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【完結】首なし令息と首ったけ悪女  作者: 黒須 夜雨子


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02. 会ってみれば、なるほどなるほど

「私は君を愛するつもりはない」

うららかな午後のモンクレア伯爵家で、庭にセッティングされたテーブルの手前、オクタヴィアが自己紹介しようとする前に言われた言葉がこれだった。

礼をするため、ドレスのスカートへとかけられた手が止まる。


「あらまあ、せっかちな方。

せめて名乗るのくらいはお待ちくださいな」

そうして微笑んでみても、首無し伯爵令息の名の通り、首から上は無いので反応が今一つがわからない。


けれど気にすることなく、オクタヴィアは改めて礼をする。

「ダスクムーア伯爵の長女、オクタヴィアでございます。

空気にも似たお顔をお持ちの伯爵令息様にご挨拶を申し上げますわ」

「……ルシアン・モンクレアだ」

たっぷり数秒の間を空けた後、ぶっきらぼうに名乗られたのは、確かにモンクレア伯爵令息その人の名前だ。


初対面の令嬢に対しての礼儀ではないが、周囲の使用人達が特に反応を見せないので、普段からこのような態度なのかもしれない。

もしくはモンクレア伯爵家自体が悪人と評判のダスクムーア伯爵家と、その娘であるオクタヴィアを忌避している可能性も高い。

けれどオクタヴィアはそんなことよりも、彼に掛けられている魔術の方が気になって仕方がない。


「随分と興味深い魔術だわ」

ずい、とオクタヴィアが前に出る。

同時にモンクレア伯爵令息が一歩後ろに下がった。

「ダスクムーア伯爵令嬢!」

「どうぞ、オクタヴィアと」

制止する声など気にせず、さらにオクタヴィアが一歩詰める。


「この魔術構成は属性すらも隠匿しているのでしょうか。大変高度で複雑ですわ。

おそらくは風か闇、いえ、もしかしたら光の反射を利用した魔術かもしれないとなれば、かのストラット卿が考案したという理論の応用でしょうか」

モンクレア伯爵令息の周辺を回りながら、あるはずの首が全く見えないことに感心する。

一周回って確認したが、魔術に綻びが一切見当たらない。


これ程までに緻密な魔術は見たことがないと、少しばかり興奮しながらモンクレア伯爵令息の首元へと顔を近づけた。

「まっ、待て、待て待て待て!

距離を詰めるな!」

オクタヴィアを避けようと、モンクレア伯爵令息が仰け反るようにして必死に顔を逸らす。

たたらを踏むように距離を取るも、見たことも無い魔術に夢中になったオクタヴィアは聞いていない有り様だ。


「君は、悪女と有名だとしても! 一応は淑女だろうが!」

なりふり構わなくなったモンクレア伯爵令息の手が、オクタヴィアの肩や腕に触れようとして引っ込められる。

おっかなびっくりとした手つきで頭、というよりも手前の額の辺りを押し戻した。

その手も恐る恐るといった様子で、手に力は籠められておらず、ただ突き出されただけの手がオクタヴィアの歩みをどうにか止めているだけ。

ここでようやく我に返った使用人達も止めに入ったことで、オウタヴィアの頭を押さえた手は解かれた。


僅かに乱れた髪を整えるためにと他の部屋へと誘導されるオクタヴィア。

おかげでモンクレア伯爵邸内を少し見ることはできたが、廊下に窓も照明も少ないせいか、陰気臭い印象をオクタヴィアに与えるばかり。

髪を整え直して庭へと案内されたら、モンクレア伯爵令息が立って待っていた。


「まあ、いつからこちらに立っていらっしゃったの?

邸内でお待ちいただいてもよろしいでしょうに」

モンクレア伯爵令息の前、今度は距離を取った場所で立ち止まる。

「いや、こちらも今しがた来たところだ」

口振りでは他の場所にいたと言わんばかりだが、オクタヴィアは邸内の数少ない窓から彼がここに立っていたのを確認している。

おそらくはずっと立たされていたのではないだろうか。

だとすれば、使用人達は仕える主家の嫡男を蔑ろにしすぎであるし、同時にオクタヴィアの胸に湧き上がっていた疑念とも答え合わせができた気もした。


それからの時間はお茶会らしい流れとはなったが、会話は常に途切れがちだった。

オクタヴィアが何を質問しても答えは不明瞭だ。

いや、令息自身のことを聞くとはっきりしないと言ったほうがいいだろう。


モンクレア伯爵家のこと、それこそ由緒正しい家柄だとか、邸内にある絵画についてなどは細やかな説明をしてくれる。

だがモンクレア伯爵令息の好きな食べ物を聞いても、「嫌いな物はない」といった答えになっていないものばかり。

オクタヴィアに対して気に入らないアピールとしているも受け取れたが、話には応じるとなると、自身のことを知られたくないようにも思える。


逆にオクタヴィアの話は熱心に聞いてくれたようだった。

相槌はなかったが、僅かな仕草が興味深そうにしているように見受けられたからだ。

学園で起きた王太子による爆発事件の時には、少しだけ姿勢が前のめりになっていた。

そうかと思えば、淑女で流行っている刺繍の柄の話はあまり興味が持てなかったらしく、襟の位置が横にずれたので、顔を逸らしたのだろう。


けれど相槌は遅れることなく返ってくる。

こうして最初の挨拶こそはハプニングがあったものの、結果としては上々であると言えよう。

帰りがけに、最初と同じように「君を愛するつもりはない」という言葉で見送ったのを気にしなければの話だったが。

そしてオクタヴィアはそんなものを気にするタイプでもなかった。



** *



「お父様、とても気に入りましたわ」

帰宅して早々に執務室へと呼び出されたオクタヴィアは、親子仲良く悪人面と悪女面を突き合わせながら、満足そうな笑みで報告をした。

「お前が気に入るとは珍しいな」

髭を弄るように指で撫でつける父親が、珍しいとばかりに片方の眉だけ上げてオクタヴィアを見る。


「あの首から上を消す魔術も大層よろしいのですが、ご本人も可愛らしい方でしたの。

悪女の私を侍らすことなく、頭を掴んでくる方は初めてでした」

「お前は一体何をしてきた」

お茶を用意すれば女中も誰もいなくなる父親の執務室で行われる密談は、ダスクムーア家ではいつものこと。

時にそれは兄であったりもするが、大抵はオクタヴィアである。


公爵令息の元婚約者は伊達ではない優雅な所作で、いつの間にか手にしていたカップを音も無く置いて、オクタヴィアが艶然と笑う。

少しばかり目を引く鮮やかな紅に染まる唇が、形よく吊り上がった。

「ああでも、私が気に入りましたのは、今日会った女性の扱いに慣れていない、初心で可愛いらしい伯爵令息様ですけど。

どこかの娼館で自堕落な時を過ごすような、無能であろう愚鈍はいりません」


本当に一体何をしたのか。父親として少々気になるところだが、聞いたところでオクタヴィアが答えることはないだろう。

ただ、本当に気に入ったことらしいのだけは伝わった。

ならばと、間に挟まるソファーテーブルに一枚の紙、それも小さな切れ端のようなものを置いてやる。


「では、可愛い娘に朗報だ」

テーブルに置かれたのは一枚の絵姿だ。

目元のホクロが特徴的な、生意気そうな顔の少年が描かれている。

髪が塗りつぶされているので、黒か濃い色なのだと想像がつく。

目元につけられた黒い点はホクロだろうか。


手慰みで描かれたのか、手帳の一頁でも千切り取ったらしい、薄い緑色の方眼線が引かれた紙の切れ端に濃い鉛筆で描かれたものだ。

荒い線で描かれたそれは、どこまでも素人の域を出ないものだったが、しっかりと少年の特徴を捉えており、なかなか良く描けていた。


「首無し伯爵令息の乳母をしていたという、ハリファックス男爵夫人から手に入れた」

「こんな物を残していたなんて、モンクレア伯爵に知れたら大変なことになりそうですけど」

モンクレア伯爵家内の監視が杜撰なのか、それとも男爵夫人を信用していたのか。

なんにせよ、これが手元にあると知れたら、ハリファックス男爵家は唯では済まないだろう。


「女中がお茶の用意をしている隙や、本を読んでいる間、モンクレア伯爵令息が昼寝をしているときなどに少しずつ描き足していたらしい」

「執念深くて、そして度胸のある方なのね。

後々に脅迫するつもりだったのかしら?」

オクタヴィアが少年の姿絵を今一度見れば、受けた印象は生意気そうといったぐらいか。


「どうも夫であるハリファックス男爵が金遣いと女遊びが激しいらしく、離縁して逃げるのに金子の当てとして残していたらしくてな。

相応の金と手段を用意してやれば、嬉々として譲ってくれたぞ」

父親のことだから逃げた先のことも把握しているか、いっそ逃亡先も用意してやっているに違いない。


「そこら辺の適当な若者達に金を握らせて娼館に向かわせたら、姿絵に似た男がいるのを見かけたそうだ。

次に常連客らしい男に酒を奢って中の様子を聞いてみたら、娼館でいつも見かける貴族のドラ息子がいるらしい。こちらも姿絵に似ていることは確認済だ」

「となると、私が会ったのは身代わりということでしょうね。

赤の他人には身代わりをさせられないでしょうし、親戚か妾の子あたりかしら」


モンクレア伯爵の嫡男であるルシアンの身代わりをさせるのだから、確実に身内だろう。

しかも娼館に入り浸る男の代わりとなるのならば、本来の彼という存在が抹消されてもいい存在だということだ。

「本当のお名前が気になるわ」

「随分と気に入ったようだな」

貴族らしくない大きな口で笑った父親が一人頷く。


「ならば、娘の為に一肌脱ぐのが親というもの。

お前はそのお気に入りを誑かして、懐柔できるぐらいにしてくるがいい」

「お父様、その言い方はどうかしら」

オクタヴィアは言いながら、少し不思議で首を傾げる。


「それにしても暗部のモンクレアと有名ですのに、当家がこんなに簡単に調べられるのはどういうことかしら?」

対する回答は肩をすくめるといった動作だけだ。

どうやら父親も疑問を抱いているらしい。


「粛清の時代を伝え聞いているからこその恐怖から、手を出せなくなったことによる慢心か、それとも別の何かがあるのか。もしくは我が家の依頼先が優秀か。

どちらにせよ相手が相手だ。細心の注意を払っているが、そこら辺も調べてみるか」

夕食の支度が整ったと家令が知らせにくる。

話はこれで終わりだといわんばかりに父親が立ち上がった。


「こちらでも調べておく」

そう言い残して一足先に部屋を出て行った父親を見送り、絵に描かれた少年の姿を思い出す。

オクタヴィアが出会った彼は、この少年に似ているのだろうか。

娘の望むように父親が動いてくれるだろうが、オクタヴィアでも行動しておいた方が良いことはそれなりある。

その算段を考えながら、オクタヴィアも部屋を出て行った。


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「王太子による爆発事件」気になり過ぎるw つか、中の人も学園に通ってないんだ
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