vs 副ギルド長
それは女子会ランチ終了後のこと。
前菜のサラダと主菜の地獄牛のビーフシチューに焼きたて自家製ふかふかパン、それからデザートの苺タルトと追加注文した完熟マンゴージュースにレアチーズケーキまで、しっかりと完食したマリナちゃんは、
「じゃあ、そろそろいきましょうかー」
と、ご機嫌に立ち上がり、私の腕をとって自分の腕に絡ませた。
カップルみたいに密着して腕を組む態勢になったので、当然、むぎゅうとマリナちゃんの魅惑の膨らみが私の腕に当たる。
むむ、これはいかん。あれをやらねば!
私は電撃的に脳裏にひらめいた神託に従って口を開く。
「マリナちゃん、当たってるよ?」
「うふふー。当ててるんですー」
流石、マリナちゃん。わかってるね!
定番ネタは外さない。暗殺者の嗜みです。
などと、マリナちゃんファンの暗殺者達なら鼻血を吹いて喜びそうなお馬鹿なお約束ごっこをやっているうちに、
「じゃあ、食後のお散歩ですよー」
とか言いながら、そのまま宿屋の外に連れ出されてギルド本部まで引っ張ってこられたのだ。
うん。
普段が天然キャラだから忘れがちなんだけど、実はマリナちゃんはギルド本部で一番仕事が出来る女だから。
ランチをご馳走したくらいで懐柔できるはずがなかった。
勿論、本気を出せば腕を振り解いて逃げるのは簡単だったんだけど、お友達だからね。ここはマリナちゃんの顔を立てて、大人しくギルドの呼び出しに応じてあげよう。
と言う訳で、ギルド本部までやってきたのです。
そして、今いる場所は暗殺者ギルド本部の三階にあるギルド長の執務室。ただし、ギルド長の机に座って私を睨んでいるのはギルド長じゃなくて、ギルド長代理だ。
別名、私に呼び出し状を送りまくっていた犯人とも言う。
貴族っぽい高級そうな服を着た痩せぎすで陰険な目つきの中年ハゲ親父は、暗殺者ギルドの嫌われ者だ。
普段は副ギルド長として、暗殺者ギルドの書類関連の責任者をしてる人なんだけど、どこかの国の貴族の出身らしく、身分の卑しい(と、こいつは思ってる)暗殺者のことをあからさまに見下している。
その癖、ギルド長の地位はしっかりと狙っているから、ギルド長が不在の時にはただの留守番のくせにギルド長代理を名乗って、あれこれ現場を仕切りたがるのだ。
だけど、暗殺者ギルドに就職するために最低のEランクの資格を取っただけの雑魚だから暗殺者業界のイロハなんて全然知らなくて、話が通じないんだよね。相手をするの面倒くさいなー。
ていうか、ギルド長はどこ行った?
それにしても、さっきからずっと私のこと睨みながら小声で「小娘が厄介ごとを…………」とか「これだから教養のない平民は…………」とかブツブツ呟いてるのも、全部聞こえてるんだけど。
もしかして喧嘩売ってるのかな?
喧嘩なら買うよ? 殺っちゃうよ?
S級暗殺者は気難しいから、機嫌を損ねたらギルド職員なんてすぐ殺っちゃうんだよ?
お前が相手なら手加減しないで本当に殺っちゃうし。そして、罰金程度でうやむやにしちゃうよ?
とかお馬鹿なことを考えながら、軽く睨みかえしていたら、ギルド長代理はやっと口を開いた。
「おい、小娘……まずは言い訳を聞いてやろう」
「…………?」
まるで犯罪者を訊問してるみたいな口調に、さらにイラッとしたけど、それ以前に言ってることが意味不明だ?
「ギルドの呼び出しに応じなかった理由を説明しろと言っている!」
私の「は? このハゲ何言ってんの?」という表情を正確に読み取ったギルド長代理が、バンっと机を叩いて声を荒げるけど……。
いや、でも本当に「何言ってんの?」な話だし。
「Sランク以上の高位暗殺者に対して、暗殺者ギルドはあらゆる強制力を持たない。基本的なルールなんだけど知らないの?」
【暗殺者ギルド】の業務とは、簡単に言うと依頼人から暗殺を『請け負い』、それをギルドに所属する暗殺者に『斡旋』すること。そして暗殺活動に関する様々な手続きやリスク管理をギルドが代行する代わりに、暗殺者はギルドに対して仲介手数料を支払い、ギルドの定めた規約とギルドが発した命令に従う義務を負う。
ただし、Sランク以上に昇格して高位暗殺者になった暗殺者は、ギルドの規定する様々な制約から解放される。その立場はギルドと対等の扱いとなり、ギルドは高位殺者に対して、一切の強制力や命令権を失効する。
それが暗殺者ギルドの規約にちゃんと記されている常識だ。
そして、ギルド長代理が私に送ってきた呼び出し状の正式名称は『強制出頭命令書』。
その名の通りギルドに所属する暗殺者を強制的に呼びつけることができるというもの。
ただし、適応範囲はBランクまで。
Aランクにすら強制力が届かない命令書なので、当然、Sランクの私は呼び出しに応じる必要なんてもともと無かったのだ。まぁ、コイツの権限で発行出来る命令書なんてそんなものだ。
マリンちゃんが呼びに来ていなければ永遠に来なかったもんね。
「例外と言うものがあるだろうが!」
「ないけど?」
「ふ、ふざけるな!」
いや、本当にそんな例外なんてギルド規約のどこにも載ってないから。
本人もそれはわかっているらしく私の言葉に反論できないで、バンバン机を叩く。
「ゆ、勇者からの依頼だぞ! ロンド大陸にある六つの王国の全てから『勇者』の称号を与えられた勇者アクセルからの依頼を、身分の卑しい平民の暗殺者風情が個人で判断して良い訳が無かろう! 規約になくとも、自分からギルドに相談に来て判断を仰ぐのが当然なのだ、この馬鹿が!」
うん。わかってたけどお互いのことを尊重して対等に話し合いをする気はないみたいだね。元々コイツのこと嫌いだけど、今の暴言で穏便に話を済ませるルートは完全に消滅しました。
なので、少しだけ本気を混ぜた殺気を放出することにする。
ただし、殺気を向ける相手は目の前にいるギルド長代理じゃない。達人レベルの暗殺者は自らの殺気の指向性をコントロールできる。気配察知もろくに出来ない雑魚暗殺者でしかないハゲは、私が絶妙にコントロールして殺気を放っていることすら感じとれていない。
それでいいよ。
お前はまだ気がつけなくていい。
その時になって、私に喧嘩を売ったことを後悔して慌てればいいよ。
「とにかく、この件に関しては、高位暗殺者といえど、ギルドの意向に従って貰うからな!」
「断る。そんな義務はどこにもないし。
誰からの依頼であろうと、受けるかどうかは私が一人で決めるよ。
私がギルドと仕事の話をするのは、依頼を受諾して手続きをする時と、達成報酬を受け取る時だけ」
依頼人の身分によって、簡単にギルドの介入を許すほど高位暗殺者の立場は安くない。
高位暗殺者に認められた自由に例外はないのだ。
これは私個人だけじゃなくて、全ての高位暗殺者の在り方にも関わってくる問題だから譲るわけにはいかない。
ていうか、この依頼って勇者はギルド長からOK貰って、後は私と直接交渉だって言ってたんだけど。
ギルドは私に丸投げしたんじゃなかったのかな?
「待て! つまり、お前がギルドに来なかったということは……まさかもう断ったのか? 勇者からの依頼を!?」
勇者とのやりとりを思い出している間に、私が呼び出しに応じなかった理由を深読みしたギルド長代理の顔がサーッと青くなる。
あ、もしかしてこれはギルド長代理も勇者に脅されてる? 断ったら、勇者様侮辱罪で死刑だっけ?
「まだ断ってないよ。保留にしてるだけ」
私の返事に、少しだけ安堵した表情に変わったギルド長代理は、真意を探るように訊いてくる。
「それで……保留とは……どうするつもりだ?」
「決めてないから保留なんだけど」
「まさか、う、受けるつもりじゃないだろうな……?」
あれ? 話の流れからして、勇者の依頼を断るなって言われるんだと思ってたんだけど、ギルド的には受けちゃ駄目な方なの? よくわかんないな。
「一応、聞くけど。ギルドの要望ってどっちなの?」
「……依頼を受けるな。そして断ることも禁じる」
「は? なに言ってるの?」
「事情は複雑なのだ」
自分でも矛盾した発言をしている自覚はあるみたいで、ギルド長代理の口調は急に歯切れが悪くなる。それから苦虫を噛み潰したような顔で、説明を始めた。
ギルド長代理の言う複雑な事情と言うのは、要約すると以下の通り。
1 通常の場合、勇者アクセルの依頼を断ると、六つの王国の権力を使って圧力がかけられるので、暗殺者ギルドの立場が悪くなる可能性がとても高い。
特に今回の場合、大魔王討伐という人類の存亡に関わる人類連合軍の案件だから協力しなかったとなると、下手をすれば暗殺者ギルドの取り潰し・責任者の死罪もあり得る。
これ断れない方の理由ね。
2 勇者アクセルのパーティーは大魔王ゼラクルスに敗北して以来、人類連合軍の指揮系統から勝手に離脱して単独行動をとっている。
このことが軍上層部の一部から問題視されているらしい。あと大魔王復活の際に、人類連合軍の精鋭部隊が壊滅したことに関して、その責任を勇者に問う声も少なくないとか。
よって、勇者アクセルは人類連合軍での立場を失い失脚する恐れがある。
そうなった場合、独断で復活した大魔王に戦いを挑む勇者に協力すると、暗殺者ギルドは人類連合軍から目を付けられることになって、下手をすれば…………以下同文。
これが依頼を受けられない方の理由。
壊滅した精鋭部隊って言うのは、勇者が言ってた暴走して大魔王復活のきっかけを作った奴らのことだよね。
そんな奴らのことまで責任を問われるのかー。
勇者も大変だねー。
でも、普段の行いが悪そうだもんなー。
自業自得かー。
勇者への同情を二秒で終わらせてみた。
「なんか話をするだけ時間の無駄だね。もう帰っていい?」
「待たんかっ、まだ話は終わっとらんわ!」
座っていたソファーから立ち上がって、帰ろうとする私をギルド長代理が怒鳴りつける。
「だって、この依頼をどうするか、ギルドに案はないんでしょ? もう話すことないじゃん」
まぁ、案があっても聞かないけど。
「…………病欠しろ」
「は?」
ギルド長の口から理解不能の言葉が飛び出した。
いや、何となく意図は理解できるけど、それは正気を疑うレベルのアイデアだよ?
「S級暗殺者ルイカ=コジカは重篤な病を患い、依頼の受諾は不可能である。勇者アクセルには、そう返答する。
そして事態が収拾するまでの期間、ルイカ=コジカの身柄はギルドの預かりとして、他人の目に触れないようにギルド本部内に軟禁させてもらう。
勿論、生活に不自由はさせないように十分な配慮をするし、勇者が提示した依頼料の四割をギルドから見舞金名目でルイカ=コジカに無償で支払うことを約束しよう」
ギルド長代理の口調がヤケに平坦で事務的なのは、自分の発言が私を怒らせている自覚があるのだろう。
個人の意見ではなく業務の一環として決定事項を伝達しているだけだから、自分に怒りを向けるなよ、というアピールだよね。
でも、無駄だよ。
私はもうブチキレてるもん。
だから、今度はコントロール無しで、暴力的に殺気を解放した。
「ひっ」
小娘だと侮っていた相手から突然放たれた暴威を受けて、ギルド長代理の口から悲鳴が漏れる。
うん。怖いでしょ、S級暗殺者の殺気。
知ってる? 気の弱い人なら殺気だけでも殺せるんだよ?
「Sランク暗殺者の私が、大魔王が怖いから依頼を受けません、王家と勇者に逆らえないから仮病で誤魔化します。そう思われてもいいと言ってるのかな?」
「そ、それがギルドを守るためなのだ! 平民には理解できない高度な政治的判断によって、導かれた答えだっ」
はい、有罪。たしかギルド長の身分も平民のはずだから、それってつまりお前の独断ってことだよね? 貴族の論理を暗殺者の世界に持ち込むとか馬鹿じゃないの?
暗殺者は舐められたら、おしまいなんだよ。
私はギルド長代理を睥睨する。
「覚悟があってSランク暗殺者を馬鹿にしてるんだよね?」
「さ、逆らうというのなら、拘束させてもらうっ。やれっ!!」
真っ青な顔になりながら、ギルド長代理は恐怖にブルブル震えている右手を上にかざして誰かに合図を送る仕草を見せた。
お、S級暗殺者に睨まれながら抵抗の意志を見せられてるのは、偉いかも。
ギルド長の代理としては、ほぼ全てにおいて失格だったけど、そこだけは誉めてあげよう。でもね、残念でした。
「誰も来ないね?」
「なっ!?」
「もしかして天井裏に潜んでた『鬼蜘蛛』の人達を呼んだのかな?」
「なっ、何故それを…………」
「暗殺スキル【気配察知】とか初歩なんだけど? この部屋に入った瞬間から天井裏に人がいるのは把握してたよ」
勿論、隠れていた人達も暗殺スキル【気配遮断】とか使ってたんだろうけど、私はSランク暗殺者だから【気配察知】のレベルが違う。
並みの実力者じゃ私からは隠れられないよ。
「ギルド長代理様の態度が友好的じゃなかったからね。隠れている人達も敵だと認定して、ちょっと脅かしたんだよ。軽く殺気を当ててあげたら、全員、ビビって全力で逃げていったよ」
はい、正解発表。さっき私が殺気を向けた相手は天井裏に潜んでた人達でしたー。
「そ、そんな……」
「気配の消し方が下手くそだったから隠れてたのは『鬼蜘蛛』であってるよね? まさかあのレベルで『叢雲』じゃないよね?」
『鬼蜘蛛』『叢雲』というのは、暗殺者ギルドが子飼いにしている対暗殺者部隊の名前だ。
ギルドに反抗的な暗殺者を鎮圧または粛正することを目的とした暗殺者殺しのスペシャリスト集団らしい。
『叢雲』はAランク以上を相手にする特級部隊。
『鬼蜘蛛』はBランク以下を相手にする通常部隊。
一応そうなってるけど『叢雲』でさえ、もう十年以上、Sランクに差し向けられたことは無い。
だって、Sランク強すぎて勝てないから。
『鬼蜘蛛』なんて論外だ。
天井裏の人達もそれが解ってるから、私が殺気を当てた瞬間に全力で逃走したのだ。
なのに、このハゲときたら……。
「Sランクの私を相手に『叢雲』じゃなくて『鬼蜘蛛』を潜ませてるとか馬鹿なの?」
「う、うるさいわっ」
まぁ、コイツの権限では『叢雲』は動かせなかっただけだよね。知ってる。
「さてと。対暗殺者部隊に狙われたんだから、ギルドは私と敵対する意志ありと……。反撃しても正当防衛だよね。どうする? すぐに死んじゃう?」
「ま、待て! 話せばわかるっ!」
「話が合わないから、こうなってるんだよ?」
私はポケットに忍ばせておいたナイフを取り出す。
本気の仕事用のヤツじゃなくて、チンピラ達にも使った使い捨ての安物ナイフ。だって、もしこんなヤツの血がついたら汚くてはもう触りたくないもん。
「ほらほらー、殺っちゃうぞー。投げちゃうぞー」
私は手品みたいに手の中にあるナイフの数を一本、二本、三本……と増やしていく。暗殺者だからナイフはいつも無限に仕込んである。
七本まで増やしたナイフをギルド長代理に見せつけるようにお手玉して見せる。超高速で。
あまりのお手玉の速さで、七本のナイフが残像で三十本くらいに見えている。ふふふ、秘技・暗殺スキル【邪具輪愚】である(嘘)。
あ、良い子のみんなは抜き身の刃物でお手玉なんてしちゃダメですよー。美少女暗殺者ちゃんとの約束ね(ウインク☆)。
「わ、わかった。コチラが悪かった。全面的に謝罪するっ。この件についてギルドは一切口出ししない! だから……!!」
だから、殺さないでくれ……と哀願するギルド長代理に、さっきまでの高圧的な態度はない。
暗殺者の本気の殺気を当てられて、用意してあった切り札の『鬼蜘蛛』もいなくなって、はじめてSランク暗殺者と対峙するということが、自分の死と同義だということに気がついたらしい。
もはや捕食者を前にした小動物状態で冷や汗ダラダラ、手足ガクブル状態で、暗殺者に助命を乞う。
うん。本当に怯えてるし、素直に謝ったから許してあげようかな? 私はこの人のこと嫌いだし、むかつくけどギルドと本気で揉める気はないし。今回の件は半分以上、無茶苦茶な依頼をしてきた勇者が悪いんだしね。
情状酌量の余地くらいはあるでしょう。
「よくできました。わかればいいんだよ。
それじゃあ、これはご褒美っ!」
私は手打ちの証として、お手玉していたナイフを七本同時にギルド長代理めがけて投擲する。
「ぎぃゃぁぁぁ」
いや、ギルド長代理が断末魔みたいな悲鳴をあげてるけど、殺してないからね。ナイフは七本ともギルド長代理の目の前にある机の上に綺麗な横並びで刺さってる。
あ、この机の持ち主って、コイツじゃなくてギルド長だった。ギルド長、ごめん。
「それじゃあ、私は帰るねー」
腰を抜かしてヘナヘナと座り込むギルド長代理を無視して、私はさっさと部屋を出た。