後日談:ルシアンの結末
ルシアンが入れられたのは貴族牢ではなく、平民の罪人が入れられるという一般牢だった。
この牢は王城で罪を犯した者を一時的に収容する場所であり、日を跨げば罪人ばかりを収容した別の場所へと移されるのは知っている。
汚らわしい者ばかりいる場所なんてごめんだ。
だが今のルシアンでは何かすることなどできず、父親が会いに来るのを待つしかない。
夜会の場では父親もああ答えるしかなかったが、あの庶子など自分の子ども扱いしていなかった。
この夜会が終わり次第、ハートウェル公爵にでもルシアンのことを頼んでくれるだろう。
木製の簡素なベッドに腰を下ろす。
敷かれた布には綿を詰めていないのか厚みは無く、どことなく湿気た匂いがした。
それが気持ち悪くて牢番を呼ぶも、誰も反応してくれない。
仕方なく上着を脱いで、それを敷布代わりに広げて横になる。
枕も無かったが、あったとしても使う気にはならなかった。
出された食事も見るからに不味そうで、喉が渇いたから夜会で余ったらしい、生温い麦酒だけを口にする。
とにかく衛兵によって乱暴に扱われた体中が痛く、疲れている。
誰か来たら起こしてくれるだろうと思いながら、ルシアンは眠りへと誘う睡魔に勝てずに目を閉じた。
まさか、そのまま別の場所へと運ばれることになるなんて知らずに。
「こんな所で寝ていられるとは、本当にふてぶてしい者だ」
不意に響いた声に、慌ててルシアンが目を開ける。
見える視界は暗く、牢の向こう側から差し込む篝火の明るさだけしかない。
その明かりも、牢の前に立っている者によって遮られている状態だ。
声の主はハートウェル公爵だとすぐに気付いた。
先日怒られたばかりなので忘れるわけがない。
慌てて身を起こせば、予想した人物が立っていた。
牢番の姿が見えないのは買収したからだろうかと考えるも、これで外に出られるという安堵の方が勝る。
「ハートウェル公爵!」
やはり父親はルシアンを見捨てておらず、ハートウェル公爵に掛け合ってくれたのだ。
急いでベッドから下りる。
「来てくださって、ありがとうございます!」
ルシアンは布団代わりに掛けていた上着を手に取って軽く払い、それを羽織った。
目を覚ましたら、知らない場所に移って三週間程。
とにかく牢番を呼んでも来ることは無く、日に二度の食事は塩辛いだけのスープとパンだけ。
いくら夜会で騒動を起こしたからといって、貴族令息であるはずのルシアンへの処罰としては、些か厳し過ぎないかと不安になっていたのだ。
きっとあの女と庶子が、ルシアンへの迎えを寄越すのを邪魔したのだろう。
「ここは狭くて、少しばかり湿気っぽいので辟易としていたのですよ。
失礼ですが馬車は一台だけですか? 急いで家に戻らないとあの庶子が」
ここまで言って、ルシアンは喋るのを止めた。
上背のあるハートウェル公爵の体が篝火の明るさを遮っているため、その表情はよく見えないでいる。
ハートウェル公爵は他者に厳しい人物だ。
だから常日頃から会うと小言ばかりで辟易としていたのに、今この場に限って何も言ってこない。
ルシアンが恐る恐ると見た先で、篝火の灯りが逆光になって気づかなかったが、そっと近寄ってみれば、かつてない程不機嫌なことに今更気づいた。
「口ばかり達者なだけの暗愚が」
吐き捨てるように言われたのは罵りであって、労わるような気配もない。
「お前の起こした騒ぎによって、とんでもないことになった自覚がなさそうだと思っていたが。
様子を見ようと来てみれば、案の定のありさまだ」
憎々し気という表現がぴったりな程、ハートウェル公爵の声から怒りと憎悪を感じて、ルシアンは思わず後退る。
「あの夜会で大人しくさえしておれば、あの二人は後でどうとでもできただろうに。
それをモンクレア伯爵もお前も、いらぬ真似をしたせいで使い物にならんようになった」
コツ、とハートウェル公爵の杖が石床を叩いた。
「あの偽者を嫡男と認定した、我が身が可愛いお前の父親は王家から蟄居を通達されて、タウンハウスにすら置けぬからと領地に押し込められるらしい。自業自得だ」
なんで、と呟くルシアンの言葉が拾われることはない。
「だが、それはどうでもいい。正直、本妻と愛人の子のどちらであろうと、正しく身代わりの役割を果たせていたならば」
空気が薄く感じ、浅い息を吐く。
これから 言われることが恐ろしい。
「モンクレア伯爵家はダスクムーア伯爵家に唆されて、我が家門から離脱し、第一王子派に入りおった!
わかるか! この怒りが!」
話す間にも怒りが湧き上がったのか、ハートウェル公爵の杖が振り上げられて、ガン、と金属のぶつかりあう音を響かせる。
牢の柵が無ければ、ルシアンが殴られていたかもしれないという考えが浮かぶ。
牢から出たかったはずが、その気持ちが霧散する。
ルシアンは震えながらも、ハートウェル公爵から目を離せないでいた。
「これによって第二王子派は暗部の統括に逃げられたとするか、それともハートウェル公爵家が暗部であったと公表するか!
お前のようなゴミに全てを台無しにされた、私の怒りを、お前は理解できるか!」
役立たず、無能と罵られ、何度も何度も杖が打ち付けられる。
「私が狙われるかもしれない! 私の可愛い息子たちが狙われるかもしれない!
その原因を作ったお前をどうにかやりたいというのに!」
怒りは殺意へと変わったのかと思うほどに容赦のない一撃で、あれを喰らったらルシアンなど死んでしまうかもしれない。
ハートウェル公爵が肩で息をする頃、ようやく手が止まったが、どんよりとした目がルシアンを睨む。
「今すぐ処分してやりたいが、王家の手の中とあればどうにもならん」
あれ程までに出たいと思っていたのが嘘なほど、もう外になど出たくない気持ちで一杯だ。
このまま市井にでも放たれることがあれば、すぐさま始末にくるのだろう。
さすがのルシアンも、それぐらいは理解できた。
「処罰が決定するのは明日。
お前の罰が何になるのか、心待ちにしているからな」
そう言ってから背を向けるハートウェル公爵を、姿が見えなくなるまで見送る。
完全に姿を消したと思った時には、緊張の糸が切れて石床に座り込んだ。
浅い息が、今はまだ生きていることを教えてくれる。
ルシアンの処罰はどうなるのか。
貴族の子息だとすれば処罰は家になっていたが、平民扱いの今ならば死すら可能性に入ってくる。
死を免れたとしても、鉱山送りや、罰の一つである奴隷化の可能性もあり得る。
明日を迎えるのが恐ろしい。
既に今日は終わりを迎えようとしていて、夜を越えれば朝がくる。
何が悪かったのか。
眠れぬ夜を過ごすことになったルシアンが、今更手遅れであることを考え始める。
震える手で神に救いを求めるも、その祈りは夜の暗さに消されていった。




