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17緊張と暴走のワルツ

 謁見室ではなく、あえて柔らかな雰囲気の王妃の私室。窓から柔らかな日差しが入り、花瓶には季節の花が生けられている。

 セリーヌは両親に背中を押され、正式な返事の書状を携えてやってきた。


 王妃はにこやかに三人を迎え入れ、すぐに扇子を軽く動かす。


「まあ、そんなにかしこまらなくていいのよ。今日はただの大事なお返事。ね、カイン?」

「……は、はいっ!」


 緊張しすぎて声が裏返るカイン。

(母上、軽くって言ったのに……!全然軽くない!)


「本日はお誘いいただいた、返事を持参して参りました」

「さあ、セリーヌ」


 両親に促され、セリーヌは胸の前で手を重ね、丁寧に一礼した。


「……建国祭の舞踏会につきまして、両親とも相談のうえ──殿下のエスコートをお受けいたします。そして、贈り物も……ありがたく頂戴いたします」


 その言葉を聞いた瞬間、カインの心臓は爆発寸前。思わず半歩踏み出し、言葉を絞り出す。


「……ありがとう、セリーヌ。必ず……君を守る」


 王妃はそのやりとりをにっこりと見守りながら、心の中では(あらまあ)と大喜び。けれど表情はあくまで品よく微笑んだまま。


「ええ、これで安心して舞踏会の準備ができますわね。カイン、練習を怠らないように」

「は、はいっ!」


 王妃の扇子がすっと動き、(まだまだ油断は許さない)という無言の圧まで感じて、カインは背筋をぴんと伸ばした。

 一方のセリーヌは、彼の真剣な眼差しに胸が熱くなるのを抑えきれない。──自分の恋心を知ったからこそ、その言葉の重みが胸いっぱいに響いていた。




 王城の大広間。

 晩餐や式典の時に使われる磨き上げられた床は、今宵は「第三王子・ダンス特訓会場」に早変わりしていた。


「カイン、背筋を伸ばせ。そうだ、もっと堂々と」


 指導役を買って出たのは、王太子アレクシスだ。剣の稽古では誰よりも厳しく、宮廷の礼儀作法もそつなくこなす完璧超人。ダンスももちろん、王族の中で一番得意だ。


「背筋、背筋……っと。よし」


 カインは真剣に言われた通り姿勢を正すが、表情はカチカチに強張っている。


「違う。踊りは戦いではない」

「お、俺は戦っているつもりはないんだけど……」

「だがその顔は戦場の顔だ」

「ぐっ……!」


 横で見ていた文官や兵士たちは、同情とも応援ともつかぬ眼差しで見守っている。

(殿下、がんばれ……!)

(でも怖い顔すぎる……これじゃあパートナーが震える……!)


「一度、相手役を立てた方がいいな」


 アレクシスが顎で合図すると、控えていた文官のひとりがぎょっとして身をすくめた。


「……わ、私ですか!?」

「当然だ」

「ひええ……」


 結果、細身の青年文官がドレス代わりにカーテンを肩にかけられ、カインの前に立つこととなった。


「よろしくお願いします、殿下……」

「……お、おう……」


 ぎこちなく差し出される手。カインは恐る恐るそれを握り、ステップを踏む。


──ガッ!


「あ、あいたっ!」


 青年文官の足が踏まれた。


「す、すまん!」

「い、いえっ、殿下のためならこの命、足の指など安いもので……!」

「いや命までは捨てるな!」


 周囲の同盟軍たちは、机に突っ伏して肩を震わせていた。

(殿下、必死すぎる……!)

(でもその真剣さがいいんだよなぁ……!)


 アレクシスは溜息をつきながらも、何度もステップを直してやる。


「相手をリードするんだ。力任せではなく、自然に導け。相手を思いやるんだ。お前、前の舞踏会は踊れてたじゃないか。なんで今回に限って、こんなに動けなくなってるんだ。」

「いや、緊張して……」


 カインは眉をひそめ、必死に考える。

 次の瞬間、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。


「セリーヌを思いやるんだな!?よし、わかった!!」

「ち、ちょっ、殿下!?まだ私で練習中ですからっ!」


 青年文官は半泣きだが、カインは本気だ。


「緊張してもセリーヌが転ばないように!セリーヌの足を踏まないように!セリーヌが笑顔でいられるように!」

「ぐ、ぐえぇぇええ!」(踏まれる)


 踏まれながらも青年文官は心の中で叫ぶ。

(殿下……!セリーヌ様のことになると力の出し方が桁違い……!)


 アレクシスは額を押さえ、呆れと笑みをないまぜにした顔をしていた。


「……まあ、悪くない。いや、むしろカインらしいな」


そして影の同盟軍は、静かに親指を立てていた。

(……殿下、成功を祈ってます!)

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