7反省会の心模様
書庫の騒動が収まり、セリーヌは冷静に記録を終えると、いつも通りの落ち着いた足取りで退出していった。
「殿下、本日はこれで任務終了です。お疲れさまでした」
そう言い残して。
――そして。
「…………」
カインは人気のなくなった書庫の片隅で、深く頭を抱え込んでいた。
「くそっ!何だあの冷静さは!」
声を抑えきれず、低く唸る。
「普通なら、抱き寄せられたら顔を赤らめるとか、少しは動揺するだろう!?なのにあいつ、真顔で『被害は軽微です』とか……っ」
拳をぎゅっと握りしめる。
「俺は、全力で庇ったんだぞ!?背中に本を何冊も受けて、思いっきり抱き寄せて……!なのに……っ」
脳裏に、驚きよりも冷静な分析をしていたセリーヌの顔が蘇る。
「『殿下、ご無事ですか』って……いや違うだろ!そこは『ありがとうございます』とか、『助けていただいて……』とかあるだろ!!」
棚の隅をバンッと叩く。埃が舞った。
「はぁ……」
肩を落とし、床に座り込むカイン。
「……いや、待て。あれは冷静すぎるんじゃない。俺への信頼が厚すぎるだけ……なのか?」
自分で言っておきながら、眉がぴくりと動く。
「……いやいや、違うな。あれはただ任務に夢中なだけだ」
天井を仰ぐ。高い棚が、まるで嘲笑うようにそびえていた。
「ほんの少しでもいい……俺を意識して照れてくれたら、それだけで……っ」
言葉を途中で切り、また頭を抱える。
そこへ――。
「殿下……」
背後から控えめな声がした。
「……お気持ちはお察ししますが、声が響いております。書庫での大声はお控えを」
振り向くと、側付きの若い文官が立っていた。顔を真っ赤にしながら。
「っ!お、お前、いつから……!?」
「……最初から全部」
「全部!?」
カインは床に崩れ落ちた。
「……殿下、今日の抱き寄せは完璧でした。書庫の誰もが見ておりました」
若い文官は真顔で言う。
「ですが、セリーヌ嬢には通じなかった……ただそれだけのことです」
「……っ」
カインは胸を押さえ、うめいた。
(そうだ……これが、俺の恋路……!)
埃の中、王子の呻きが木霊した。
◇
その夜。王城奥の小広間。
恒例となった「王家ラブラブ作戦会議」が、王太子アレクシスの号令で幕を開けた。
「……では、『第五回ラブラブ大作戦・城内書庫編』の報告を始める」
アレクシスは羊皮紙に大きく「抱擁成功(?)」と記し、厳かに宣言した。
「抱き寄せは完璧だったわ!」
王妃は勢いよく立ち上がり、うっとりと手を打ち鳴らす。
「カインがセリーヌを抱き寄せるなんて……理想通りのシーン!」
「……だが、セリーヌ嬢本人は全く気づいていなかった」
レオルドは冷静に付け加える。
「護衛たちの証言では、完全に任務優先。抱き寄せられても『被害は軽微です』と淡々と記録していたと」
「……俺の恋路か、って顔をしてたらしいな」
ユリウスは机に肘をつき、冷ややかに呟く。
「兄上、あのままじゃ報われない」
「ですが!」
王妃は力強く言い放つ。
「確実に二人の距離は縮まりました。あの抱擁は、心に刻まれたはずです!」
「……心に刻まれたのはカインの方だけでは」
レオルドが冷静に指摘し、アレクシスは頭を抱えた。
「作戦自体は成功に近かった。魔導書の落下、結界の誤作動、小規模暴走……段階的なトラブル演出は完璧だった」
「そうよ!ドラマチックだったじゃない!」
「だが、結局『記録完了しました』で締められた」
「……ロマン皆無だな」
会議室には一瞬の沈黙。
そして、アレクシスが立ち上がり、羊皮紙に新たな一行を書き足す。
「課題:セリーヌ嬢に恋の芽生えをどうするか」
「彼女は任務に忠実すぎるから、人を介して恋を知り、初めて感情が表れる……!」
王妃は瞳を輝かせる。
「そうと決まれば作戦決行ですわ!」
「また何か仕掛けるのか……」
ユリウスは冷ややかに呟く。
「兄上の恋路、どんどん険しくなっていくな」
反省と改良案を交わしながら、王家の会議は深夜まで続いた。




