勇者の依頼
目の前にいる不良っぽい勇者から渡されたイタズラ書きみたいな内容の依頼書を確認する。
ちっ。ちゃんとギルドの判子が押してある正式な書類だ。まぁ、ギルド本部の中で、正義の象徴である勇者から渡された書類が偽物なはずはないんだけど、内容が内容だから。
一応、確認というか、むしろ偽物であって欲しかったというか。うん、残念。本物でした。
「でも、勇者が暗殺ギルドに依頼とかしちゃだめじゃん?」
「黙れ。今更だろうが」
「まぁ、そうなんだけど」
実は私と勇者アクセルは、昔からの腐れ縁というやつで、これまでにも何度か依頼を受けて、行動を共にした事がある。
最近では、半年くらい前に魔王軍対人類連合軍の大規模衝突の裏で、私と勇者のパーティーが手を組んで、魔王軍の幹部である上級魔族を一人暗殺した。
「人類の命運をかけた魔王軍との『聖戦』に暗殺者などという下賤な裏稼業の者が関わる余地など無い!」
とか、くだらないことを言うのは人類連合軍の指揮官に混じっている馬鹿な貴族とか王族の奴らのみ。
勇者アクセルは、そこらへんを一切気にしないで、暗殺者とか平気で雇っちゃう奴だ。
そもそも勇者アクセルの戦い方というのは、勝てば官軍。卑怯万歳。敵は騙してなんぼ、という成果第一主義で、勇者らしくない汚い作戦で魔王軍を倒すことが多い。
『聖剣持って、正面から魔族を迎え撃つとか正気か? 聖剣持ってる奴を囮にして手前に落とし穴掘っといた方が効率良いだろうが』
とか、平気で言っちゃう、何でもありな勇者なのです。
まぁ、そういう考え方って、暗殺者の業界よりだから、組んでも仕事がやりやすいんだけどね。
あ、だからと言って、この依頼は引き受けないよ。だって、無茶苦茶だもん。
「ていうか、この依頼内容はなんなの? 馬鹿すぎなんだけど。ひょっとして勇者様は馬鹿になった? 魔王軍との戦いで頭打っちゃったのかな? こんな依頼を引き受けるわけないじゃん。却下。断る。不採用。はい、今すぐ消えろ」
「馬鹿はてめーだ。勇者様からの依頼を断れる訳ねーだろうが。もう決定だ」
私が発した拒否の言葉をバッサリ否定してくる上から目線な勇者。
「断れるよ! ていうか、標的が大魔王とか絶対にそっちが馬鹿じゃん! 暗殺者の仕事じゃないからね! ギルドの受付で門前払いされる案件だよ!」
魔王軍とか大魔王の相手は勇者と人類連合軍の仕事のはず。
一応、戦時特例で暗殺者ギルドも人類連合軍に協力はしてるけど、それは敵地に潜入する諜報能力の高さを買われてのことで、魔族の暗殺なんて求められてはいない。大魔王なんて論外だ。
半年前に私が勇者パーティーと組んで幹部を殺った時だって、かなりの特例というか勇者の独断だったし。
あ、そういえば、あの時はコイツに「標的は上級魔族のフリをしてる裏切り者の人間だ」って騙されたんだった! 本当はガチで強い上級魔族だったのに!
私、まぁまぁ死にかけて、勇者とは二度と仕事しないって誓ったんだった。
「その書類、ギルド長に持っていったらギルドとしてはOKだから、後は本人と直接交渉してくれってよ」
「なんですとっ!?」
ギルド長めー。ロンド大陸の全王家がバックについている勇者を敵に回したくないから、私に丸投げしたな。
「じゃあ直接交渉の結果、決裂しました! 残念!」
「却下。断ったらお前、犯罪者として大陸全土に指名手配させるから。罪状は勇者様侮辱罪。刑罰は死刑な」
「ぐぬぬ……」
これだからコイツに会うのは嫌なんだ。自分勝手で悪辣で、無駄に権力持ってるから平気で鬼畜な命令を押しつけてくるし……。あと目つき鋭すぎ。怖いよ、勇者の癖に。
「……ていうか、そもそも勇者アクセルのパーティーが大魔王に敗北したって世界中で噂なんだけど。それで、もうすぐ世界が滅亡するって、世界中が大混乱してるんだけど?」
そう。
勇者アクセル敗北の凶報がロンド大陸を駆け巡ったのは、大体、1ヶ月位前のこと。
勇者アクセルとそのパーティーは、復活した大魔王ゼラクルスに敗れて行方不明。
勇者に同行していた人類連合軍の精鋭部隊は全滅して、生き残った本隊は前線を大きく下げて撤退した。
現在、世間に流れている情報はそんな感じだ。だから、行方不明の勇者アクセルがいきなり私の前に現れて、暗殺依頼を突きつけてくる今の状況が、本当に意味がわからない。
自分が負けたから、代わりにお前が殺ってこい、っていう無茶ぶりか?
「……そもそも大魔王ゼラクルスは復活させねー予定だったんだよ」
勇者は、不機嫌そうな表情でそう言った。
「魔王軍が大魔王復活の儀式をやっている最中に俺らのパーティーで奇襲かけて、幹部を全員ボコって終わり。魔王軍は全滅。大魔王は地底深くに封印されたまま。ハッピーエンドおめでとう……だったのによ。
王手寸前で、手柄欲しがった人類連合軍の馬鹿が大魔王の封印場所に突撃かけやがって、一万人の兵士共が虫の息だった魔王軍にまんまと魂とられて生け贄だ。んで、封印解除の術式が強化されて、大魔王ゼラクルス様めでたく復活な」
勇者は、ちっ、と舌打ちした。
「そんで俺らは、何の準備も無く大魔王との遭遇戦やる羽目になって、一方的にボコボコに殺されかけた挙げ句、命からがらトンズラだ」
「そうだったんだ」
きっと手柄欲しがった人類連合軍の馬鹿、というのは戦場を知らない高位貴族か王族だろうなー。
いるんだよねー、自分の実力も弁えずに権力と名誉欲だけ人一倍の空気読めないクズ共。
そんな奴らのせいで、大魔王が復活して世界がピンチとか、マジでありえないんだけど。
それにしても、いくら相手が大魔王とはいえ勇者アクセルのパーティーが負けた、というのが私にはちょっと信じられない。
私は、Sランクの暗殺者として当然、腕に覚えがある。仕事で大陸最強クラスと呼ばれる高名な護衛騎士やSランク冒険者と戦ったこともあるけれど完勝した。
正直、私と戦って勝てる人間って大陸中探しても数えるほどしかいないと思う。
そんな私の目から見ても、勇者アクセルのパーティーというのは、化け物揃いなのだ。
一人一人が最強クラスを遥かに凌駕した常識外れの実力者。
そんな勇者アクセルのパーティーが、一方的にやられて敗走するなんて……
「ねぇ、大魔王ゼラクルスって、どれくらい強かったの?」
「勇者様をぶっ殺して、ガチで世界を滅ぼせるレベルだな」
勇者は皮肉気に唇を歪ませて、肩を竦めた。