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11戸惑う胸中〜パパのアシストを添えて〜①

 今日も城の「仕込み」は完璧だった。廊下の導線は二人が自然に交差する角度へ、調理室の休憩茶は同じ時刻に二人の動線上へ、書庫では軽い魔力の揺らぎが起きるよう調整済み。侍女も衛士も若手魔導師も、心の中で気合を入れていた。


 だが、いつもと異なる行動を起こす人物が一人。

 最初のピースから音を立てて狂う。


 文官室の入口。

 廊下を歩く書類の束を抱えたセリーヌが、角の向こうから現れるカインの気配に、ほんの一瞬だけ足を止めた。胸の奥が、忙しなく跳ねる。

 なぜか最近カインといると気持ちが落ち着かなくなり、ミスが増えるのだ。


(落ち着きなさい。任務優先。通常通り、通常通り――)


 そう念じた次の瞬間には、彼女はくるりと踵を返し、扉の向こう、文官室の中に舞い戻る。

 扉が閉まると同時に、入口に現れたカインは、用意された「偶然の交差」で肩透かしをくらった。今日こそ、と思っていた。


「あれ……?」


 扉は静かに閉ざされたまま。セリーヌがいた気配がしたのに。

 内側からは、紙の擦れる音と羽根ペンのかすかな走りだけ。


(避け……られた?)


 胸の内に、細い棘のような違和感が刺さる。


 文官室の中では、同僚文官たちが目を丸くした。


「アシュレイ嬢、殿――」

「代わりにお願いします!私は決裁の山を片付けます!」


 机に滑り込んだセリーヌは、息を整え、書類を流れるように捌き始める。その横で、裏の段取りを知っている文官たちは顔を見合わせ、無言の「どうする?」を交わした。


(今日の交差1回目、失敗……!)

(でもアシュレイ嬢、すごい速度で仕事してる……!)

(それはそれで助かる…複雑!)


 ほどなく、カインの依頼書が文官室に届く。


 差出人:第三王子カイン。

 件名:書庫目録の確認依頼。


 ――セリーヌ宛のはずだったが、彼女はきっぱりと言った。


「その案件は、第三班の担当へ。私は別件の照合作業に入ります」


 視線は穏やか、声は平板。だが、耳朶はうっすら赤い。


(関わると、胸がざわつく。仕事が乱れる。それは駄目――)


 真面目さが真面目を呼び、距離は、逆に開く。


 廊下の向こうで、若手魔導師と侍女が小声で崩れ落ちる。


「交差ポイント、空振りです……」

「お茶タイミングも流れちゃうわ……」

「……今日、難易度高くない?」

「高い。めちゃくちゃ高い」


 午後、二度目の「偶然」の仕込み。

 回廊の角を同時に曲がれば肩が触れる――はずが、セリーヌは安全側に膨らみ、壁に寄って深く会釈、すれ違いざまに一言。


「お疲れ様でございます、殿下」

「あ、ああ……」


 それだけ。足並みは重ならない。カインは引き止める言葉を喉の奥でもつらせたまま、踏み出せずに立ち尽くす。


(いつもなら、もっと自然に話せるのに。どうしてだ。俺……どう関われば――)


 押せ押せの勢いは、迷いに絡め取られて消えていく。


 夕刻、調理室脇の小休憩。

 セリーヌがいつも選ぶ蜂蜜クッキーと柑橘の茶が、さりげなく一皿ずつ並べられている。侍女と料理人が背後で固唾を飲む。そこへカイン――が来る直前、セリーヌはふいと顔を上げ、別の通達に気づく。


「そうだ、急ぎの回覧が」


 すっと姿を消す。息を弾ませて駆けつけたカインの前に、クッキーだけが残った。


「……」


 皿の上で、光る砂糖。彼は小さく笑って、ひとつ摘まむ。


「美味いな」


 その声を、角の陰で侍女たちが聞きながら、そっと握った拳をほどいた。


「殿下、切ない……」

「今日、甘いのはクッキーだけ……?」



 夜。王家の食卓には沈黙が居座った。

 アレクシスはスープを一口、レオルドはパンを割り、ユリウスは頬杖をつく。王妃は気遣う眼差しでカインを見つめた。


「で、今日はどうだったの?」

「……様子が違う。セリーヌは、仕事を優先している。俺が話しかけると、必ず『後ほど文官室にて』で引き下がる。文官室に行くと、別の者が出てくる」


 匙の音が小さく止まる。


「避けられているわけではない。……いや、避けられているのか?」


 曖昧に笑ったカインの横顔に、王妃が手を伸ばしかけ、アレクシスが言葉を探す。


「焦るな、カイン。人にはそれぞれペースがある」

「業務動線を変えようか。自然に関わる時間を――」

「いや、それは逆効果だ。動線の改変は彼女にすぐ感づかれる」


 レオルドの冷静な進言に、ユリウスが低く笑う。


「つまり、何もかも裏目にでる。……兄上、押せば折れる木じゃない。風向きが変わるのを待つほうが早い」


 王妃はため息まじりに微笑んだ。


「大丈夫よ。あなたたちの積み重ねてきたものはそんな簡単に崩れはしない。」


 カインは俯き、静かに頷く。それ以上、言葉は出なかった。


 甘い場面は一つも生まれず、その夜も城は静かに更けた。仕込み班は廊下の影で肩を落とし、「今日は完敗」と小さく手を合わせるのだった。




 翌朝。王城の執務階に、国王の朗らかな声が響いた。

「おお、カイン、ちょうどよい!北棟の納入台帳が少々ややこしくてな。外部工房の検収立ち会いに行ってくれるか?」

「承知しました、父上」


 そう答えたカインの背後を、軽やかな足音が過ぎる。羊皮紙を抱えたセリーヌだ。国王は両手を打ち合わせ、にっこり笑った。


「おお、セリーヌ嬢ではないか!ならば話は早い。カインと一緒に行ってきてくれんか。文官の目もいるだろう?」

 空気を読まない、実に泰然たる一言。


 廊下の陰で控えていた侍女と衛士と若手魔導師が、同時に息を呑む。

(((来た――!!)))


 セリーヌはわずかに瞠目し、すぐに姿勢を正した。


「かしこまりました、陛下。――殿下、よろしくお願いいたします」

「あ、ああ。こちらこそ」


 国王は豪快に笑い、背中をどん、と叩いた。


「任せたぞ、二人とも!昼までに戻れば、焼き立ての肉派の私の昼餉が間に合う!」


 その基準は実に王らしい。基準はさておき、手配は一瞬で整った。

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