暗殺者の街
さてさて、それでは。
とてつもなく不本意だけど一人でがんばるぞ!
いざ、大魔王を相手に世界の命運をかけた最終決戦だー!
……を始める前に、まずは皆さんが気になっているであろう、天才美少女(←しつこい)暗殺者である私ことルイカ=コジカちゃんが、どうして勇者と一緒(?)に大魔王と闘っているのか?
という疑問についてご説明しましょう。
始めから話すと長くなるけど、始めから話しちゃうよ。
事の発端は、二ヶ月程前に遡る。
♢♢♢
【暗く深き処に身を沈めよ】
それは私が暗殺者になる時に師匠から最初に教わった言葉だ。暗殺術の基本であり、奥義でもある。
この【暗く深き処】というのは単純に光の及ばない物理的に【暗い場所】のことだけを意味するのではない。要は暗殺対象が認識している世界の外側へ潜り込め、ということなのである。
生物は敵対者からの攻撃をどうやって認識するのか?
最も単純かつ一般的な方法で言えば、それは視覚•聴覚•嗅覚•触覚•味覚のいわゆる五感による認識だろう。
故に暗殺術というのは、暗殺対象に『視られず、聴かれず、嗅がせず、触れさせず、味合わせない』
これらの技術を身につけることを根幹としている。
暗闇に潜んだり、相手の視界の外である遠距離から狙撃することにより視認されることを避け。
足音を殺し、呼吸を密やかに、心音さえも制御してみせることで聴覚に探知されず。
発汗せず、流血せず、時には断食さえも厭わずに、その身に匂いをまとうことを避けて嗅覚に仕事をさせず。
鍛え抜いた肉体を駆使した超絶技巧の体術を持って相手に触れることすら許さずに触覚を無効化し。
あらゆる毒物•薬品•食物に関する知識に精通することにより味覚に認知されることなく対象者を毒殺する。
暗殺者とは、ただお金をもらって人を殺す者のことではなく、多岐に渡る殺人の為の知識や技術を修得した職業的殺人の専門家なのである。
ということで……
「さて、どうやって殺そうかなー?」
現在、私は目の前にいる標的に対して、習得している暗殺術の内でどれを使うことが最も適切であるか考え中だ。
標的は私の目の前に立ってこっちを見てる。
つまり、すでに私の存在を視認しているということ。暗殺術の理想で言えば視認される前に殺すのが一番良いんだけどね。まぁ、暗殺にも色んなシチュエーションがありますから。相手にこちらの存在を認識された状態から始まるお仕事というのも珍しく無いわけで。
要はここからどうやって相手の認識をかいくぐって、お命を頂戴するかが暗殺者としての腕の見せ所なのだ。
「ちなみに、どうやって死にたいとかある?」
「い、いや…………」
「耳? 耳を削ぐだけで死ぬのは無理じゃない?」
「ち、ちち……ちが…………」
「え? ちち……血? あ、血の池地獄をご希望なのかな?」
一応、リクエストでもあれば応えてあげようかと思って標的さんに聞いて見たんだけど、まさかの【血の池地獄】なんてマニアックな死に方を希望して来るとは。
あれはいっぱい流血させた上に、流れた血が池に見えるようにコントロールしながら殺さなきゃいけないから難しいんだよなー。
……なんちゃって、そんなはずないか。
標的さんはチンピラっぽい若い男の人なんだけど完全に戦意喪失して命乞いしてる。
なんか最初に目が合った時に軽く殺気を当てただけなのに、ビビってガタガタ震え出しちゃったんだよね。つまり雑魚だ。もうここから心臓めがけてナイフを投げるだけで殺せそう。
でもせっかく『暗殺術とは……』みたいな語りをやった後だから、ちゃんと上級者っぽい暗殺術で殺したいんだよね。うん、そうしよう。
「よし。殺るぞっ」
「ゆゆ、ゆるして……」
「許してで済んじゃったら暗殺者は全員失業しちゃうから。おとなしく死んでね…………【暗歩】」
暗殺者スキル【暗歩】。
これは上級暗殺術の基本技だ。
予備動作を一切排除することにより相手に初動を悟らせず、しかし予備動作無しにも関わらず、特殊な体術によって一歩目から自身の最大速度を引き出す高速の動き出しを実現して、相手に対応する間を与えずに一気に距離を詰めるという技術。
だから、実は今みたいに「……【暗歩】」とか宣言しちゃったら相手に初動がバレて効果半減なんだけど。まぁ、相手が雑魚ということでサービスサービスだね。
ちなみに私の【暗歩】には魔力による身体強化で加速する、暗殺者スキル【神速歩法】の技術が標準装備で足されてるから通常の【暗歩】の3倍の速さ(当社比)で間合いを詰めることが出来る。
だから、初動から一秒未満で…………
「殺ったよ」
「か、は……」
標的さんに認識されることなく背後に回り込んだ私は、手に握ったナイフで背中から一気に胸部を貫いた。標的さんは目の前から私の姿が消えたと思った次の瞬間、突然背中側から自分の胸に生えてきたナイフに驚愕の表情となり、そのまま、どさりと地面に倒れた。
「はい、暗殺完了。次は?」
倒した相手の意識が完全に途絶えたことをちゃんと確認してから、私は視線をあげて次の標的を見据える。
「ひ、ひぃぃぃ」
「ま、待ってくれ!! 俺達が悪かった!!」
目の前には腰を抜かしてガタガタ震えているチンピラ風の男が二人。今、殺ったばかりの標的さんと合わせてチンピラ三人組が今回の標的なんだけど、実はこれ暗殺依頼じゃないんだよね。
なんか喧嘩を売られたから買いました。そしてSランク暗殺者に喧嘩を売るということの意味を愚か者達に思い知らせ中なのです。
今いる場所は、暗殺者ギルド本部の地下訓練場。
今日はお休みだったので、ちょっと自主訓練でもしようかとやってきたら入口の所にいたコイツらに絡まれたのだ。
「なんだっけ? 『こんな小娘がSランクだとぅ?』とか言われて?」
「ぐぁっ!!」
私の投げたナイフが、それを言った目の前のチンピラBの肩口に突き刺ささって悲鳴があがる。
「『どうせギルド幹部の愛玩動物にでもなって手に入れた肩書なんだろ?』とか言われて?」
「うあぁっっ」
それを言ったチンピラCのお腹にナイフを命中させる。
「それで『オレらの愛玩動物にもなってくれたらSランクだと認めてやるぜ』だったっけ?」
一番キモいことを言ったのはすでに殺った標的さん改めチンピラAなのでもう必要無いけど、やっぱりキモいので倒れている身体めがけてもう一本追加で投げとく。はい、ざくっと。
「すいませんすいませんすいません」
「なんでもするから許してくださいっっっ」
肩とお腹にナイフを生やしたチンピラ達が必死で命乞いしてくるけど。
「だーめ♪」
私は笑顔で【暗歩】して二人の背中から胸を貫いた。
「Sランクの暗殺者に喧嘩を売るってことは命を捨てるって意味なんだよ。 ちゃんと覚えようね?」
私は死体になったチンピラ三人の死体に背を向けて、地下訓練場を後にした。
なんちゃって。
一応、三人ともギリギリ急所は外しておいたよ。
♢♢◇
カサンドラ。
それは私が所属している暗殺者ギルド本部のある街の名前である。
どんな地図にも所在が記載されていない暗黙の闇に沈む街。
ロンド大陸にある全ての王国からその存在を認可され、しかし、どの国の公的文書にもその存在が一切記されていないという非公式組織【暗殺者ギルド】の総本山が置かれている、合法と非合法の狭間に潜む灰色の暗黒街。
人呼んで、暗殺者の街【カサンドラ】。
そこに出入りを許される人間はわずかに二種類のみ。
すなわち、暗殺者と依頼人である。
9歳で家族を全て失って暗殺者業界に迷い込んだ私は、数年前からこのカサンドラを根城にして暮らしている。
暗殺者の街と言うと、刃物を持ったならず者達がそこら中に徘徊している無法地帯みたいなイメージを持たれがちだけど、そんなことは全然ない。
街としての規模は小さめだけど、宿屋とか各種商店なんかは一通り揃っているし、普通の街と大差ない、割と住みやすい街なんだよ。
天涯孤独だし職業が暗殺者なんで色々大変なこともあるけど、私はこの街でそれなりに楽しい日々を送っているのだ。
「ふふふーん♪」
チンピラ共に絡まれて自主訓練をする気が失せた私は、気分直しに暗殺者ギルド本部の二階に設置されている甘味処『からめる亭』で名物の特製プリンパフェを食べていた。
え? どうして暗殺者ギルドの中に甘味処があるのかって? 必要だからですが、なにか?
ほら、暗殺者って依頼人から恨みや欲望が染み込んだお金を受け取って、赤の他人の命を奪うという鬼畜外道な裏稼業だからね。ストレスが溜まるんですよ。その溜まったストレスをリフレッシュしてくれる心の清涼剤。それこそが甘味なのだ!
もちろん、お酒派とか美食派とかギャンブル派とか、ストレス解消の方法は人それぞれだけどね。
ここ数年、カサンドラ在住の暗殺者達の間では甘味が流行中なのだ。そういうわけで、甘党暗殺者一同が行った署名運動(発起人・ルイカ=コジカ)によって、ギルド本部内に甘味処『からめる亭』が誕生したのです。
そして、今、私が食べているプリンパフェこそが1日限定20食の『からめる亭』が誇る人気ナンバーワンメニュー。
希少食材である竜種の卵と地獄牛のミルクを材料にしているとまで噂されるこのプリンパフェは、お値段が一般的なお店のプリンパフェの百倍するという選ばれし者しか注文できない成功者の証。
そして、私は何を隠そうSランクの暗殺者。
ロンド大陸に存在する数多くの暗殺者の中でSランク以上の資格を持っている暗殺者はたったの五人のみ、という超凄腕の高位暗殺者でぶっちぎりの成功者なので、この特製プリンパフェを食べる資格がありな人。
なんだったら、おかわりもしちゃうもんね。
ふふふ。周囲から羨望の眼差しが痛いぜー。
なんちゃってー。
あ、参考までに暗殺者ギルドの定める暗殺者のランク付けは以下の通り。
Eランク 通り魔
Dランク 駆け出し
Cランク 普通
Bランク 熟練
Aランク 天才
━━━━━越えられない壁━━━━━
Sランク 人外
SSランク 伝説級
SSSランク …………え? 存在するの?
みたいな感じ(適当)。
一般的な尺度で語ると、一人前の暗殺者として認められるのがCランクから。そこから真面目に努力と経験を積み重ねて、普通の人がどうにかたどり着けるのがBランク。さらに一握りの才能に恵まれた人達がAランクに上がれる。
あと、Cランクの暗殺者になるには上級暗殺術である【暗殺者スキル】を3つ以上習得しなければならず、Bランクになるには12以上、Aランクなら30以上習得しなければならない。
私はいくつ習得してるのかって?
全部だよ。だってSランクだもん。百種類以上ある【暗殺者スキル】を全部使いこなせないとSランクになんてなれないよ。
Sランク以上というのは人の常識を遥かに超えた存在。
努力だけでは決してたどり着けない、神様に愛されてるレベルの才能や、人間が耐えられる限界を超えた地獄の修羅場をくぐり抜けてきた人達のみが到達できるという、もはや人外の領域なんだから。
弱冠十六歳で、史上最年少のSランク暗殺者になってる私はめちゃめちゃすごいんだよ?
ちなみに、特製プリンパフェを作ってくれるパティシエさんは、Cランク暗殺者。
この街には暗殺者と依頼人しかいないので、甘味処の店員さんもみんな暗殺者です。
「…………おい、相席いいか?」
上機嫌でスプーンに乗せたプリンを口に運んでいた私に突然声がかけられた。
視線はプリンに釘付けのまま耳だけで判断すると、割と若い男の人の声だ。ナンパかな?
まだお昼前の時間帯なので、お店の中はそんなに混雑していない。空いている席もいくつか見えてるのに、わざわざ相席を申し込むということは、私が目当てということだよね。
もー、めんどいなー。
普通なら暗殺者ギルドの建物内でSランクの私に気安く話しかけてくる他人はいない。
だって、Sランクだから。
暗殺者界のスーパースターで、怒らせたら並みの暗殺者なんて秒で殺せちゃう実力の持ち主だから。
私を含むSランク以上の高位暗殺者には、尊敬と畏怖の両方の理由で、気軽に話しかけてはいけない。それが暗殺者ギルドに出入りしている人間の間での共通認識だ。
だけど、時々いるんだよなー。
さっきのチンピラ達みたいな私の実力を知らない駆け出しの暗殺者とかお金持ち依頼人とか。そんな人たちが、
「お、暗殺者ギルドなのに若い女の子いるじゃん。ちょっと声かけてみよ」
みたいな軽いノリでナンパして来るのだ。
私の場合、暗殺者とは言っても外見はただの超絶美少女だし、小柄だけどスタイルも抜群だから、ナンパしたくなる気持ちはわかるんだけどねー。はっきり言って迷惑です。
まぁ、休みの日に揉め事(二度目)とか嫌だし、出来るだけ穏便に断ろう。
「ごめんなさーい。私、彼氏がいる(嘘)ので、知らない殿方との相席はご遠りょ…………うげっ」
営業スマイル的な嘘の笑顔を貼り付けて顔を上げた私の瞳に映ったのは、よく知っている男の顔だった。しかも、あんまり会いたくない顔。
「お前に彼氏が出来るわけねーだろ。何の見栄はってんだ、くだらねえ」
その男は失礼なことを言いながら、まだ相席の許可を出していないのに、勝手に私の向かいの席に座って、ドカッと行儀悪くテーブルの上に足を乗せた。
ド派手な金髪を逆立たせて、耳には髑髏のピアス。両腕に炎を象ったタトゥーを入れた、明らかにガラの悪い二十代前半の男が私の前に座っている。
端から見れば、悪人に絡まれる少女の図が完成していると言うのに、誰も助けてくれない。
何故なら、私がSランクの暗殺者だから。
厄介事なら自分で殺れ、ということだよね、解ります。
だけど、残念ながら目の前にいる男は、外見はともかく悪人では無い。というか悪人とは真逆の立場の人だから、依頼も無しに殺るわけにはいかないんだよなー。
「…………なんでアンタがここにいるの?」
「暗殺者の街に来る理由なんて一個しかねえだろ」
色んな意味でこの男が今ここにいる理由が全く解らないから、素直に訊いてみたら、シンプルな答えと共に一枚の書類を渡された。
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暗殺依頼書
依頼人 勇者アクセル
標的 大魔王ゼラクルス
指名暗殺者 Sランク ルイカ=コジカ
遂行期限 60日後
依頼料金 要相談
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なんだこれ。
色々突っ込みどころが満載なんだけど、とりあえず置いといて、一つだけ説明。
もうお気づきかもしれないけれど、目の前にいる悪人もどきの正体は勇者です。
魔王軍から世界を救う唯一の希望、勇者アクセル。ロンド大陸に存在する六つの王家の全てから『勇者』の称号を認められている唯一の人間で、対魔王軍を目的として結集した人類連合軍の軍事行動においても大きな権限を持つ、人類の最高戦力、勇者アクセル。
そんな勇者が変な依頼を持って来ました(白目)。