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16天然キューピッドに暴かれる恋心

 夕暮れ時、馬車が実家の門をくぐった瞬間、懐かしい空気が胸いっぱいに広がった。


「セリーヌ!」


 玄関先で待ち構えていた両親と兄、そして義姉たちと子どもたちが一斉に声をあげた。小さな甥と姪が勢いよく駆け出してきて、セリーヌのスカートにしがみつく。


「おばちゃーん!会いたかった!」

「ねえねえ、お城で王子様と一緒なんでしょ!? いいなぁ!」


「ちょ、ちょっと……!」

 両腕にぶら下がる子どもたちを抱き上げながら、セリーヌは思わず赤くなる。


 その夜の食卓は、相変わらずの賑やかさだった。焼いた肉の香ばしい匂い、野菜の煮込みの優しい味、パンを引き裂く音。

 父はワインを片手に「仕事はどうだ」と聞き、兄は「城の文官室は忙しいだろう」と笑う。義姉たちは「ちゃんと食べてる?痩せたんじゃない?」と母親のように心配する。


 そして甥と姪は……。


「セリーヌおばちゃん、顔が赤いよ? 風邪?」

「違うよきっと! 王子様のこと考えてるんだ!」

「えっ!?」


 フォークを落としかけて慌てるセリーヌ。


「な、なにを言ってるの、あなたたち!」


「でも、この前も『殿下が』って話してたでしょー?」

「そうそう、『守ってくださった』とか言ってた!」

「わーっ!もう黙って!」


 家族は苦笑して見守っていたが、子どもたちの無邪気な指摘に、セリーヌの胸の奥はざわめいて仕方がなかった。兄夫婦の仲睦まじい姿──兄が義姉の皿に肉を取り分け、義姉がにこやかに礼を言う。それを目にするたびに、なぜかため息がこぼれる。


(……どうして、こんなに気になるのかしら)


 甥っ子が首をかしげる。


「ねえ、セリーヌおばちゃん。ため息いっぱいしてると、お嫁に行けなくなるんだって!」

「……っ!」


 その場にいた全員が吹き出した。



 翌日。庭園の東屋で開かれたお茶会。母と義姉たちが集い、ティーカップの澄んだ音が響く。

 しばらく談笑が続いたあと、セリーヌはついに切り出した。


「……実は、殿下から舞踏会のお誘いをいただきました」


 一瞬で場の空気が変わる。義姉たちが顔を見合わせ、同時に声をあげた。


「「きゃあああああ!」」


 母は穏やかに笑いながらも、娘の瞳をじっと見る。


「そして……ドレスと装飾品まで贈りたいと」


 義姉はテーブルを叩きそうな勢いで身を乗り出した。


「なにそれ! 素敵すぎる!」

「セリーヌ、殿下に大事にされてるのよ!」


 セリーヌはうつむく。


「でも……どうして私なんでしょう。お妃候補なんて他にも大勢いらっしゃるのに」


 母は静かに口を開いた。


「実はね、王家からお話をいただいたことがあったの。あなたが学院に通っていた頃からよ。『第三王子の婚約者としてどうか』と」


 セリーヌは目を丸くした。


「まさか……!」

「でも陛下も妃殿下もおっしゃっていたわ。無理にとは言わない、セリーヌの気持ちを大切にしたいと」


 母の声はあくまでも優しい。

 義姉がくすりと笑う。


「……まあ、無理強いはしないけど、背中は全力で押したいみたいだったけどね」

「そうそう!」


 もう一人の義姉が穏やかに続ける。


「だって、あんな不器用なのに一生懸命な殿下を見て、放っておける?セリーヌ、あなたもでしょ?」


 セリーヌは言葉を失い、ただ俯く。頬は自然に紅潮していた。

 そこへ遠くで侍女と遊んでいた甥と姪がドタドタと駆け込んでくる。


「ねえねえ! 舞踏会って踊るんでしょ! おばちゃん、誰と踊るの!?」

「もちろん王子様だよね!?ドレス着るんだよね!? 絶対きれいだよ!」


 セリーヌは椅子ごと後ろに引きそうになった。


「ちょ、ちょっとあなたたち!」


甥はにやにやしながら言う。


「やっぱりねー!おばちゃんの顔、王子様のこと話すとすぐ真っ赤だもん!」

「わーっ!もう黙ってー!」


 母と義姉たちは堪えきれず笑い出した。




 夜、自室に戻ったセリーヌは、窓辺に腰かけて外を見つめた。家族と過ごす時間は楽しくて温かい。けれど心の奥には、昼間からずっと消えないざわめきがある。


思い出すのは──


自分を危険からかばって抱きしめてくれた力強い腕。

真剣に告げられた舞踏会の誘い。

不器用に言葉を探す姿。

時折見せる、あの少年のような笑顔。


(殿下は、いつも私を真っ直ぐに見てくださる……)


 胸が締めつけられるように熱くなった。甥や姪の無邪気な言葉が頭をよぎる。

「おばちゃん、王子様のこと考えてるんでしょ!」

「ドレス着たらお姫様だね!」


(……そう。あの方と一緒にいると、私は……)


 ぽつりと、声が漏れる。


「私……殿下のことが、好き……」


 その一言は、夜の静けさに溶け込むように響いた。

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