優秀で天然な魔法使い、パーティーの招待を受ける。
♦ ♦ ♦
魔法大国フォルトゥーナ―――。
首都の中心にそびえ立つ王城、その王座の間。
赤い絨毯の先で、四人の若者が跪いていた。
リック。ヘレナ。ダリド。ウィンズ。
魔王討伐のために選ばれ、魔王城へと挑んだ勇者一行である。
彼らの前には、この国の頂点に立つ男―――
国王アルデオ・キングストンが静かに座していた。
玉座に座る王の視線は鋭く、広間には重苦しい空気が張り詰めていた。
勇者たちの表情にはわずかな焦りと困惑が滲む。
「―――コルディ・ホープが魔王城を支配しているというのは誠か?」
低く、重みのある声が王座の間に響く。
リックは顔を上げ、強く頷いた。
「―――はい、陛下。俺たちは確かに目撃しました!」
思い出すだけでも信じ難い光景だった。
「あの者が魔王に命を下し、従わせている姿を―――」
その言葉に、王は静かに顎へ手を添える。
「ふむ……」
わずかに目を細めた。
(やはり…… 闇は光には敵わなかったか)
神殿へ送還される直前――
コルディの治癒魔法を受けながら、勇者たちが最後に見た光景。
それは、魔王ゼファ・ベーゼを完全に無力化し、その場を支配しているコルディの姿だった。
しかし、それはもちろん勘違いだ。
だが、まったくの誤解とも言い切れない。
コルディはすでに、魔王軍の敵意を払い、その心を開かせ始めていたのだから。
♦ ♦ ♦
「ふふ、気持ちいいですか?」
「き、きもちいい……」
「ここは、どうですか?」
「―――あっ、いい」
のんびりとした昼下がり。
ゼファの肩をもみほぐすコルディは、どこか楽しそうだった。
親指の腹を肩に当て、体重を乗せながら、ぐりぐりと円を描くようにほぐしていく。
ゼファは、コルディの手の感触に静かに身を委ねていた。
「僕にもやらせてくれ」
やがて、ゼファがぽつりと言った。
「いいんですか? ぜひ、お願いします!」
役目を交代し、今度はゼファがコルディの後ろに立つ。
コルディの長い後ろ髪。
それをひとまとめにして、そっと前へ流す。
白く柔らかな首筋と肩が、目の前にあらわになると、ゼファは思わずドキリとした。
ゼファはそっと手を乗せた。
力はほとんど入れない。
ゆっくりと、静かに押し込む。
「……どうだ? 気持ちいいか…?」
「はい、何だか…… 失神してしまいそうです!」
その言葉に、ゼファの手が一瞬止まった。
自分の手の動きによって、コルディが気を失ってしまう姿を、ふと想像してしまったのだ。
「……っ」
ゼファは慌てて、その考えを振り払った。
さすがに今のは、ろくでもない想像だ。
何事もなかったかのように、再びゆっくりとコルディの肩を押し込む。
しかし―――
いつか。
コルディが、本当に自分を受け入れてくれる日が来たなら。
それはきっと、何よりも満たされる瞬間になるだろう。
そんな欲望が、胸の奥で静かにくすぶり続けていた。
コンコン
「魔王様、今よろしいでしょうか。コルディさん宛てに手紙が届いております」
一通の封書を手に、ゼファの私室へやってきたエリオット。
「コルディに?」「私にですか?」
差し出された封書を見て、コルディは首をかしげた。
「ええ。魔法大国の王家の印が押されていますが、何かお心当たりが?」
「……依頼のことかな?」
例の任務がどこまで進んでいるのかの確認だろうか―――。
そう察したコルディの表情が、わずかに曇る。
暗殺計画を、勝手に辞退してしまったからだ。
ゼファとエリオットが見守る中、コルディは封筒の封を切る。
そして、ゆっくりと手紙に目を通すと、その内容を読み上げた。
『光の英雄、コルディ・ホープよ。
勇者一行より、そなたが魔王を完全に制したとの報告を受けた。
その功績を称え、王城にて祝宴を開きたいと考えておる。
そなたに会える日を、楽しみに待っておるぞ。
フォルトゥーナ魔法大国
国王、アルデオ・キングストン』
「何ですか、これ……」
手紙の内容を聞き終えたエリオットが、思わず困惑の声を漏らした。
紙面に書かれていたのは、あまりにも予想外の内容だったからだ。
「私がゼファを倒したことになってる!?」
コルディは手紙を手にしたまま、目を丸くしてゼファを見つめた。
「……勇者が何か言ったんだろう」
ゼファはいつも通り冷静だった。
額に手を当て、小さくため息をつく。
勇者一行が何を見て、どんな勘違いをしたのか――― 容易に想像がついた。
「で、でも、王家主催のパーティーはすごく楽しそうですね!」
コルディの声が、急に明るく弾んだ。
どうやら頭の中では、すでに豪華な宴の光景が広がっているらしい。
“パーティー”
その単語に、コルディの胸はすっかり躍っていた。
「……出席したいのか?」
ゼファが静かに尋ねる。
その口調には、わずかに不安の色が滲んでいた。
「みなさんも一緒に行きましょう!
私から王様にお願いします! 仲間を連れて行くって―――」
ぱっと顔を輝かせたまま、コルディは勢いよく言い出す。
人間の王城。
そこは本来、魔族が足を踏み入れる場所ではない。
エリオットは苦笑いを浮かべながら、軽く咳ばらいをした。
「……コホン。さすがに無理がありますよ、コルディさん。
私たちは魔族、なんですから」
「しかし、コルディを一人で行かせたくはない。……よし、僕だけ一緒に行こう。変装は必要だが…」
そう言ったのはゼファだった。
迷いはない。
片時もコルディと離れたくない。
その想いが、彼の胸には強くあった。
「ゼファが一緒なら心強いです!」
彼女の率直な一言は、いとも簡単にゼファの胸を高鳴らせた。
♦ ♦ ♦
パーティー当日。
人間の姿に変装したゼファは、どこか只者ではない気配を漂わせていた。
青みを帯びた紫の瞳、そして、コルディと同じ白銀の髪。
絹のようにさらさらとした髪が肩口で揺れ、整った顔立ちを際立たせている。
仕立ての良い騎士服を身にまとい、腰には一本の剣を提げていた。
「僕はコルディの騎士、という設定でいこう」
「か、かっこいい…… ゼファは白も似合いますね!」
「全く違和感がないですね… 並の剣士には見えません」
コルディは、まるで宝物でも眺めるかのように、ゼファの全身をじっと見つめている。
エリオットの言った通り、並みの剣士とは思えないゼファの姿。
その圧倒的な存在感に、コルディは素直に胸をときめかせた。
(……見られている)
コルディの見つめ方は恥ずかしい。
だが同時に、胸の奥がふわりと温かくなる。
自分の姿を、そんなにも真剣に見てくれている―――
その事実が、嬉しくてたまらなかった。
「次は君だ。ドレスに着替えよう」
ゼファはこの日のために、あるイメージを密かに思い描いていた。
コルディに着せるドレスの姿を。
「ドレス! ゼファのセンスにお任せします!」
―――魔法が淡く輝き、彼女の服装がゆっくりと変化していく。
メイド服は形を変え、やがて海を思わせる水色のドレスへと姿を変えた。
肩まわりにはふんだんにフリルがあしらわれ、繊細なビーズが光を受け、水面のようにきらめいている。
スカートは人魚の尾を思わせる形状で、身体の線に沿って優雅に広がっていた。
華やかでありながら、どこか落ち着いた気品も感じさせる装いだ。
その姿はまるで―――
海の妖精。
物体変換魔法は、そう簡単に扱えるものではない。
魔力値が5000を超える者だけが使える、まさに特異魔法の代表格なのだ。
(きれいだ……)
ゼファの胸は激しく高鳴る。
抑えようとしても、どうしても抑えきれない。
胸の奥で、ひとつの衝動がうずいていた。
―――この人魚を、自分だけの水槽に閉じ込めておきたい。
そんな独占欲にも似た感情が、静かに胸の奥で揺れている。
ゼファの想いは、どこか歪んでいた。
しかしそれを悟られることはない。
彼はいつも通りの表情で、ただ静かに立っていたからだ。
光の魔法使いコルディ・ホープと、闇の王ゼファ・ベーゼ。
準備を整えた二人は、転移魔法を使い、魔法大国フォルトゥーナの王城へと向かった。
♦今日の登場人物♦
アルデオ・キングストン(55)
・フォルトゥーナ魔法大国の国王
・国の安全と秩序を何よりも重んじる現実主義者
・魔王は「世界の災厄」と考えている
・酒が入ると気前が良くなる




