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優秀で天然な魔法使い、魔王城の面接を受ける。

「コルディ・ホープ、魔法使いよ。ひとつ、国のために頼みたいことがある」


 玉座の間に、低く重い声が響いた。


「報酬は――― 百億モンドだ」


 玉座に深く腰掛けた国王は、目の前の魔法使いに強い眼差しを向けながらそう告げた。


(ひゃ、百億!?)


 内心で絶叫しながらも、コルディは涼しい顔を崩さない。


 玉座に座す国王は威厳そのもの。

 その視線は鋭く、逃げ場を与えようとしない。


「…依頼内容をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 努めて冷静に問う。


「魔王城へ潜入し――― 闇の頂点に君臨する男、魔王ゼファ・ベーゼを暗殺せよ」


 空気が凍った。


 闇魔法を極めし魔王。

 勇者パーティーすら歯が立たぬ絶対強者。


(だけど、成功報酬は… 百億。断る理由がないわ)


「……お引き受けします」


 即答だった。


 国王から直々に呼び出しを受け、王城へやってきた魔法使い。

 その名もコルディ・ホープ。

 神秘的な光を放つクリスタルのような瞳。

 彼女が軽く瞬きをするたび、瞳の中で虹色の光彩が柔らかに揺れ動く。

 白銀の長髪もまた、雪の結晶のように美しい輝きを放っていた。


「この国…いや、世界をも脅かす闇の存在、そなたに倒せるか?」 


「確か魔王は闇魔法の使い手、ですよね」


「そうだ。そなたは光魔法の優秀な使い手だと聞いておる」


 勇者パーティーが次々と壊滅していく日々。

 国王は、ついに悟った。

 自ら強い魔法使いに頼み込むしかないと。


 コルディはこの国唯一の光魔法の使い手だった。

 光魔法は魔族の弱点でもある。

 本人には自覚がないが、彼女は魔王に匹敵するほどの魔力を携えていたのだ。


「私に任せてください!!!」


 瞳を燃やしながら拳を高く掲げると、国王は静かに、しかし力強く拍手を送った。






♦ ♦ ♦


(そうと決まれば、まずは魔王城の()()ね!)


 一度自宅に戻ったコルディは、自室の鏡の前に立ち、指先をパチンと鳴らす。

 すると、彼女の体を包んでいた清廉な光が、禍々しい闇の色へと反転した。

 眩い白銀の髪は、インクを零したように毛先から漆黒へと染まり、澄んだ碧眼は、内側からゆっくりと深紅へと染まり変わる。


「魔族と言ったら、これよね」


 頭をポンと叩くと、柔らかな髪を掻き分けて、二本の角が突き出した。


 すっかり魔族らしくなった自分の姿に、コルディは得意げに微笑んだ。






♦ ♦ ♦

 

 ここは、剣と魔法が紡ぐ世界。


 コルディの住む場所は、魔法大国の首都フォルトゥーナの一角にある小さな街、ルヌーラ。

 両親はおらず、物心ついた頃にはすでに施設で暮らしていた。


 十五歳で一人暮らしを始め、現在は二十歳。


 冒険者たちは日々ギルドに集い、魔物討伐や薬草採取、貴族の護衛など、あらゆる依頼をこなして生計を立てている。


 そんな中、コルディは自らの光魔法を活かし、パフォーマーとして生活費を稼いでいた。

 幻想的な空間を創り出すその魔法は、人々の目を奪う。

 圧巻の演出に、道行く者は思わず足を止め、歓声を上げた。


 希少価値の高い光魔法は、この世界で最も特別な存在なのだ。






♦ ♦ ♦


 どんよりとした紫の雲に覆われた魔王城。

 その一角にある面接会場は、ひんやりとした冷気に満ちていた。

 扉が開いた瞬間、部屋中に圧倒的な魔力の気配が立ち込める。

 コルディ以外の令嬢たちは、思わず息を呑んだ。


「魔の森を抜けてきたのはこの四人か」


「…また女性だけですか」


「「「キャー!!!」」」


 男が口を開いた途端、令嬢たちから黄色い悲鳴が上がった。


 一人目は百八十センチを超える高身長。

 闇色の髪に、赤い三白眼。

 刺繍が施された上質なマントを身に覆い、手には漆黒のレザー手袋をはめている。

 頭部には魔族の証とも言える突き出た尖った角。

 誰もが見惚れるほど端麗な容姿―――だが、その表情は感情を削ぎ落としたように冷ややかだった。


 もう一人も同じく長身。

 深みのある青黒い髪に赤い瞳。

 燕尾服と黒縁の眼鏡が、男の知的な顔立ちをいっそう際立たせている。

 

「では面接を始めよう。右から志望動機を」


 男は席に着くと抑揚のない声でそう告げた。


「はい!わたくしの志望動機―――、それはもちろん、魔王様ですわぁ!!!

わたくしのテクニカルなご奉仕にかかれば、魔王様の心も体もイチコロですのよぉ!!!」


 空気を震わせるほどの、熱意に満ちた志望動機。

 一番右に座っていた令嬢は勢いよく立ち上がると、面接官の男に熱い視線を送った。

 男は面倒くさそうに相槌を打っている。


 一方、令嬢の志望動機を聞いたコルディの心の中には()()()()が芽生えていた。


(―――この人、今()()()()って言った!? まさか私と同じ…魔王の暗殺が目的!?)


 コルディ・ホープは無自覚だった。

 打算的ではない素直さ。

 彼女は天然そのものだったのだ。


「じゃあ、次」


「次はわたくしね。コホン。わたくしももちろん――魔王様を仕留めるために参りました。この思いは誰よりも強いと断言できますわ!!!」


(―――()()()()!? それって息の根を止めるってことよね? この人も魔王を狙っているの!?)


「じゃあ、次」


「……わたくしは魔王様を眠らせて差し上げたいのです。安らかな夢を見せてあげたい。その一心で参りました」


(―――()()()()()()()()()()!?()()()()()!?  つまり永眠…ってこと? みんな貴族のお嬢様っぽいけど、中身は暗殺者なのかしら?私も負けてられない!)


 ライバルたちが熱弁している姿を見て、コルディは自身の心を燃やし、唇をぎゅっと噛み締めた。


「じゃあ、最後」


 頬杖をついた男が、気だるげに視線を向けた。

 燃え滾るコルディの瞳。

 ここにいる全員が魔王暗殺を企てる同志――― そう思い込んでいる。


「私の志望動機は―――、


魔王ゼファ・ベーゼの暗殺です。(百億モンドがかかってるんだから!)」




「「「「「―――――っへ!!??」」」」」


 令嬢たちは目を見開いたまま硬直。

 面接官の隣にひっそりと座っていた男はずり落ちた眼鏡を静かに戻し、コホンと咳払いをした。

 

 先ほどまで退屈そうに話を聞いていた面接官の男は、あまりにも真っ直ぐすぎる志望動機に瞬きを二、三度繰り返す。


(何、この空気。他の人みたいに間接的に伝えたほうがよかったかな?)


 コルディは相変わらずだった。

 自分が問題発言をしたことに気付いていないようだ。


「…続けよう。右から自己アピールをしてくれ」


 男は無表情に切り替えると、面接を再開させた。


「はい!わたくしはもしメイドになりましたら魔王様に精一杯尽くしますの!

とくに夜のご奉仕は誰にも負けない自信がありますのよ!ウフフ、わたくしの手にかかれば魔王様も… 気を失ってしまうかもしれませんね♡」


(すごい…この人、夜に奇襲を仕掛けるつもりなんだわ。一撃で仕留める感じではなさそうだし、どんな技を使うのかしら?)


「わたくしの特技は料理です!愛情をた~っぷり込めて作らせていただきますわ!魔王様の舌、そして喉も…とろけてしまうこと間違いなしですわ!」


(うそでしょ、舌と喉を溶かすつもり!? きっと料理に猛毒を仕込むつもりだわ。それぞれ暗殺方法を考えてきているみたいね)


「わたくしは自慢の手技で魔王様を眠らせることができるでしょう。この道10年、腕に自信はあります」


(えぇ!?この子は素手で挑むつもりなの!?かなり自信もあるみたい。だけど私にだって誰にも負けない特技がある!)


 コルディが拳を握ると、面接官の男は「君は?」と尋ねた。

 その瞳はどこか期待に満ちているようにも見える。

 全身に力を込め、息を吸い込むように大きく口を開く。


「―――私は、強力な光魔法が使えます!


この力で必ず魔王ゼファ・ベーゼを倒すことができます!!!」




「「「「「―――――っへぁ!!??」」」」」


 再び、面接会場には拍子抜けした声が響き渡った。

 令嬢たちはびくびくした表情で顔を見合わせている。

 面接官の隣の男は完全に放心しており、大きくずり落ちた眼鏡を戻す素振りも見せない。


(また空気が変わった?気合い入れすぎたかな)


 コルディ・ホープはまだ気付いていなかった。



 自分の目の前にいる男が、暗殺のターゲットである魔王ゼファ・ベーゼだということに―――。


「面接は以上だ。一週間以内に合否の連絡をする」

 

 立ち去ろうとする漆黒のマントを、コルディはなりふり構わず掴み取った。


「もし不採用だったら、私の潜入プランが台無しじゃないですか!(百億モンドが遠のいちゃう!)」


「せ、潜入……。それを今、本人……いや、面接官の目の前で堂々と言ってしまうのか?」


 ゼファは呆れ果て、掴まれたマントを見つめたまま言葉を失った。


「は!すみません!潜入と暗殺の件は魔王には内緒にしてください!お願いします、面接官様ぁ!!!」


 今にも泣き出しそうな、懇願するような表情。

 コルディは百億モンドを手に入れるために必ず合格しなければならなかった。


「…あぁ、分かった」


 ゼファはコルディの潤んだ瞳を見下ろしながら呆れ半分に返事をした。



 



♦ ♦ ♦

 

 魔王城、最上階。

 幾重もの結界に守られた分厚い扉の先に広がるのは、暗闇に満ちた重厚な空間。

 そこは――― 魔王ゼファ・ベーゼの私室である。

 

「コルディ・ホープ、あいつは僕の退屈を終わらせてくれそうだ」


 闇の中で、魔王の赤い瞳が捕食者のようにギラリと細められた。

 強大な獲物を見つけたように。

 エリオットはその視線の鋭さに、思わず背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「しかし魔王様。あの魔法使いは暗殺を企てています。しかも我々が苦手とする光魔法の使い手。いくら魔王様とはいえ、危険が過ぎます」


 心配そうに眉間にしわを寄せながら魔王に視線を向ける。

 この男の名はエリオット・ローズ。

 魔王に最も近い側近だ。

 

 エリオットは恐れていた。

 魔族に光耐性はない。

 強力な光が直撃すれば、終わりだ。

 使用者の練度によっては安易に闇を溶かす光魔法。

 魔族にとってコルディは、勇者パーティーよりも脅威的な存在であった。


 だが―――


「光魔法を闇でねじ伏せたら」


 ゼファは顎に手を添え、ゆるりと笑う。


「どれほどの絶望を与えられるだろう?」


 狂気を孕んだ瞳。

 エリオットはただ、息を飲み込むことしかできなかった。

   

「弱い連中ばかりでうんざりしていたところだ。あいつは久しぶりに僕を楽しませてくれそうだ」


 「採用にする」さらりと告げられた回答に、エリオットは言葉を失う。


 この男は見抜いていた。

 コルディに底知れぬ魔力が宿されていることを。

 そして何より――― 自分と対等である可能性を。


 コルディ・ホープは長き退屈の果てに現れた光だったのだ。

 

 わずかに歪む魔王の口元に、エリオットは本能で恐怖を覚える。


 魔族を統べる、魔王ゼファ・ベーゼ。

 世界征服にはみじんも興味がない。

 この男が求めるのはただ一つ。

 自分を満たす、強者との闘争。

 本質は誰よりも純粋な戦闘狂だった。






♦ ♦ ♦


「へっくしょん!」


 遠く離れたルヌーラの街角で、一人の魔法使いがまぬけな声を上げた。

 

 これは―――

 最強でドライな魔王と、かなり抜けている光の魔法使いの、少し危険な恋の物語。

♦今日の登場人物♦


コルディ・ホープ(20)

・光魔法の優秀な使い手

・無自覚ド天然

・何でも素直に喋ってしまう

・魔王を暗殺するために律儀に面接を受けにいく


ゼファ・ベーゼ(27)

・魔族の冠たる存在、魔王

・随一の闇魔法の使い手

・ドライな性格だが戦闘が好き

・実は相手のペースにのまれやすい


エリオット・ローズ(32歳)

・魔王の側近

・鎖魔法の使い手

・驚くと眼鏡が必ずずれる

・冷静沈着だが意外とツッコミ役

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