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リアンとイベリス

全37話 

 この世界では、日常的に魔法が使われていて、強大な魔法の力を持った者が、権力を握る事も少なくなかった。

 ここルピナス王国でも、正体不明のアーロンという男が、黒騎士軍団や魔獣の圧倒的な力で前王を倒し、自ら王となって君臨していた。

 

 国を強奪したアーロンは、黒魔術で人々を従わせ、高い税を取り立てた。最初は異議を申し立てる者が続出したが、アーロンの親衛隊である黒騎士軍団が、何処からともなく現れて、捕縛され、抵抗する者は虫けらのように殺された。彼らが沈黙するのに、そう時間はかからなかったのである。

 善政を敷いていた前王の時代は、国も豊かで民にも活気があったが、アーロンの暴政によって、人々の顔から笑顔が消えて久しかった。



 その、ルピナスの帝都のほど近くに、スカーレットという小さな村があった。

 高い税に泣く村人の、悲惨な生活を見かねた領主のオリバー・ブローニュは、命を捨てる覚悟で帝都に減税の嘆願に向かったが、聞き入れられる事は無かった。


 その夜の事、黒ずくめの鎧にマントをなびかせた黒騎士軍団が、ブローニュ家の館を取り囲み、火を放った。

 逃げる者は殺され、オリバーとその妻も、炎の中に没したのである。


「お父様ーッ! お母さまーッ!」


 遠くの林からこの惨状を見て泣き叫んでいたのは、ブローニュ家の一人娘イベリスである。彼女は、使用人のリアンと外出していて難を免れたのだ。泣き叫ぶ彼女の見開かれた緑の瞳の中に、館を包む赤い炎が不気味に映り込んでいた。


 その時、彼女の叫び声に気付いた黒騎士数人が、こちらに向かって来たのだ。このままでは、二人とも殺されてしまうと思った使用人のリアンは、


「イベリス様、奴らが来ます。逃げましょう!」


 と、正気を無くして泣き叫ぶイベリスを強引に肩に担ぎ上げると、必死の形相で走り出した。


(あの優しいご主人夫妻が……何でこんな事に……)


 リアンは、恩人でもあるオリバー夫妻の非業の死を、受け入れる事も出来ないまま、イベリスを担いで暗闇の中を疾走していった。



 それから数日後、帝都から遠く離れた田舎町の、貴族の別荘らしき館の前に、リアンとイベリスの姿があった。ドアを叩いたリアンは、働き口を探していると告げた。

 応対に出た中年の執事は、屈強な身体のリアンと俯いて顔を見せぬイベリスを、胡散臭そうに見た。


「……。数日後に公爵様がお越しになるので、人手が必要なのだ。お前は力仕事が出来そうだから雇おう。だが、賃金は多くは出せんぞ」


「私達は夫婦です。住み込みでお願いできないでしょうか」


 リアンが敢えて夫婦と言ったのは、その方が雇われやすい事を知っていたからである。


「よかろう」


 仕事と住処を得て、リアンはホッと一息ついた。


 この別荘は、有力者のルーベン公爵が避暑地として使っているもので、城かと見まがうほどの大きな建物である。

 リアン達には、使用人達が暮らす棟の一室が与えられた。古びたベッドにクローゼットがあるだけの質素な部屋だった。


「イベリス様、お疲れでしょう。暫く横になって身体をお休め下さい」

「……」


 イベリスは、苦悶の顔を上げただけで何も言わなかった。両親が殺されて幾日も経っていないのだ、無理もなかった。

 

 その日からリアンは、傷心のイベリスを支えながら懸命に働いたのである。

 

 そして一月後、イベリスも働けるようになったが、夜になると、両親が殺された夢を見てうなされた。そんなイベリスを、リアンは励まし続け、守りぬいたのである。

 

 一介の使用人であるリアンが、何故そこまでしてイベリスを支えようとするのか――。


 それは、幼い頃リアンは両親を亡くしており、孤児となった彼は親戚をたらい回しにされたあげく、ブローニュ家に奉公に出されたのである。その時、彼はまだ十歳だった。

 主のオリバーは、可哀想な境遇のリアンを、温かく見守り育ててくれた。同じように、まだ八歳だった娘のイベリスも、使用人の彼を兄と慕って接してくれたのだ。


 だからリアンは、ブローニュ家への恩を忘れなかったのである。



 更に二年の歳月が流れた。若いがよく働くリアンは、広い庭園の手入れを任されるまでになっていた。リアンの献身的な支えを受けて、イベリスにも笑顔が戻っていた。

  

「リアン、執事様が呼んでいるわよ!」


 庭園の手入れに余念のないリアンに、ブラウンのドレスに白いエプロンを身に纏ったイベリスが玄関から呼んだ。彼女は、客人の世話などをするメイドとして働いていた。


「イベリス、ありがとう。執事様は何の用なのかな?」


 汗を拭き拭きやって来たリアンが首をひねる。


「リアン、顔に土が付いているわ」


 イベリスが、ポケットから白いハンカチを取り出して、リアンの顔の汚れを拭うと、彼は子供のような笑顔を見せた。


 偽りではあったが、同じ部屋で暮らしている二人は、どこから見ても夫婦に見えた。

 実際、リアンはイベリスを支えながらも、日増しに募る思いを持て余していたし、彼女も、献身的に支えてくれる彼の存在が大きくなっていた。それでも若い二人が唇さえ合わさなかったのは、二年前の事件が大きく影を落としていたからである。


 広間に行くと、そこには全ての使用人が集められていて、リアン達が入って来たのを確認した執事が、話を切り出した。


「皆、心して聞いてもらいたい。一週間後に、公爵様とアーロン王陛下が来られることが決まったのだ。陛下はお忍びで来られるから、くれぐれも他言せぬよう心得てくれ。私としても一世一代の仕事と腹を決めている。各々万全の態勢で陛下を迎えられるよう、本日より準備にかかってもらいたい」


 集まっていた数十人の使用人たちは、話を聞いて青ざめていた。暴君として有名なアーロン王の前で失態でもすれば、即座に首が飛ぶと恐れたのである。皆の気持ちを察した執事が、穏やかな口調で言った。


「確かに今回の仕事は命懸けかも知れん。だが、全ての責任は、執事であるこの私が取るから安心して貰いたい。お前達は普段通りやってくれれば良いのだ。それから、陛下の身の回りの世話は、ベテランのロベリアが担当する。お茶を出す係は、イベリスにお願いしたい。皆、頼んだぞ!」


 執事が出て行くと、広間内に騒めきが起こった。その中で、イベリスは厳しい表情で虚空を睨んでいて、それを心配そうに見つめるリアンがいた。


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