛くなるほど高い天井。

 そこには煌々としかし冷徹に輝くシャンデリアが吊るされており、大空間を堂々と照らしていた。

 目にしたことのない光景にコルディは思わず息を飲み込む。


「す…ごい」



 【地下牢】

 

「ここは… まぁ、言わなくても分かりますよね?」


 その名の通り地下に設けられた牢獄。

 一切の光も通さない地下空間には、重苦しく不気味な空気が流れている。


「悪い人を閉じ込めておく場所、ですね」


「そうです」


「エリオットさん、この部屋は?何だか特別な牢獄って感じがします」


 コルディはエリオットの背中をちょんちょんと軽く叩きながら質問を投げかける。

 

 部屋の中央に配置されているのはスパイク付きの拘束椅子。

 壁には錆びついた鉄の鎖や、得体の知れない装置がぶら下がっている。

 

「そ、そこは… 拷問室、です。魔王様は拷問用の魔法器具を開発しているのです」


「そうですか。見なかったことにします!」


「はい…」


 ドライな魔王ゼファ・ベーゼ。

 その仮面の下には戦闘狂という隠れた素顔があるのだが… コルディは気にもしていない様子だった。


(世界を脅かす存在、魔王ゼファ・ベーゼ… きっとひどいやつなんだわ。すぐに暗殺しちゃおう!)


 暗殺は容易い、とこの時のコルディは高を括っていたのだ。

 これから自分の身に起こる悲劇を知らずに。






♦ ♦ ♦ 


「こちらがコルディさんに滞在していただく部屋です」


 地下空間の奥深く、

 突然足を止めたエリオットはコルディに視線を向けると、かしこまったまま鼻であざ笑う。


「私の滞在部屋…ですか。牢獄に見えるんですけど」


 コルディは首を傾げながら錆びついた鉄格子に手を添える。

 エリオットを見上げると、彼は先ほどとはまるで別人のような冷ややかなオーラを漂わせていた。

 

「―――はぁ、当たり前じゃないですか。だって貴方、暗殺者でしょう?」


 穏やかだったエリオットの瞳から温度が消えた。

 その口調は驚くほどに冷淡で、コルディの胸は不安に包まれる。


「あなたから敵意を感じるのは気のせい、でしょうか」


「気のせいではありません。―――脅迫の鎖、"ブラックメイル・チェイン”」


 突如として空間の裂け目から現れた黒鉄の鎖。

 それは対象者の全身に巻き付き、動き、そして魔力をも封じ込める。

 行動の自由を奪う闇の拘束魔法だ。

 コルディの細い手足を容赦なく締め上げ、その肌に凍てつくような魔力の冷気を押し付ける。


「―――っ何するんですか、エリオットさん」


 突然の奇襲を受けたコルディは驚きを隠せなかった。

 エリオットの行動に不審を抱き、疑心の目を向ける。

 

「随分呑気な魔法使いですね。少しは身の危険を感じたらどうです?」


 冷ややかな敵意。

 主人である魔王の暗殺を目論んでいる女を野放しにしておくわけにはいかない。

 エリオットはここでコルディを始末すべきだと判断したのだ。


 しかし―――


「"アンバインディング" 拘束解除」


「へ!?」


「"バード・インザ・グレイス" 加護の中の鳥」


 冷静に拘束解除魔法を唱えたコルディは、続けて光の拘束魔法を放った。

 エリオットの足元に魔法陣が展開され、そこから勢いよく光の柱が立ち上がる。

 

「こ、これは――― 光の拘束魔法!?」


 光の拘束魔法“バード・インザ・グレイス、加護の中の鳥”は聖なる光の柱で魔物を閉じ込めることができる。

 触れるものすべてを浄化する檻だ。


「ふふ、柱に触れないほうがいいですよ。溶けちゃうかも」


「ひぃぃ!!!」


 歪んだ笑みを浮かべるコルディに恐怖を覚えたエリオットは、その場でじっと耐え忍ぶことしかできなかった。

 弱点の光魔法に、完全に押さえ込まれてしまった。


 基本的に光魔法の使い手には闇耐性がついている。

 エリオットが放った闇魔法はコルディには効いていなかったのだ。


「エリオットさんは暗殺の邪魔をする存在ですか?」


 静かに、しかし真剣な眼差しで問い掛ける。


「当たり前でしょう。わ、私は… 魔族なのですから。っく、抗えない。凄い拘束力だ…」


 魔力を封じられているエリオットは己の無力さを痛感していた。


「百億。百億ですよ?私の邪魔をする気なら… そこに一生閉じ込めちゃいます」


 魔王の暗殺に成功すれば百億モンドが手に入る。

 コルディは物語のお姫様のような、優雅で贅沢な暮らしを夢見ていた。

 その夢の妨げになるような存在には容赦はしない。


「す、すみません!苦しいので解放を!解放をお願いします!!!」


 目尻に涙を浮かべながら必死に訴えるエリオット。

 弱点とする光魔法を受け続けるのは、魔族の彼には耐え難いものだった。

 苦しそうな姿を見て良心が働いたコルディはあっさりと拘束魔法を解いて、エリオットを自由にした。


「ごめんなさい。苦しめるつもりはなかったんです。

でも次、私に闇魔法を使ったらまた()()()()に入れちゃいますからね」


「っく…!」


「まぁでも、お部屋はここでいいです。少し寒いですが、使用人という立場なので文句は言いません」


(いやそこは()()()という立場、と言うべきでしょう―――!)


 冷気の這い上がるコンクリートの床。

 コルディそこにちょこんと座ると、エリオットに向かってにっこり微笑む。

 不意を突かれた笑顔にエリオットの瞳は揺れ動く。


(闇の拘束魔法をいとも簡単に解き、この私の動きを完全に封じ込んだ。―――何も、できなかった! コルディ・ホープ、やはりこの女を採用したのは間違いでしたよ。魔王様!!!)


 自分の力はこの女には及ばない。下手をすれば消される。そう悟った瞬間だった。


 一方、コルディはこの寒さに打ち勝つ方法を考えていた。

 部屋をどのようにして暖めるか。炎魔法は専門外だ。

 転移魔法を使おうと試みたが呆気なく失敗に終わった。

 地下牢には捕獲者の逃走を阻止するために、特定の魔法効果を消し去る強力な永続結界が張られていたのだ。


 このままでは凍死も免れない。

 そう悟ったコルディはその場を去ろうとしたエリオットを引き止めて、圧をかけるように口を開いた。


「ねぇ、エリオットさん。鍵は渡してもらえますよね?」


「―――は、はい。も、もちろん…!」


 コルディがニヤリと不気味に笑うと、エリオットは恐怖に引きつった表情を浮かべた。

 ポケットからそそくさと鍵を取り出し牢屋に向かって投げ入れる。


「で、ではまた!」


 逃げるようにその場を去っていくエリオットを見て、コルディは小さな声で呟く。


「さっさと魔王を暗殺して帰った方が良さそうね」


♦今日の魔法♦


【脅迫の鎖、"ブラックメイル・チェイン”】

鎖の上級拘束魔法。

対象者の全身を拘束し、動きと魔力を封じる。


【アンバインディング】

拘束を解除する魔法。


【"バード・インザ・グレイス"加護の中の鳥】

光の上級拘束魔法。 

対象者の足元に輝く魔法陣が展開され、

そこから守護の鳥たちが羽ばたくかのように光の柱が立ち上がる。

魔力は完全に抑え込まれ、徐々に苦痛に襲われる。

魔族を光の加護で包む、絶対の拘束力を持つ魔法。

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