19恋物語は突然に
夕暮れの大広間。シャンデリアの光が磨き上げられた床に反射し、金色の輝きを散らしていた。壁にはタペストリーが並び、王家の歴史が重厚に彩られている。香り高い花々が随所に飾られ、柔らかな光と色彩が入り混じる。
煌びやかな大広間の扉前、セリーヌは深呼吸を繰り返し、深い青のドレスの裾を整える。心臓は跳ね、手が少し震えていた。隣のカインも同じく緊張の色を滲ませている。
「……本当に似合うよ、セリーヌ」
カインが真剣な目で褒めると、セリーヌは真面目なまま頷く。その目はしっかりとカインを見つめ、言葉以上の信頼を伝えていた。
その瞬間、セリーヌの目にふと映ったのは、ドレスの深い青が、カインの瞳と同じ色をしていること。
(……この色……まさか、殿下の……!?)
胸の奥がざわりと騒ぎ出す。思わず手を握りしめ、視線を逸らすセリーヌ。
「ええと……その……ドレス……本当に、君に似合っている!」
カインは気付かずに言葉を重ねる。
「この青……落ち着いていて、でも強さがある……いや、完璧だ!」
「えっ、ええ……ありがとうございます……」
セリーヌは頬を赤らめ、微笑むつもりはなくても自然に口元が緩む。
そのとき、陰で見守っていた国王がくすくすと笑いながら呟いた。
「よし、そろそろ少し“魔法”をかけるか……」
国王陛下の大げさな声が轟いた。
「皆の者よ!今宵の華やかなる舞踏会に、第三王子カイン、そして本日の花を添えるセリーヌ嬢の入場である!」
会場は一瞬でざわめき、王子とセリーヌを一目見ようと人々の視線が集中する。
「花」と呼ばれた瞬間、セリーヌは背筋を正すも、胸の奥に熱いものを感じ、思わず肩をすくめた。頭の先から足の先まで注目される重圧に、息が詰まるようだ。
その時、カインは自然に手を差し出す。ぎこちなくも確かな手つきで、セリーヌの手を包み込む。彼の手の温もりが伝わる瞬間、セリーヌの体は小さく震え、顔は深紅に染まった。
(国王の狙い通り……だな)
大広間の片隅で控える同盟軍は、息を飲み、拳を握りしめた。王妃は扇子の先でそっとカインの背を押し、にっこりと微笑む。
楽団の演奏が始まった。国王が楽団に細かく指示していた。「最初の舞曲はゆったりと、二人が会話できるテンポで」と。
柔らかなヴァイオリンの旋律に包まれ、カインは緊張のあまり固まる。手を握るセリーヌの温もりを頼りに、ぎこちない一歩を踏み出す。
「殿下、楽しんでおられますか?」
セリーヌの微笑みに、カインの頬は真っ赤に染まる。言葉を返そうと口を開くが、声が出ない。
(そうだ、笑顔を……セリーヌの笑顔を絶やさないように……!)
舞踏のステップはぎこちなく、時折つまずきそうになる。だがそのたびにカインは必死にバランスを取り、セリーヌを支える手に力を込める。その真剣さが、彼女には伝わっていた。心臓が早鐘を打ち、頬が熱を帯びる。
会場の空気は、二人の微妙な距離感に吸い込まれるように静まり返る。視線はすべて二人に集まり、「おお……」という息づかいが漏れる。控えめに見守る隠れ応援団たちは、表情を崩さず、心の中で叫んでいた。
(殿下、そのまま……!セリーヌ嬢を絶対に笑顔に……!)
国王は遠くから観察し、片目を細めてニヤリと笑う。
(完璧だ。あとはカインが真っ直ぐな心を爆発させれば、二人の距離は一気に縮まる……)
舞踏会の第一幕は、二人の距離を自然に縮める絶妙な時間となった。床に映る二人の影が寄り添い、淡い光の中で揺れる。周囲はその光景に息をのむ。王妃は扇子の影で口元を押さえつつ、微笑みを浮かべる。
楽団の音色がゆったりと響く中、国王の合図で侍従たちが一斉に動く。
「庭園への扉を開けよ」
扉が静かに開くと、夕暮れの光に染まった庭園が顔を出す。花々はほのかに香り、柔らかな風が頬を撫でる。室内の喧騒から切り離された、二人だけの静かな空間──国王の仕込み通りだ。
カインは一瞬息をのむ。
(これなら……沈黙でも気まずくない……!)
セリーヌは微笑みながら、手元のカーテンや花の香りに目を落とす。
「……きれいですね、庭園も」
「え、あ、ああ……そうだな……」
カインは緊張で言葉がぎこちなくなる。だが、手を握る力は弱めず、自然に歩幅を合わせる。
庭園の片隅で待機していた庭師たちは、ひっそりと息を詰める。
「陛下の采配が絶妙…!」
「絶対二人を近づける気だな……!」
王妃は微笑みながら扇子を閉じ、心の中で感心する。
(本当に、うちの人はやるときはやるのね……)
ゆっくりとセリーヌの手を引き、庭園に続く階段を降りていく。闇夜に浮かぶ花々に感嘆しながら静かに歩いていると、隣室の窓辺から二、三人の令嬢が囁き声を上げた。
「……第三王子の相手にしては、地味じゃない?」
「そうね、華やかさが足りないというか……」
「でも、殿下が選ばれたというし……」
セリーヌは小さく俯く。頬を軽く赤く染め、手を組みしめる。
(……私、これでいいのかしら……)
その様子を、庭園の隅で控えていた文官や侍従が見守る。
「……殿下どうにかしてくれ…!」
「これは、陛下の仕込みなのか…?」
全員が小声で拳を握り、背中で応援の気配を放つ。
そのとき、国王はにっこりと笑いながらあえて止めなかった。
「ここでカインの真価が試されるときじゃな…」
彼の目は庭園を見つめ、カインとセリーヌの動きをじっくり観察している。
カインはセリーヌの目線を察し、ぎゅっと手を握る。
「……誰が何と言おうと、俺は……」
しかし言葉が詰まる。
セリーヌはびくっと肩を揺らす。
「……殿下?」
周囲は息をのむ。庭園の花の香りが二人の間に柔らかく漂う中、カインは深呼吸し、セリーヌの肩を掴んだ。目を合わせ、ついに感情を押し出す。
「俺は……誰が何と言おうと、セリーヌが一番美しいと思ってる!」
その瞬間、庭園にいた人々は息をのむ。セリーヌは硬直し、顔が真っ赤に。
「ひいい!直球!」
王妃は小声で扇子を握りしめながら叫ぶ。
「もう止められん……!」
アレクシスは頭を抱え、弟の真っ直ぐさに呆れつつも微笑む。
今まで支えてきたは城の人々は、冷静に職務を全うしようとするも、心の中では壁に両手をつき、声にならない声で叫んだ。
(殿下、ついに言ったぁああ!)
庭園に立ち尽くす二人の間に、柔らかな沈黙が流れる。カインの心臓は破裂しそうだ。セリーヌは目をぱちぱちさせ、どうしていいか分からず立ちすくむ。
そのとき国王が、低く笑いながら声を上げる。
「まったく……若いというのは良いものだな。カイン、セリーヌ嬢を誇れ!」
ざわめく庭園に拍手と歓声が一斉に湧き上がる。周囲はその言葉で二人を祝福ムードに変え、直球の爆弾は見事に「愛の証」として包み込まれる。
カインとセリーヌはぎこちなく視線を合わせ、二人だけの微笑みが庭園に溶けていった。
王妃は遠くから静かに頷く。
(……これで本当に、二人の距離は縮まったわね)




