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【アップ】2023年10月15日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(不思議のパルプンテ)

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782


【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/my/works


【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪




【本日の礼拝メッセージ】

https://www.youtube.com/live/Ct-sKadHrS8?app=desktop&feature=share


【ブログ記事】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12825445615.html

こちらから聖書と讃美歌を閲覧できます。



前奏

招詞 哀歌3章22〜25節

頌栄 たたえよ、主の民[こ改25]

開会祈祷

主の祈り(週報裏面)

十戒・祈祷(週報裏面)

子ども説教

子どもと親のカテキズム 問57

「感謝の道を知る」

こどもさんびか

うたいましょう[改126(2節)]

牧会祈祷

讃美歌 217番

聖書

ヨハネによる福音書3章16〜21節(P167)

説教

「本物の愛がここに」

木下裕也

祈祷

讃美歌 312番

みことばの交読文

ローマ8章35〜39節

感謝のささげものと執り成しの祈祷

頌栄 542番

祝祷

報告



讃美歌~♬


讃美歌217番(歌詞付)54年版「あまつましみず」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=4w-hL59XFlE


1

天つ真清水ましみず流れきて

あまねく世をぞ うるおせる

ながく渇きし わが魂も

汲みて命に かえりけり

2

天つ真清水ましみず 飲むままに

渇きをしらぬ 身となりぬ

つきぬ恵みは 心のうちに

いずみとなりて 湧きあふる

3

天つ真清水ましみず受けずして

罪に枯れたる ひとくさの

さかえの花は いかで咲くべき

そそげ命の 真清水ましみず


讃美歌312番「いつくしみ深き」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=HYtju3yW9Jg


いつくしみ深き 友なるイェスは

とがうれいを

取り去りたもう

心の嘆きを つつまず述べて

などかは降ろさぬ

える重荷おもに

いつくしみ深き 友なるイェスは

我らの弱きを 知りてあわれむ

悩み 悲しみに

しずめる時も

祈りに応えて

なぐさめたまわん

いつくしみ深き 友なるイェスは

変わらぬ愛もて 導きたもう

世の友のわれを

捨てさるときも

祈りに応えて いたわりたまわん



2023年10月15日 礼拝説教 聖書箇所

新約聖書 ヨハネによる福音書3章16~21節


16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。

18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。

19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。

20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」



(Mynote)

二〇二三年一〇月一五日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝出来る事を神様に感謝する。

(子供メッセージ)

『子供と親とカテキズム 問五七』

「では、感謝の内に、愛し、祈りつつ歩む道を、どのように知る事が出来ますか。」

「聖書を通してです。」

とても短い答えながら、これは真実であり、また忘れられ易い事である。聖書には先ず神様の教え、イエス様の言葉が記されて在り、そして十戒が在り、その御言葉と十戒を守る事により、全ての人は道徳を学び、人が本来歩むべき道が備えられる事になる。でもこれが中々人には守れない。だからこそ日々の悔い改めが必要になり、神様の元へ帰ろうとするその姿勢が大事になる。

(公同礼拝)

『ヨハネによる福音書』(第三章一六から二一節)

今日は歓迎礼拝であり、この日を迎えられた事を神様に感謝する。

この箇所は「神様が全ての人の為にその愛する一人子、イエス様をこの世に遣わされ、人が一人も滅びないで、永遠の命を得る為である」と言う、あの有名なエピソードである。

この「一人子を遣わす」と言うのは、今現在までこの地上で生かされて来た全ての人の罪を贖う(清める)為であり、ただ全ての人の為に自分の子供を犠牲にしたのではない。生まれながらにして罪人だった人間の罪を拭い去り、その罪から人を救う為に遣わされた事に大事が在る。

人は罪に生きる時、光を嫌って闇の内に生きようとする。人目から隠れる為であり、神様の目からさえ逃れようと錯覚するからだろう。アダムとエバの時もそうだった。アダムとエバは蛇に誘惑されて果実を取って食べた後、植物で造った衣を纏い、茂みの中に隠れた。これは神様の目から逃れようとしたのである。この原罪による行動が、現在も人々の罪を犯す前後の行動に現れて居る。暗躍と言うものにも成ろうか。

神様はただ天地を創られたのではなく、神様の愛を以て万物が創られ、人も創られた。その愛の喜びを分かち合う事こそが神様から生まれた人間本来の在り方であり、そこから逃れる必要は無い。逃れた理由は人間の罪の為である。全ての人は罪を犯す時、正しいと思える道へ進むか罪の方へ進むか、選ぶ自由が与えられて居る。それでも罪の方へ行くのは人の罪の所為であり、自らその方へ行く道を選ぶのである。

全ての人にとって、最も身近な存在は誰か?それは神様である。神様が自分の命、自分の全てを創られたからである。両親から生まれる事も、その両親に「子供を生む能力」を初めに神様から与えられて居るから成るのであり、その生命の土台が人の知る以前から、神様から既に与えられて居る。

アダムとエバが誘惑に落ち、罪の道へ歩んでしまい、神様から離れた時、蛇(罪であり悪魔)は「その木の実を取って食べればあなたは神と同等に成る」と唆して誘った。「人が神に成れる」と言うのは、全ての人にとって並ならぬ最大の喜びともなろうか。現在でも「神◯◯」という言葉が流行って居り、神に成れる・近付く事を心で願う欲望が在る事を人は自分に知る。この心理を巧く突き、蛇は二人を誘惑し、アダムとエバの二人はその通りに罪に堕ちてしまった。これが人の罪の始まりであり「原罪」と呼ばれ、その罪の為にこれまで人は悩み苦しんで来た。

これ等の罪は人の側の問題に在る。罪に生き、神様から離れる事は、命の土台を失い、誠の愛を失い、神様の子である喜びを失い、罪の淵に苦しみ続ける事に成る。人は自ら神様に叛き、神様の元から離れ、人は自ら神様を自分の内から失おうとしたのである。

それでも神様はイエス様をこの世に遣わし、その罪の淵から全ての人を救おうとして下さった。全ての人は神様に愛される息子・娘である。その息子・娘である全ての人の為にイエス様を十字架に付ける事を神様は御計画され、その通りに成され、そしてイエス様は三日目に甦り、罪人の復活を先駆けて証明して下さった。これは罪人である全ての人にとって、最大の喜びであり、神様の愛が充分に分かり伝わる恵みである。罪人の罪を救う為には、罪の無い存在がその罪を背負い、贖い、葬られねばならなかった。その存在がイエス様であり、その神様の御計画の成就の為にそのぶん(盃)を受け取った。全ては、生まれながらに罪人である人間の為である。

だから神様の事、イエス様の事、これら一連の事を信じない者は既に罪の死の内に留め置かれる形で裁かれて居り、「光がこの世に来たのに、人々はその行いが悪い為に、光より闇の方を愛した事」の儘に居る。罪人だった古い自分を葬り、新しく命を与えられた自分に成る為には、神様のその御計画に先ず気付きそれを信じて、イエス様が罪人にとって唯一の救い主である事を信じる事が必要に成る。イエス様が十字架に掛かられ葬られた時、古い人間に宿り続けたその罪も死んだのである。その事を信じ、神様とイエス様が教えて下さった御言葉・道徳を知り、それを守る努力をし続け、神様が創られた人間の本来在るべき姿に戻る事が必要に成る。

「放蕩息子」のエピソード(『ルカによる福音書』第一五章一一から三二節)でも、散々外で罪を犯し続け、ぼろぼろになって帰って来た息子でも、その父親は新しい衣で息子を包み、戻った事を心から喜んで宴を催した。これは又、「この人は罪人達を迎えて一緒に食事をして居る」とイエス様がパリサイ人や律法学者達に強く非難された時のエピソードに似て居る。「失われた者が見付かったのだから」とイエス様は心から喜びマタイを歓待し、ペテロを諭してその愛と許容の大事を教えた。

今世界では、様々な欲望の下に争いが繰り返され、その争いは戦争にまで達して居る。この欲望は罪から生まれ、その罪に囚われた人々を支配して居るのである。この様な混乱の時・人間が神様を見失い「自分が何をしているのか解らない」悲惨と迷いの時こそ、常に自分が本来神様から与えられた光の中を歩いて居るか、それとも人が作り出した闇の中を歩いて居るか、その事を吟味して知り、悔い改めを以て正義の道へ歩まねば成らない。人が作り出した闇とは、人の罪が成したものに在る。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教23 「心の貧しい人」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=ov7YHt4DAzM&t=15s


「いのちと祝福を選ぶ」THE DAILY with Arthur Hollands 2023/10/22

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=uJ-RyMIu8Gs


ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop


不思議のパルプンテ

https://www.youtube.com/@%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%86/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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