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第9話 静かなる一揆

 『一揆』


 この言葉を聞いて、皆さんはどんな情景をイメージするでしょうか?


 恐らくは戦国時代や江戸時代、農民が徒党を組んで城や役場に押しかけ、争議を行う姿が浮かんで来るだろう。


 あるいは“一向一揆”のような、宗教絡みの案件を考える人もいるかもしれない。


 要は、何かしらの事情でお上に集団訴訟を行う事だ。


 時には武力行使も辞さないレベルの、かなり激しいものになる場合もある。


 戦国時代には、兵農分離や刀狩りが実施されていないため農民も武装しており、時には領主を追い出して自治を行うレベルの騒動になったケースもある。


 とにかく状況改善を求めて、争議に動くのが一揆だ。


 最近でも、去年だったか、フランスやドイツでの農民一揆が印象的だった。


 EUではEV車の普及に躍起になり、環境保全だなんだと御託をこねくり回しては、ガソリンやディーゼル等の内燃機関の車をドンドン減らしていくぞと発表。


 近い将来、EV車以外は走らせないなどとメチャクチャ言っていたものだ。


 まあ、トヨタのHV車を締め出したい魂胆は見え見えではあったが。


 しかし、この急激なEV化の波に待ったをかけたのが、EU内の農家の方々だった。


 なにしろ、農家と言えば一般的な車やトラックの他に、トラクターなどの農耕機械を使っている。



「それまで全部EVにしろとでも言うのか!?」


「何百万、何千万する機材を全部交換しろと!?」


「つ~か、今の段階でもガソリン高すぎて、経営圧迫しているんだぞ!」


「これ以上の農家への負担増は断固として反対する!」



 EV化で耐えきれない負担増を強いられる事になる農家は激怒し、とうとう“一揆”が発生した。


 幹線道路、高速道路にトラクターで乗り込み、あるいはサイレージを積み上げるなどして、道路を封鎖してしまったのだ。


 当然、物流はストップ。大混乱となった。


 慌てた政府は前言撤回し、農家への保護を約束する羽目になった。


 そうこうしている内に安い中国車がシェアを伸ばし、EU自動車メーカーを圧迫し始めたので、EV車普及計画は挫折を余儀なくされる事態となった。


 近年まれにみる、中々の“一揆”でしたね。


 農家の目的を達成した意味においても。


 そして、私の近くでも“一揆”が発生しました。


 ただし、極めて“静かに”である。


 基本的に農家はJA(農協)に農産物を出荷し、輸送や販売を委託している形になる。


 農家から品を受け取ったJAが卸売市場に持って行き、そこで値段が付けられて売れる。


 その売り上げからJAに支払う手数料を引いた分が、JAバンクの営農口座に振り込まれるというのが、おおよその金の流れだ。


 ここで大変なのが、JAに支払う手数料の額だ。


 これがおおよそ“売り上げの2割”になる。


 品が1000円で売れたら、手元に入って来るのが800円という具合だ。


 まあ、これはやむを得ない事だと割り切っている。


 面倒な配送手続きや、その他事務関係を全部やってもらっているのだから。


 また農作物の補完にしても、冷蔵庫の場所代や電気代というものもある。


 それを考えると、“2割”というのは妥当かなとは思う。


 しかし、それだけではないからこそ、支出が膨らむのだ。


 それは“梱包材”だ。


 農作物を詰める段ボール箱を始め、結束するテープ、段ボール箱に封をするガムテープ類、それら全てを“JA指定の箱やテープ”を使用しなくてはならない。


 そして、これらが次々と“値上げ”を打ち出している。


 手数料自体は“売り上げの2割”でほぼ固定されていても、そうした“梱包材”が次々と値上げしているわけであるから、実質的には“出荷手数料”の値上げと同義である。


 なにしろ、JA指定の梱包材を使わなくては出荷できないのだから、高くなっても買わなくてはならない。


 そうかといって、農作物を高く買い上げてくれるかというとそうでもない。


 むしろ、史上最安値を記録したのが、今期の冬だった。


 燃料、肥料、人件費、出ていく金は増える一方で、それに“出荷関連費”まで上昇してきたのだ。


 しかも、農作物を買い叩きながら。


 そのくせ、「もっと白ねぎを出せ」と宣って来るのが、JA重役(おきぞくさま)なのだ。


 削られる資金と、積み増しされていく怒り。


 そして、とうとうその状況にキレたのが、私の地区の農家だというわけだ。


 静かに“一揆”が始まった。


 何をやったのか?


 それは“JAへの出荷停止”と“JA以外の業者への出荷”である。


 要するに、JAを通さずに作物を売り始めたのだ。


 ちなみに、この動きを始めたのは、私のお師匠様のところである。


 なにしろ、お師匠様の農園は、白ねぎだけで年間“億”を稼ぎ出す大農園だ。


 そこが出荷停止ともなると影響はデカい。


 現に、前年比で出荷総数が“3割減”という無視できない数字。


 この大幅な出荷減を武器に、交渉の場を設けようとしたのがお師匠様。


 さすがです、パネェ!


 その予測通り、これにはJA重役(おきぞくさま)も大慌て。


 緊急で農家しもじもJA重役(おきぞくさま)で話し合いの場が持たれました。


 まあ、普段偉そうにふんぞり返っている顔触れが、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのは傑作でしたわ。


 つーか、かつてのJAならいざ知らず、ただでさえ離農が進んで出荷が年々減ってきているのに、億超えの大農園を敵に回すとか、状況を理解していなかったようで。


 渋々ながら“出荷梱包材”の値下げには応じてくれました。


 これにて、静かな一揆は終了!


 ……とはなりませんでした。


 お師匠様、戻ってきてないんですよね。


 一応、義理立て程度の少量出荷(それでも自分の農園の一日分の量)はしているんですが、出ていったまんま戻ってきていないのが現状。


 この程度では不十分、という意思の表れなのでしょう。


 実際、聞いてみると、「出荷にかかる費用が安い。月当たりで3、40万は経費が浮く計算だ」との事なので、大農園だと恩恵大きそうですね。


 しかも、JAから他所に移る農家も増えてきていて、ますますJAの立場が苦しくなっている状況なのが、自分の地区です。


 なお、自分はJA出荷のままです。


 と言うのも、他所の出荷場が遠すぎるのですよ。小規模農家にとっては、出荷時間がかかり過ぎるというのは、他の作業時間が削られる事を意味しますので。


 おまけに自分の作業場からJA出荷場まで車3分なんで、時間優先の身としてはこの近さは捨てられんのです、はい。


 これが自分の地区で発生した“静かな一揆”の顛末です。


 もう過去の遺物の清算時期に来ているのかもしれません。


 かつてはJA一強、というか“一択”。他に選択肢がなかった出荷作業。


 しかし、今はインターネットの普及により、やり方が次々と変わってきているのが現状です。


 平成どころか、昭和で頭の止まっている方々には、現状の認識を改めていただくか、さっさと引退をお願いしたいものです。


 むしろ、この動きがもっと広まって欲しいとも考えています。


 独占事業が価格設定を操作している。


 商品は買い叩き、手数料は値上げ、これでは先細りが見えています。


 肝心の農家がいなくなったら、JAはどうしようというのだろうか?


 銀行業でやっていくかというと、そもそも農家や農業関連業者が使っているから、JAバンクも稼げているわけで、顧客がいなくなったらこちらも倒れますよ。


 何より、“静かな一揆”が“激しい一揆”になる前に、どうにかしないとね。


 自棄になって無敵の人と化した農家、重機を持っている分、他より厄介ですよ。


 お互いの未来のために、今少しの歩み寄りが必要なのではないでしょうかね。

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