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暫しの別れ

 その夜、皆が寝静まった頃にリアンは館に帰って来た。彼は、イベリスの事が心配で、予定を早め、その日の内に帰って来たのだ。嵐は既に収まっていた。


 真夜中だというのに、執事の部屋にはまだ明かりが点いていた。リアンは、帰宅の挨拶をと、彼の部屋のドアをノックした。


「リアン……、誰にも見られなかったか?」


 執事は小声で言うと、怯えたように辺りを見回し、彼を招き入れた。


「裏口から入ったので誰にも会っていませんが、何かあったのですか?」


 執事の只ならぬ様子に、リアンは胸騒ぎを覚えた。


「それがな、リアン。……公爵様が君を捕らえよと言っているんだ」


「……まさか、イベリスに何かあったのですか!」


 直感的に、彼女に何かあったのだと悟ったリアンが、執事に詰め寄った。


「実は……、イベリスが……死んだのだ」


 執事は声を押し殺し、沈痛な面持ちで言った。

 

「死んだ? イベリスが?……」


 リアンは、執事の言葉を繰り返したが、彼の脳がその意味を理解するまでには時間がかかった。


「……まさかアーロン王に刃を向けたのでは? そうなんですか!」


 執事は深く頷いて、事の顛末を話し出した。話を聞くほどに、リアンは絶望の色を浮かべていった。


「あれだけ復讐など無謀だと言ったのに……。何故分かってくれなかったんだ! ああっ……」


 苦渋の顔で頭を押さえたリアンは、崩れるようにその場に座り込み、項垂れた。彼は、イベリスが死んだという事を受け入れたくなかった。だが、これが夢であってくれと祈っても、現実は何処へも行ってくれなかった。やがて、俯いたリアンの口から、微かに呻き声が漏れて来た。


「……」


 執事は、リアンに、かける言葉もなく立ち尽くすしかなかった。



 長い沈黙の後、放心状態だったリアンが、不意に虚ろな顔を上げた。


「……イベリスは何処に?」


「彼女の亡骸は、アーロン王の命で森に捨てられたのを、使用人たちが、君が使っている山小屋に運んでくれたから、弔ってやってくれ。

 リアン、気持ちの整理がつかないだろうが、黒騎士たちに見つからぬ内に早くここを出た方が良い。裏に、君の荷物を積んだ馬車を用意してあるから、それを使ってくれ。元気でな……」


 執事は優しい目をリアンに向けた。リアンは、彼の恩情に感謝しながら、イベリスに会いに行かねばと、立ち上がった。


「今日まで良くして頂いて、ありがとうございます。執事様もお元気で」


 リアンが一礼して向けた寂しそうな背中を、執事は同情の目で見送った。


 リアンは、裏に止めてあった馬車に乗ると、イベリスと二年暮らした館を振り返りもせず、夜の闇へと消えていった。




 リアンが山小屋に着いてみると、小屋の周りには十数匹のオオカミが群がっていた。


「失せろ!」


 彼は、松明を振り回してオオカミたちを追い払い、山小屋の中へと入っていった。彼が、入り口付近に置いてあった燭台のロウソクに火を付けると、部屋の奥の、木のベッドに寝かされているイベリスが浮かび上がった。


 彼女は綺麗に着飾り、化粧までも施されていて、その顔は生きているように美しかった。


「イベリス、館で働く仲間達が着飾ってくれたんだね。綺麗だよ……」


 リアンは、イベリスの冷たい手を取って囁いた。そして、イベリスの顔を見ている内、堪えていたものが一気に溢れだしたリアンは、


「イベリス――!! わあぁーーーっ!!」


 彼女の胸に顔を埋めて、大声で泣き縋った。


(彼女は僕のベッドに潜り込んで来た時、既に覚悟を決めていたんだ。あれは、僕との最後の別れだったんだ。そして、僕を送り出してくれたあの時の輝く笑顔も……)


 リアンは泣きながら、彼女の本当の気持ちを察してやれなかった自分を責めた。強引にでも彼女を連れて逃げるべきだったと、自分を責めた。自分を責めれば責めるほど、涙が溢れて仕方がなかった。


 その夜、リアンは物言わぬ冷たいイベリスを抱きしめ、泣き明かした。



 次の日、朝日が昇った小高い丘の上に、リアンは居た。


 そこからは、見事な田園の風景が見通せた。彼は、その場所にイベリスを埋葬して墓標を立て、野花を飾った。墓標には――ガルシア・リアンとガルシア・イベリアの夫婦ここに眠る――と刻まれていた。


「見えるかい、君が故郷のスカーレット村に似ているから好きだと言ってた景色だよ、綺麗だね。僕も直ぐに傍に行くから寂しくなんかない。もう少しだけ待っていておくれ」


 リアンは、墓標に口づけして、決意を秘めた顔を上げると涙を拭い、足早に坂道を下りて行った。


イベリスを失ったリアンは、どこへ行く?

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