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リアンの復讐

 その日の十時頃、ルーベン公爵の館では、アーロン王の一行が出立の準備をしていた。イベリスの件で気分を害したアーロンが、帰ると言い出したのは昨日のことだった。


「王様、どうか機嫌を直して、今少しこの地にご逗留下され!」


 ルーベン侯爵が、このまま帰しては折角の接待が台無しだと、アーロン王の説得に必死だった。


「ルーベン、余の命を奪おうとしても無駄な事だ。首でも洗って沙汰を待つが良い」


「め、滅相もありません。あれは、私とは何の関係もないメイドのした事、誓って関りはありませぬ!」


 血の気の引いた青い顔を地面に伏せて謝る公爵を見ながら、アーロンがほくそ笑む。


「ふん、冗談じゃ。お前に、そんな度胸などあるはずもないからな。だが、この貸しは必ず返してもらうぞ!」


 アーロンは公爵を一瞥すると、馬に跨り館を後にした。



 アーロン王の一行は、側近の者と十数人の使用人、護衛の黒騎士十人という極めて少ない行列になっていた。それと言うのも、黒騎士の半数が雷に打たれて死んでしまったからである。

 だが、最強の魔法使いであるアーロンにとっては、警護の者など飾りに過ぎなかった。


 彼を護る黒騎士は、アーロンを囲むように前に四人、左右に二人づつ、後方に二人の計十人である。馬上で、黒ずくめの鎧にマントをなびかせる姿は、見る者に威圧感を与えるに十分だった。



 アーロン王の行列が、悠々と田舎道を進んで来る。その道脇の草むらに、リアンは息を殺して潜んでいた。彼は、アーロンがここを通る事を執事から聞いて、待ち伏せしていたのである。

 最愛のイベリスが死んだ今、リアンには、この世に留まる意味は何も無かった。彼は、イベリスや彼女の両親の仇であるアーロンに、一矢報いて死のうとしていたのだ。


 蹄の音を響かせて、刻々と近づいて来る王の行列。リアンは、逸る気持ちを押さえながら、飛び出すタイミングを計っていた。彼の手には、公爵の館から拝借してきた、大振りの剣が握られていた。


 凄みのある黒騎士たちの後ろに、アーロン王らしき姿を捉えたリアンは、先頭の四人の黒騎士が通り過ぎるのを待った。そして、


(今だ!)


 側面を護る二人の黒騎士越しに、アーロン王の姿が見えた瞬間、リアンは剣を抜き放ち、王を目指して突進した。


「何奴!」


 側面を護る二人の黒騎士が、飛び出して来たリアンに気付いて剣の柄に手を掛けた。だが、俊足のリアンは、黒騎士が剣を抜く間にその横をすり抜け、アーロン王に手が届く所まで接近していた。そして、アーロンと目が合った刹那、リアンは、持っていた剣を渾身の力で突き出した。


「イベリスの恨み、思い知れ!」


「うっ!?」


 リアンの剣先がアーロンの胸に突き刺さると、驚いた馬が嘶きながら立ち上がり、王を振り落とした。


「アーロン王!」


 側近たちが、落馬したアーロン王に駆け寄り、剣を抜いた黒騎士たちはリアンに襲い掛かる。


 その光景を、スローモーションのように見ていたリアンの背中に痛みが走った。振り向くと、側面を護っていた黒騎士の一人に斬りつけられていた。膝を突くリアンに、黒騎士の止めの剣が煌めく。


「待て!」


 それを止めたのは、胸を突かれて瀕死のはずのアーロンだった。


「お前は何者だ。何故儂を襲った!?」


 彼は、この地で二度までも襲われたことに、不快感を露わにしながらリアンを睨んだ。暴君である彼を襲う者など、今迄居なかったからだ。


(……剣で心臓を突いたのに、何故、死なないんだ?)


 状況が理解できないリアンが、不思議そうにアーロンを見る。


「聞こえないのか、答えろ!」


 黒騎士が、リアンの首元に剣を押し当て、威圧する。


「私は、昨日お前に殺されたイベリスの夫、リアンだ!」


「あぁ、あの小娘の片割れか……。夫婦揃って忌々しい奴らめ、さっさと首を刎ねてしまえ!」


 アーロン王が叫ぶと、リアンの後ろに立った黒騎士が剣を振り上げた。リアンが無念の表情で目を閉じた次の瞬間。


「炎の精霊よ!」


 何処からともなく呪文が聞こえると、首切り役の黒騎士が、一瞬の内に炎に包まれた。更に、残りの黒騎士たちも次々と炎に包まれ、行列はパニック状態となったのである。


 背中に傷を負っていたリアンは、周りの喧騒を朧気に聞きながら、誰かの太い腕に抱えられたと感じながら、意識を失った。




重傷を負ったリアンの運命は。彼を助けたのは?

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