20王城文官は恋に疎い
庭園から再び大広間へ。カインとセリーヌは、互いの手を取り合ったまま、ゆっくりと階段を上がる。大広間に戻ると、照明に反射する床が二人の影を長く伸ばしていた。
「さあ、最後の舞曲だ」
国王が軽く拍手を打ち、舞台袖の楽団に合図を送る。軽やかで華やかなワルツの旋律が流れ始めた。
「カイン、手を抜くなよ」
アレクシスが小声で笑う。カインは真剣に眉を寄せつつ、少しだけ笑みを浮かべる。
「……はいっ、兄上」
レオルドは冷静な表情のまま、舞踏会を見守る。「……父上、さすがだな。ここまで完璧に仕組むとは」と心の中で感嘆する。
「よかったな、兄上」
なんだかんだ心配していたユリウスも穏やかな表情で二人を眺めていた。
カインはセリーヌの手をしっかり握り、ゆっくりとステップを踏む。最初はぎこちなかったが、彼女の柔らかな笑顔を前に、徐々に動きが安定していく。
「殿下……楽しいです」
セリーヌの声に、カインの顔はさらに赤くなる。
「……そ、そうか!良かった……楽しんでもらえて」
庭園の小さな事件のように、風に舞って入ってきた花びらがセリーヌの肩にひらりと落ちる。
「あ……もう、びっくりしました!」
「す、すまん、でも……似合っている」
二人とも思わず笑ってしまい、周囲の人々も微笑む。
影の同盟軍は舞台袖で拳を握る。
「よし、殿下!その調子だ!」
「セリーヌ嬢の笑顔、逃すな!」
彼らの声援が目には見えないけれど、確かに二人の空気を温めていた。
国王は満足げに椅子に座り、王妃はそっと扇子で顔を覆って微笑む。アレクシスは弟の奮闘に、呆れながらも優しい視線を送った。
舞踏曲が最高潮に達した瞬間、カインはセリーヌを少し引き寄せ、短く頭を下げた。
「……君が一番、だ」
セリーヌは胸がいっぱいになり、言葉にならない微笑みを返す。
周囲からは、自然に拍手が沸き起こった。アレクシスは「やれやれ、弟はやっぱり全力だ」と小さく笑い、レオルドもユリウスも満足そうにうなずく。
その後も二人はゆったりと踊り続け、会場は華やかさと温かさに包まれる。国王の演出によって、二人の距離は目に見えて近くなり、誰もがその幸福な空気を祝福していた。
最後の旋律が消え、カインはセリーヌの手を優しく握り締めたまま、深くお辞儀をする。セリーヌもまた、微笑みを浮かべて応えた。舞踏会は、王家と影の同盟軍、そして城中の人々の見守る中で、ようやく二人だけの甘くて愉快な結末を迎えたのだった。
◇
あれから数日。
文官室の扉をノックもせずに開ける音がした。
「……殿下!?今日は、ご執務はどうされたのですか……」
セリーヌが顔を上げると、そこに立っていたのは、にこやかに手を広げた第三王子カインだった。
「ちょっと付き合ってくれるか?」
カインの声は真剣そのもの。舞踏会での余韻がまだ胸に残っている。
「え、業務ですか……?どの件でしょう。報告書の確認か、それとも……書庫の確認でしょうか?」
セリーヌは即座に頭を切り替え、机の上の書類に目を落とす。
「……いや、違う、散歩というか、ただ一緒に歩きたいだけなんだ」
カインの声には照れも混ざっている。セリーヌはふと顔を上げ、言葉の意味を理解した。
(……あ、これは業務じゃない……!)
胸がざわりと騒ぎ、手が少し汗ばんでくる。
「……わかりました。では、少しだけお付き合いします」
セリーヌははにかみながらぎこちなく頷く。頭の中ではまだ整理がつかないが、確かにこれは業務ではないと理解している。「行ってこいよー」「仕事は任せろ」という同僚文官の声に軽く会釈して席を立つ。
カインはにっこりと笑い、セリーヌの手を軽く取り、庭園への道を案内した。
庭園に出ると、夕暮れの光が二人を柔らかく包む。風に揺れる花の香りが、二人の距離をさらに近く感じさせた。
「……あの、殿下」
セリーヌは少し照れくさそうに言った。
「これは、仕事ではなく……本当に……一緒に歩きたいということですね?」
「そう、そうだ。君と一緒に歩きたくて……ただそれだけなんだ」
カインは少し赤くなりながらも真剣に答える。
「…そうですか。」
セリーヌは息を吸い、微かに笑む。
手の温もりを感じつつ、自然にカインの隣を歩く。心臓が早鐘のように打ち、頬はほんのり赤い。
庭の隅で控えていたアレクシス、レオルド、ユリウス、そして同盟軍たちは息を飲む。
「……やっぱり真っ直ぐだな」アレクシスは微笑む。
「セリーヌ嬢、ついに気づきましたね……!」
同盟軍は拳を握る。
王妃は微笑みながら、カーテン越しに目を細めた。
(……カイン、やるときはやるわね)
夕暮れの庭園で、二人の距離はゆっくりと縮まっていった。セリーヌはカインの気持ちを理解しつつも、まだ頭の中では少し混乱している。そのぎこちなさが、彼女らしい魅力をより際立たせていた。
『王城文官は恋に疎い』
これにて完結です。
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