第4話 遠い適正
前回のあらすじ
悲報、私の婚約者はクソガキだった……。
―「見えてきた!」
馬車の窓から身を乗り出し、私は前方に見える屋敷に心躍らせた。
前世を思い出してからは、何かとこの世界の物が珍しく感じてしまうわけで、一庶民だった私としては公爵家の大きな屋敷に期待をしないわけがなかった。……自分の家なのにね。
「危ないから戻りなさい。」
「はぁい……。」
当然たしなめられるが、それでもこのワクワクは止められない。
王宮から見た貴族街の家もそれなりに大きかったが、こちらは家屋の大きさもさることながら
「あそこにも龍葬騎兵が……!あっちにも!!」
本邸なだけあって、大型の格納庫や広場で訓練するドライスフレームがたくさん見えるのだ。
「ティナは本当にドライスフレームが気に入ったようだな。ここを出る前は見向きもしていなかったのに。」
お父様も私の変化に驚きつつも好意的に受け止めてくれている。魔物狩りで成り立っている領地だ、領主の娘である私もいずれ戦場に出ることになるのだろうし嫌がられるよりはマシといったところなのだろう。
「早く、早くっ。」
家の入口に向かって馬車は進んでいく。
―「お帰りなさいませ。」
「おぉ……。」
メイドさんにお帰りなさいませなんてどこかカフェでしか言われないと思ってたけど、実際言われてみるとちょっと感動しちゃう。
「ただいま!」
あっ……つい反射的に答えちゃった。皆そんなビックリした顔しなくても……いやするよね、うん。お父様も流石に驚いた顔隠せてないね。
「え?……お嬢様が?……え?」
後ろの方のメイドさんひそひそ言ってるけど聞こえてるんだよなぁ……。今回ばかりは仕方ないけど。まぁ、出発前の私だったら考えられないよね。
「さぁ、お父様。早く入りましょ。」
埒が明かないので、お父様の手を引っ張って家に入った。
―「お嬢様、お茶をお持ちしました。」
部屋に戻ったらすかさず侍女がお茶を用意してくれた。
「ありがとう、頂くわ。」
「え?……いえ失礼しました。」
お礼を言うだけでビクッとされるの自業自得とはいえちょっと傷つくなぁ……てか前の私どれだけわがままだったのよ。
「ティナ!!」
部屋の扉が勢いよく開かれる。
「えと……お兄様?」
「そうだよ!愛しのお兄様さ!」
そう言って私に抱き着いてきたこの人は、メイナード・ヴェルクハイム。10歳年上のこの家の長男だ。なんとなく記憶が戻ってくる。結構溺愛されてたのね私。
「傷は大丈夫かい?痛まない?」
そう言って右手の痣付近を優しく撫でてくる。
「これが原因で結婚できなくても大丈夫、ずっとこの家にいて良いんだよ?」
あーこれは増長しますわ。こんな何でもやってもらえそうな姫扱い、小さい子なら全能感に溢れちゃうって……。
「あの……お兄様。そろそろ離していただいても?」
「あぁ、ごめんごめん。」
お父様といい、お兄様といいちょっと過保護過ぎやしないだろうか……?
私は気づかれないようにため息をついた。
―「たのもーー!!」
「はぁっ?……お嬢様!??!?!?」
やっちった……。後ろについてた侍女も目を丸くしてるし。
「……こほん。忘れて頂戴。」
「えぇ……。」
今私は、第1格納庫に来ている。邸内でも最大の収容数を誇っているらしい、ここが我が領の最大戦力である。
「これはこれは、お嬢様がこんなところに一体何の御用で?」
入口が慌ただしさに気が付いたのか奥からガタイのいい男性がのそのそと歩きながら問いかけてきた。
「見学に来ましたわ、ドライスフレームの。」
「こんな油と埃まみれのところに?」
「うっ……。」
2年前、まだ3歳だった時の私が初めてお父様に連れられてここに来た時にそういって駄々こねて帰った記憶がある。つまり目の前にいるこの格納庫の整備責任者はその時のことをまだ覚えているのだ。おのれ私、なんて余計な事を……。とりあえず素直に謝ろう。
「あの時の事はごめんなさい。ここがどれだけ大事な場所か分かってなかったわ……。」
「ふぅん。」
そういって目の前の男は訝しげにこちらを見た。
「でもね、竜に襲われたのを助けられたときに気が付いたの。ドライスフレームのカッコよさに!!」
ホントは記憶が戻ってロボット好きだった前世に影響されたからなんだけど、それを言っても誰も信じないだろうしね。
「それで、見学してどうするんだい?」
「私も乗りたい!!」
「今の嬢ちゃんじゃ無理だな。」
バッサリである。
「嬢ちゃんがドライスフレームについてどれぐらい分かっているのか知らんが、あれを動かすには色々足りてないってのは分かるか?」
「えぇ。」
ドライスフレーム、王宮の書庫でもある程度の仕組みは本で読むことが出来た。
まず、動力源に魔物から取り出した核魔石を利用している。この魔石の属性や出力で機体の特性やランクが決められるのだ。当然、強い魔石は強い魔物からしか出ないのだから高ランクの機体は数が限られてくる。魔物の出現口がある我が領は国の保有できる戦力を左右する重要拠点になるのだ。
次に機体の操作を司るエティーライトストリング。魔力を帯びた鉱石エティーライトを特殊な魔法で糸状に伸ばしたものだ。特性として、魔力を通すことでその張りや硬さをある程度調節できるようになる。これを胴体のコックピットから全身に張り巡らせ、操縦者の魔力を使って核魔石から得られる魔力を全身に行き渡らせながら糸人形のように巨大な鎧を動かす。
魔力の変換等は省略したが、簡潔に言えばこれがドライスフレームの仕組みになる。
「ほう。基礎は分かっているようだな。……おい、あれ持ってこい。」
そう答えると男は後ろの部下に何かを持ってくるように命令した。
「嬢ちゃん。改めて俺はここの整備責任者、ドラモンドだ。これから嬢ちゃんにはドライスフレームの適正テストをやらせてやる。」
そう言い終わると格納庫の奥から中央に球体を乗せた機械が運ばれてきた。
「これは?」
「真ん中の玉に魔力を込めながら持ち上げる。それで今の適正値が何クラスかが分かるってことだ。」
ドラモンドはそう言いながら真ん中の玉を持ち上げた。
パワー C+
魔力 D-
魔力操作 A+
モニターに測定結果があらわされる。
「パワーは操作するときに扱える平均的なストリングの強さ、これが高いと重量級の機体が扱える。魔力は読んで字のごとく自身の魔力量、これが低いとストリングが操作できない。ある程度は機体側の核魔石からも補うことはできるが、それには最後の魔力操作が高くないと最悪機体が魔力暴走で爆発することになる。」
「ばっ……。」
「まぁ、システムでそうならないようにリミットはかかっているから大丈夫だ。」
爆発という単語に青い顔をする私にドラモンドはけらけら笑いながら教えてくれた。
「さぁ、嬢ちゃんやってみな。」
「ふふん。見てなさい。これぐらい……これ……こっ……これぐ……ら……い……。」
玉が持ち上がらないというかピクリとも動かない。魔力は通っているのに……。
パワー ―
魔力 F-
魔力操作 G
モニターに移された結果に唖然とする。パワーに至っては測定不能である。
「まぁ、体が出来てない嬢ちゃんじゃ無理もない。とはいえ、お貴族様なだけあって魔力はあるようだな。」
「むぅ……。ちなみに今の魔力ならどれなら動かせますの?」
「あれ、だな。」
ドラモンドが指さした先にあるのは、大人サイズの鎧だった。
「フレームナイト。一般兵用の鎧だ。しかも出来て起動だけだな。俺のステータスでぎりぎり軍用機のレアーシ級が動かせる。」
「どうすればドライスフレームに乗れるようになりますの……?」
「簡単なことだ、好き嫌いなく飯食って体を作り、魔力を鍛えればいい。嬢ちゃんには初期魔力がある、研鑽することだな。まぁ、まずはパワーを上げてフレームナイトを動かせるようになることだ。それが出来ないと練習機のレアフエ級の起動も夢のまた夢だぞ。」
「おやっさん……。」
「おやっさん?なんだそりゃ。」
「あっ……。」
やばっ、前世の言葉で言っちゃった。
「おやっさんは、その……頼れる年上の方みたいなものかしら?」
「おやっさん……いいなそれ。」
会話を聞いていた部下が気に入ったようだ。
「おやっさん!」
「おやっさん!」
「おやっさん!」
瞬く間に伝搬していく、ノリがいいな皆。
「よぉし……。」
そんな中で私は、一人気合を入れるのだった。