15再来!王城文官室の侵入者
奥の書斎で、王妃アメリアは机に置かれた舞踏会準備の書類に目を落としていた。普段なら、国王がここまで計画段階から積極的に口を出すことはなかった。眉をひそめながらも、胸の奥には小さな期待が芽生えていた。
「……今回はやけに張り切ってらっしゃるわね」
王妃が隣にいたアレクシスにささやくと、彼は肩をすくめた。
「そうですね。しかし、これほど父上が計画に口を出すのは、珍しいことです」
書類の山を前に、王妃の頭の中では舞踏会の演出が渦巻く。そこへ侍女長マリアが静かに入ってきた。
「王妃様にご報告します。先日我々実行班の会に、陛下が参加されました」
王妃の目が丸くなる。
「え?あの人が…?どうして?」
マリアは少し照れくさそうに答える。
「あの日は、ついつい私たちも盛り上がってしまいまして。その声を聞かれた陛下が部屋に入って参りました。そこで、作戦の経緯をご覧になって、あまりにも豪快な行動に感動され、どうしても加わりたいと…」
王妃は微笑む。
「なるほど。こうなれば、あの人を巻き込むのがよいわね」
その判断はすぐに王子たちにも伝わった。ユリウスとレオルドは眉を上げ、アレクシスは小さく頷く。
「カインの恋路を、父上と共に支える形になりますね」
王妃はさらに提案した。
「舞踏会に合わせて、セリーヌに贈るドレスや装飾品も準備しましょう。偶然の演出も、あの人の力を借りればさらに自然になります」
「ドレスや贈り物か…なるほど、心遣いですね」
レオルドが微笑む。
「では、カインには贈り方を伝授する必要がありますね」
アレクシスは小さく眉を寄せる。
「カインは、直球すぎるから心配だな…」
王妃は肩をすくめながら笑った。
「でも、真面目な彼だからこそ、そこが魅力でもあるのよ。さあ、カインをここに呼んでちょうだい!」
◇
文官室の前の廊下。
カインは招待状を手に、うろうろと歩き回っていた。
「舞踏会に誘うだけだ。簡単だ、簡単……いや、簡単じゃない!どう言えばいい?『一緒に踊ってほしい』?いや、前回失敗している。『もしよければ』?いや、それじゃ弱い。『ドレスと装飾品を贈りたい』?いや、それも直球すぎる……!」
ぶつぶつぶつぶつ。
まるで問題集を前にした落ちこぼれ学生のように悩みながら、同じ場所を何往復もしている。
その背中を、文官室に出入りする書記官がじっと見ていた。
──これでは永遠に入れない。
そう悟った彼は、決死の覚悟で声をかける。
「殿下。どうぞ」
軽く背中を押した。
「うわっ──!」
カインは体勢を崩し、そのまま転がるように文官室の扉を押し開けた。
バァン!
大きな音とともに入ってきた王子に、室内の文官たちは一斉に顔を上げる。普段は静謐なこの部屋に、突風のような衝撃が走った。
「せ、セリーヌッ!!」
思いのほか大きな声で名前を呼んでしまったカイン。文官たちは「うわあああ」と心の中で大騒ぎする。
呼ばれたセリーヌは、机の上で書類をまとめていた手を止め、びっくりして顔を上げた。
「は、はいっ!? 殿下!」
慌てて椅子を押して立ち上がり、カインの前に駆け寄る。
部屋の空気は一瞬で張り詰めた──が、周りの人々の胸の内はワクワクとドキドキで弾けそうだった。
(来た来た来たぁぁ!殿下、ついにか!)
カインは手に持った招待状をぐっと握りしめ、顔を真っ赤にして言った。
「こ、これはその……け、建国祭の舞踏会の……お、お誘いでっ……!」
言葉が上ずり、息も荒い。
「そ、それで、あの、そのっ……舞踏会に……君にドレスを……その……贈り物を、したくてっ!」
声が裏返り、言い回しもぐちゃぐちゃ。だが真剣さは痛いほど伝わる。
文官室の隅で控えていた者たちは、見えないように机の下でガッツポーズを決めた。同盟軍全員が「よし!」と心の中で叫ぶ。
セリーヌは驚きで目を見開き、胸の鼓動が早鐘を打つ。
「わ、私に……贈り物を……?」
混乱しながらも、いつもの彼女らしく誠実に答える。
「た、大切なことですから……あの、実家に戻って、家族に相談しても……よろしいでしょうか?」
一歩引いた言い方に見えて、内心は大嵐だった。
(どうしようどうしよう……殿下が私に……ドレスを……!お誘いまで……!?いやいや落ち着け私!でも、殿下が……私に……!)
思考が渦を巻き、つい心の声が口から漏れる。
「……これってやっぱり、恋、なのかしら……」
はっとして口を押さえるが、もう遅い。
カインは聞き取れたようで、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしている。
周りの文官たちは見えない位置で拳を握りしめ、震えるほどのガッツポーズ。
カインは頭が真っ白になり、まともに返事もできない。
「わ、わかった!じゃ、じゃあ、その……えっと……」
「…え、ええ、故意な間違いがあって、軽微な修正と…、私直さなきゃ…」
言葉にならず、ぎこちない動きで踵を返す。
そのまま、カインもセリーヌもまるでゼンマイ仕掛けの人形のようにガチガチの足取りで戻っていった。
バタン!
扉が閉まった瞬間、文官室には静寂──
のはずが、全員が机の下で拳を突き上げ、見えないガッツポーズの嵐が巻き起こっていた。
「殿下、やったぁぁぁ……!」
声なき声が響き渡った。




