第9話 沈黙の王冠 ―再会の謁見―
『沈黙の王冠 ―再会の謁見―』
夜が明けて三日後、王宮の使者がリエージュの執務室を訪れた。
「リエージュ=ブリュッセル殿。陛下より、王宮地下礼拝堂にて、私的な謁見の許可が下りました」
使者は言葉少なに手紙を差し出した。濃紅の封蝋には、ヴィオール家の紋章――王冠と百合の印。
「……来たわね」
リエージュは深く息を吸い、その封を切った。中には簡素な文面が一枚。
《リエージュ=ブリュッセル殿
貴殿の申し出、並びに手紙に記された記憶を確かに拝読した。
あれは確かに、我と兄――ノワール=ヴィオールのみが知ることであった。
この国を揺るがすほどの真実が、貴殿の言葉の中にあるとすれば――
然るべき形で、然るべき場で語るがよい。
我は待つ。礼拝堂にて。
アルセリオス・ヴィオール》
リエージュは、すぐにノワールへ報せた。今宵、礼拝堂にて――それは、兄弟の再会の時であり、国家の宿命が回帰する場でもあった。
* * *
王宮地下の礼拝堂は、夜になると冷たい石の匂いに満ちていた。
蝋燭の明かりが揺れ、神像がぼんやりと浮かび上がる中、アルセリオスは玉座とは違う、粗末な椅子に一人腰掛けていた。
王ではない。弟として、兄を待つ姿だった。
やがて、扉が静かに開く。
入ってきたのはリエージュ。そして――ノワール。
灯の下で、アルセリオスはその姿を見て、思わず立ち上がった。
「……兄上」
ノワールは静かに歩み寄り、距離を詰める。冷たい沈黙の中に、再会の鼓動だけが響いていた。
「アルセリオス」
その名を呼ばれた瞬間、アルセリオスの瞳が揺れた。二十年。二十年の空白を抱えた声だった。
「……本当に……お前が……」
「俺はまだ完全には戻っていない。だが、リエージュの存在が俺を呼び戻した。お前の……手紙も」
リエージュは一歩下がり、場を二人に預けた。
「……あのとき……私が、兄上を守ると思って行った儀式が……結果として、貴方を“閉じ込めた”」
アルセリオスは膝を折り、頭を垂れた。
「……罪を裁いてくれ、兄上。お前が戻るなら、王冠も、国も、私はすべて……」
ノワールは静かに膝をつき、弟の肩に手を置いた。
「……お前は、この国を保ってくれた。俺のために罪を背負ってくれた。……裁きなど必要ない。ただ――今度は共に歩こう」
そのとき、ノワールの瞳に微かに光が宿った。
リエージュが息をのむ。
「……ノワール様……!」
礼拝堂の奥――聖域に眠っていた水晶の棺が、低く響く音とともに、かすかに振動した。ノワールの魂が、肉体に反応している。
「……呼んでいる。俺の……身体が」
アルセリオスは、震えるように立ち上がった。
「行こう……兄上。今度こそ、目覚めのときだ」
* * *
聖域にて、水晶の棺の蓋が開けられた。
慎重に、丁重に。アルセリオスとリエージュは、ノワールの肉体に寄り添った。
「ノワール様、深く呼吸を。記憶と魂を、この身体に――」
リエージュが手を重ねた瞬間、ノワールの瞳が――開いた。
「……っ……!」
静寂を切り裂く音。
ノワールの胸が、わずかに上下する。
そして、その唇が動いた。
「アル……セリオス……?」
王は、言葉を返せなかった。涙が、声より先に零れた。
* * *
ノワール=ヴィオールの復活は、ただちに王宮の一部の者にだけ伝えられた。
公にすれば、国家は揺らぐ。だが隠し通せば、またしても同じ罪を繰り返す。
アルセリオスは、極秘会議を招集した。
「兄上の復活は真実だ。だが、即位ではない。まずは、真実を語る場を用意し、民に選ばせる」
「兄の存在を否定せず、受け入れる体制を」
王宮は静かにざわめいていた。
リエージュはその場の隅で、ただ一人、祈るように呟いた。
「――これで、ようやく“物語”が、動き出す」




