暗殺者vs大魔王3
「さぁ、始めようか」
完全体となった大魔王ゼラクルスが、再生した右手に魔力を集中させると、そこに黒い大剣が出現した。
剣を手にした大魔王は、漲る殺気を隠そうともせず、これから始まる殺戮に、愉悦を期待するような表情を見せている。
さっきまでとは、印象が全然違う。
油断ならない老獪な大魔王は姿を消して、今、目の前にいるのは、血と暴虐を楽しむ破壊神だ。
怯むな。敵の姿が変わっても、私のやることは変わらない。ただ倒すのみ。
だから……先手必勝!
「雷速一式!」
出し惜しみは無し。小手調べなんてしない。雷速一式の最高速度で、一気に間合いを詰めて首を刈りにいく。
「雷速二式!」
懐に飛び込むと同時に、二式を発動する。
雷と化した私の腕が血塗れの姫君を振るい、雷速のナイフが大魔王の首に迫る。
「ぬぅん!」
速度では雷速を使う私が上だ。だけど、完全体となった大魔王に対しては、圧倒的なアドバンテージとまではいかなかった。
私の姫君が首筋を捉える寸前で、大魔王の剣が追いついてきて、剣撃を打ち返された。
「うわっ」
腕力が違いすぎる。弾き返された血塗れの姫君ごと、腕まで吹き飛ばされそうになる。でも、
「まだまだっ!」
攻撃は止めない。足も止めない。
速さの優位性を活かすのは、連続攻撃だから。
「【42の暗殺術】の一つ、葬双花!」
今度は高速移動で生じる残像を利用した偽装技。左右同時に撃ち込む斬撃のどちらかは残像が放つフェイク。
防げる確率は、二分の一。
右か左か、どっちを選ぶ? 大魔王さん。
大魔王が剣を差し出したのは、右の斬撃。
かかった。そっちはフェイク!
空を斬る大魔王の剣の背後から、私の必殺の一撃が入る!
「殺ったよ、大魔王!」
「!!」
完全に裏をかいた。
大魔王が剣を返したところで間に合わない。
私の姫君は、首を跳ねるのに十分な力と軌道を行使した。まさに必殺の瞬間。
けど、それを防いだのは大魔王の左手だった。
「そんな……」
「惜しかったな」
剣で防ぐことができないと判断した大魔王は、剣を持っていない左手を使って、姫君の刀身を鷲掴みにしたのだ。
もちろん大魔王の左手は無傷では済まない。
掌の半ばまで刃が通って、裂けている。
だけど、さっきは同じ力の斬撃で右腕を切り飛ばしたのに……。
「ほう。完全体になったというのに、まだ余の身体に傷を付けるか」
「くっ」
大魔王は、傷を受けたことを楽しむように、愉悦に顔を歪めて、握っていた刀身ごと私を投げ捨てた。
空中で回転して、綺麗に着地する。
特にダメージは無い。だけど、必殺の一撃を素手で防がれたショックは大きかった。
完全体になった大魔王の身体には、血塗れの姫君でも、ダメージを通し切れないのか。
【黒魔の衣】の密度が上がったのか、それとも、単純に肉体強度の上昇か?
どちらにしても、もう生半可な攻撃では倒せないみたいだ。
完全に無効化された訳じゃないのが救いだけど、ただでさえ希望の薄いミッションが、途方もなく困難になった。
「なかなか面白い剣技を使うな」
「剣技じゃなくて、暗殺術だけどね」
「それに雷速と言ったか? 見事な技だ」
「伝説の暗殺者、ナカムラ=マンドさんが編み出した秘伝の技だよ。現役で継承してるのは私だけ」
出口の見えない大苦戦に憂鬱になる私とは逆に、大魔王は楽しそうだ。
実際、殺し合いが楽しいんだろう。
「珍しい技への返礼に、今度は余の剣技を披露しよう」
正直、ご遠慮したいんだけど。
私の気持ちとは関係無しに、大魔王は剣を振りかざす。
「十文字」
呟かれたそれは、大魔王が放った剣技の名前。
文字通り縦と横の斬撃が、十文字して同時に飛んでくる。
二つの斬撃が同時に迫る、という意味では、私の葬双花に似ているけれど、この技はコンセプトが違う。
大魔王の二つの斬撃は、両方とも実体なのだ。
一太刀目の斬撃にわずかに遅れて、高速で撃ち出された二太刀目が、重なって来る。
一太刀目を姫君で受け止めた瞬間に、二太刀目の追撃に押し潰されて、体ごと吹き飛ばされた。
何とか転倒だけは免れて、片膝をつきながら体勢を整えようとしたところに……
「阿修羅」
追い討ちの攻撃が来た。
今度は左右から、同時に襲いかかってくる斬撃が三対。右から三つ、左から三つ、まるで六本の腕から、同時に放たれたような斬撃が、首、腕、足を斬り落とす軌道で、狙ってくる。
六連撃が同時に見えるとか、大魔王の速さも侮れない!
「雷速二式!」
雷速化した腕で振るう、血塗れの姫君は、大魔王の高速六連撃の速度を、僅かに上回った。
互いの剣が、激しく火花を散らして打ちつけ合い、六撃全てを防ぐ。
だけど、膂力の差が大きく作用して、私の身体は後方に押し込まれて、よろめいた。
そこへ大魔王のトドメの攻撃が、襲来する。
「百華」
数え切れない程の刺突の雨。
これは技名から推察して、突きの連撃が、百回は続く技ということだろう。
流石に、この数になると、全てが同時に見えるということは無い。
それでも、一度に十発前後の突きが、同時に飛んで来る。それが間断なく、集中豪雨のように叩きつけられる。全てが私の急所を正確に狙って。
捌ききれない!
絶え間なく繰り出される百連突きに、速度だけでは対応出来なくなってくる。徐々に大魔王の剣先が、私の身体を捉え始めて、血飛沫があがる。
一歩、二歩と後ずさると、さらに踏み込まれるので、逃げ場がない。
私は苦し紛れに、ポケットから火炎札を取り出して投げつけた。
「爆炎となれ」
私と大魔王の間で、激しく爆ぜた火炎札の爆炎が大魔王の剣撃を遮って、私はなんとか危地を脱出した。
「ふむ。これでも仕留めきれぬとは。つくづく面白い娘だ」
正直、肩で息をしている状態なので、返事をする余裕はない。
「しかし、終わりは見えたな」
さっきまでのご機嫌ぶりとは、打って変わって、大魔王の言葉には失望が見えた。
遊戯の時間に、終わりを告げられた子供みたいに。
「おそらくあの雷速と言う技は、継続時間が極端に短いのだろう? 余が連続で間断なく攻め続ければ、雷速の効果は途切れて、貴様は無力な小娘に成り下がる」
「………………」
図星をつかれた。
その通り。雷速は、魔力が続く限り何度でも使用できるけど、その持続時間は、一回につき十秒が限界だ。
普通の相手なら問題ない。
雷速と十秒以上渡り合える者など、そうはいないから。だけど、それを行える大魔王が相手だと、それは致命的な弱点になる得る。
実際、百華のように長く続く攻撃は受けきれない。これで接近戦での勝ち目は潰された。
だけど、戦い方はまだ他にもある。
一旦距離をとってから、高速で動き回って的を絞らせずに、ヒットアンドアウェイで攻撃を繰り返す。これなら接近戦に比べて一撃必殺のチャンスは減るけれど、こちらも連続攻撃を受けるリスクがなくなる。
速度重視の戦闘スタイルとしては、むしろこっちの方が正しい戦い方と言ってもいい。
「ところで、大魔王が攻撃魔法を使えぬとは思っておらぬよな?」
大魔王がにやりと笑って、腕を振るう。
「極炎熱地獄!」
放たれた魔法は、灼熱の炎を生み出した。
ただし、狙いは私ではない。
荒れ狂う炎の渦が、私と大魔王の周囲をぐるりと取り囲み、高い炎の壁を作り上げた。
戦闘空間を限定して、私に距離をとらせないために。
「これで詰みだな」
「………………くっ」
私の作戦を先読みするように、潰された。
炎の壁に遮られて、もう距離をとることも出来ない。確かに詰んだかもしれない。
「大魔王の剣にかかる栄誉を胸に死ね、人間の娘! 阿修羅!」
「……雷速二式!」
迫り来る六連撃は二式でなんとか凌げる。
だけど、この後に来る……
「百華!」
絶え間なく繰り出される刺突の雨を防ぐ術が無い。
「はぁぁぁぁ!」
「くっ!……痛っ!……くぁぁぁ!」
雷速の効果が切れて、徐々に切り刻まれていく。二の腕、肩、わき腹と剣先で抉られて、激しい痛みが、頭の中に火花を飛ばしてくる。
「雷、速、一式っ!」
ギリギリまで耐え忍んでから、再起動した雷速一式で、大魔王の剣の射程圏外まで跳ぶ。
だけど、炎の壁に阻まれて、大した距離はとれない。大魔王の追撃は、すぐに追いついてくる。
「阿修羅!」
「爆炎となれ!」
火炎札の弾幕でそれを防いで、さらに転がるように横に逃げる。
「無様な真似はやめよ。そのような小手先で凌いだ所で、結果は変わらぬであろう。潔く敗北を受け入れて、我が剣の贄となれ」
確かに。
火炎札を使って、なんとか逃げ延びるだけの戦い方では、勝ち目がない。一枚金貨15枚の札を乱発して、散財しまくった挙げ句に、殺される未来しか見えて来ない。
「覚悟を決めよ」
うん。覚悟を決めよう。
身体中が傷だらけで、超痛いし。
でも、まだ動ける。
このまま戦ってもジリ貧なら、私は賭けに出ることにする。
「なかなか面白い剣技を使うね、大魔王」
立ち上がって、大魔王の顔を見据えて、にやりと笑ってやる。
「面白い剣技の返礼に、今度は私の必殺技を見せてあげよう」
「……くだらぬ。最後に道化るか」
「違うよ。大魔王を倒す最後の切り札を見せてあげるって、言ってるんだよ」
大魔王の思考の中では、私との戦いは、すでに終わっているんだろう。雷速一式と雷速二式を破り、後は無力な小娘にとどめを刺すだけ。
だけど、甘いよ。大魔王。
「雷速が二式までしかないと、どうして思ったの?」
「なんだと?」
私は両腕・両脚に刻まれた魔法式に、魔力を流す。普通に流すだけじゃない。通常の三倍以上の過剰な魔力を供給することで、魔法式を暴走させる。
魔力許容量の限界を超えた四つの魔法式から、雷の力が溢れ出して、私の全身を駆け巡る。
私自身を雷化させる!
「雷速三式!」
雷速三式は、はっきり言って自爆技だ。
全身を雷化させるという行為は、魔法式を刻んでいる両腕と両脚以外の部分にとっては、落雷を受けたのと変わらない。
全身を駆け巡る雷の魔力が、細胞を焼き尽くしていく感覚に、意識を失いそうになる。
攻撃の成否に関わらず、私の身体は無事では済まない。
けど、大きなリスクを負う分、この技の威力は凄まじい。
高出力の雷撃の塊と化した私は、雷の速度を持って大魔王に体当たりする。
「はぁぁぁぁ!!!」
「ぬぅぅぅ!!」
電撃の体当たりを剣を構えて、正面から迎撃しようとする大魔王。
でも、まだだよ。
私の切り札は、まだこれで終わりじゃない。
「暴風よ!」
魔力を全身に駆け巡らせることによって、私の体内に刻まれたもう一つの魔法式・暴風が起動する。これが私の最後の切り札だ。
私の体内から生まれ出た暴風が雷と融合して、嵐を呼ぶ。
「【42の暗殺術】奥義。暴風天雷!」
雷と暴風の嵐が、大魔王の懐に飛び込み、大爆発する!
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
これに耐えたらアンタの勝ちだよ。大魔王。
……。
…………。
………………。
少し意識を失っていた。
そんなに長い時間じゃないと思う。
全身を覆っていた雷と暴風は消えているけれど、微かに残る電撃が、身体のあちこちでピリピリ言ってる。
もう身体が動かない。
回復薬を飲みたいけど、取り出す力も残っていない。
どうなった?
大魔王は倒せた?
すぐ目の前にいるであろう、大魔王の状態を確かめたくて、何とか首だけを動かして、視線を確保する。
「……見事だった」
「!」
なんとか持ち上げた視線の先には、大魔王が立っていた。
雷撃によって全身が焼け焦げて、お腹の一部は抉れているけれど、それでもまだ剣を握って、戦う余力を残して立っている。
倒せなかった。
私の全ての力を込めた一撃は、大魔王の命を殺るまでには届かなかった。
「見事だ、人間の娘よ。人の身でありながら、余をここまで追い詰めたこと、心から賞賛しよう」
大きな傷を負いながらも、大魔王はどこか満足げだ。
「うん。アンタの勝ちだね、大魔王」
「貴様の名は、我を追い詰めた偉大な戦士として、我が胸に刻んでやる。安心して永久の眠りにつくがよい」
「いや、いいよ。私も最低限の仕事は達成できたし、後は帰って自分のベッドで寝る」
「……? 何を言っている?」
怪訝な顔をする大魔王。
状況が飲み込めていないんだね。
仕方がないな。私もボロボロなんだけど、最後の一仕事だよ。酷く痛む右手を無理やり持ち上げて、指を差す。
暴風天雷の余波を浴びて消失した炎の壁の向こう側を。
「……勇者のサポートをするだけの簡単なお仕事です」
別にこれは決め台詞じゃないけど。
そこに立っている勇者アクセルの顔を確認して、私はとうとう気を失った。