勇者パーティー2
噴水広場は燃えていた。
いや、マジで。
♢♢♢
東の繁華街に向けて、リュリュ通りをまっすぐ進むと、そのまま噴水広場に行き当たるらしい。
ポトーさんの忠告に従うのなら、どこかで道を変えて迂回しなきゃいけないんだけど、正直めんどくさかったので、そのまま直進した。
だって知らない街だから、下手に道を変えると迷子になるかもしれないし。
多少のトラブルに巻き込まれても、自力で何とかすればいいや、という結論に至った、大胆不敵なSランク暗殺者なのでした。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!」
「わわっ、なに?」
噴水広場の方角から、頭が燃えている男が走ってくる。
頭は火炎、身体は人間的な新手の魔物か? と、とっさに腰に差してある予備武器のナイフを抜きかけたけど、どうやらただの人間らしい。
特に襲いかかってくることもなく、そのまま私の横を素通りして、奇声を発しながら、どこかへ走って行ってしまった。
「…………なんだったの?」
いったいどんな不運に見舞われたら、あんなふうに頭が燃えるんだろう? 小首を傾げながら歩いて行くと、その答えは噴水広場にあった。
「いいぞ! 姉ちゃん!」
「やれやれー、ぶっ飛ばせ!」
噴水広場では、大乱闘の真っ最中だった。
野次馬達の作る人垣の向こう側で、美しいお姉さんがチンピラ達と闘っている。
お姉さん一人に対して、チンピラは二十人以上の集団で、全員武器を手にしている。
お姉さんの手に武器は無し。
形勢は圧倒的にチンピラ達が有利に見えるんだけど、実際に勝っているのはお姉さんの方だった。
「ホラホラ、どうなさったの? 私に痛い目を見せてくださるのではなかったのかしら?」
鮮やかな深紅のドレスを身に纏い、赤い髪を靡かせるお姉さんが、襲いかかってくるチンピラ達を、華麗に叩きのめしていく。
武器を持って四方から襲いかかるチンピラ達の攻撃を、舞踏を舞うような軽やかなステップで、ヒラヒラとかわして、カウンターを打ち込んでいる。
ああ。ポトーさんの忠告はこういうことか。
さすが大商人、リュリュ通りで商売をしながらも、噴水広場で起きている騒ぎの情報はリアルタイムで耳に入っていたということだね。
確かにはこの人のケンカには巻き込まれたく無いや。ポトーさんが正しかった。
トラブルある場所に、勇者アクセルのパーティーあり。はい、チンピラと戦っているこのお姉さんも、勇者のパーティーメンバーです。
彼女の名前は、カーテローゼ=クレア=クランベルア。愛称はカリン。18歳。
風火地水の四大精霊魔法を全て極めた稀代の大魔導師にして、六大王家の一つ、魔導王国クランベルアの第二皇女様。通称、クランベルアの殲滅姫。
敵と見做せば、万単位の軍を一瞬で粉々に吹き飛ばす大規模殲滅魔法のスペシャリストです。
カリンさんを取り囲むチンピラの数は半分くらいまで減っていた。攻撃を繰り出す度にかわされて、カウンターのパンチやキックを急所に叩き込まれた男達が、そこら中に転がっている。それでもまだ十人以上残っているけど、全て片付くのも時間の問題だろう。
あ、後ろに回り込んだ奴が、棍棒でカリンさんの後頭部を狙ってる!
私は反射的に飛び出して、棍棒を持った男に跳び蹴りをかました。
「ぐわっ」
しまった。力加減を間違えた。
真横から私の蹴りが直撃した棍棒男は、そのまま吹っ飛んで、煉瓦作りのお店の壁にめり込んだ。うわー。お店の人ごめんなさい。
壁の修理代はそいつが払います。
「なにごとですの?」
突然の乱入者に驚いて振り向いたカリンさんは、私の顔を認めると、艶やかに微笑んだ。
「まぁまぁ! ルイカちゃんではありませんか。お久しぶりね、ごきげんよう!」
カリンさんが、襲ってくる男達を打ちのめしながら駆け寄って来て、むぎゅー、と抱きしめられた。
高身長でスタイル抜群のカリンさんと、やや低身長な私との哀しい高低差で、私の顔面はカリンさんの豊かな胸元の双丘に埋もれる。
や、柔らかい。そして、苦しい。
「お、おひさしぶりです、お姉さま」
窒息寸前で、もがもがと抜け出して、挨拶すると、ご機嫌に頭をよしよし撫でられた。
「相変わらず可愛らしいわね、ルイカちゃん」
「……ありがとう、お、お姉さま」
いや、違うよ? 私は百合とかそっち系の趣味の人じゃないよ? これはただ私がカリンさんに、なぜかすごく気に入られていて「ルイカちゃんを私の妹にしてさしあげるわ」って勝手に宣言されているから「お姉さま」って呼ばないとすごく怒られるし、それだけだよ。
カリンさんを怒らせたら、ガチでヤバい魔法が飛んでくるんだからね。
「ルイカちゃん。ここは危ないから下がっておいでなさいな。助太刀はご無用ですわよ」
「まぁ、強いのは知ってるから心配はしてないけど。でも、なんで魔導師が素手で喧嘩してるんですか?」
「あら、ちゃんと魔法も使ってましてよ。ほら」
カリンさんがパチンと指を鳴らすと、目の前にいたチンピラの頭が燃えた。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!」
頭部が火達磨になったチンピラが奇声を発しながら、走り回って、噴水にダイブした。
なるほど。さっきの火炎頭さんは、これが原因か。それにしても無詠唱でこの精度。
カリンさん、恐るべし。
「ちなみに、喧嘩の原因は?」
あまり気が進まないけれど、仲裁できるならしておきたい。だって、カリンさんが何かの拍子で本気の魔法を放ってしまったら、ノースローゼンの街が丸ごと消し炭になっちゃうからね。
「私、お尻を触られましたの」
「あー、むかつきますねー」
「そうでしょう」
「皆殺しですね」
「さすがルイカちゃん、解ってますわね」
前言撤回。
痴漢とゴキ○リは死すべし。
女の敵に生きる資格は無い!
「おい、そこのチビ女。てめえもその女の仲間か?」
会話に割り込んで来たチンピラA(仮)が、私を指差して、聞いてくる。他のチンピラより武器と防具が少しだけ立派だからコイツがボスなのかな?
「だったら何?」
「死にたくなかったらどっかに消えな。今からオレが本気を出してその女を血祭りにあげる前にな」
馬鹿なの?
お前、さっきまでも本気だったじゃん。仲間と同時に四方向から斬りかかって、全部楽勝でかわされてカウンターまで喰らってたでしょ? ちゃんと見てたんだからね。
なんでまだ勝てると思ってるのかな?
「地べたに這いつくばって土下座するなら、命だけは助けてくれるようにお願いしてあげるけど?」
「けっ、生意気なこと抜かしてんじゃねぇぞ。この露出狂!」
「ろ、ろしゅつきょ……!?」
確かに今日の服装はちょっとだけ露出が多めだけど。それは街道を一人で旅して来たから、魔物や山賊と遭遇してもすぐ戦えるように戦闘用の装備を身につけてるからだ。
暗殺者の戦闘は、スピードが命。
だから、足元の動きを阻害しないように、スカートは短め。上半身も防具は胸当てのみで、短衣も短め。おへそがちょっとだけ出てるけど、それは健康美の範囲内で決して露出狂じゃない。
「ちょっと顔が可愛いくらいで調子に乗って、パンツ見えるような格好で男の気を引くなんて、十年早いんだよ、ガキが!!」
変態野郎がなんか言ってる。
コイツ、さっき私が跳び蹴りした時にパンツ見たな。あれは見せパンだから見られても恥ずかしくないやつなんだけど、なんかムカつく。
「お姉さま、一匹だけ私が処分してもいい?」
「私の最愛の妹を侮辱したのですから、本来ならこの手で消し炭にするところですが。仕方ありませんね。ルイカちゃんに譲りますわ」
「ありがとう、お姉さま」
カリンさんにお礼を言って、変態野郎と向き合う。
「おいおい、まさかお前がオレとサシでやろうっていうんじゃないだろうな」
「やるけど?」
私は頭の中で、コイツの罪を数える。
私をチビ女と言った。露出狂と言った。チビと言った。ちょっと顔が可愛いとも言ったけど、私が可愛いのは当たり前なので褒めたことにはならない。
むしろ「ちょっと」とつけたのでマイナス。
私は超絶可愛い。
あと見せパンだけど、私のパンツ見た気になってるのが最悪。キモイ。
そもそもカリンさんのお尻を触ったんだっけ。触ったのは、コイツじゃないかもしれないけど、痴漢の仲間だから同罪だ。
うん、死刑確定。
「ふざけるな! オレを誰だと思ってやがる!
元Bランク冒険者の……ぐぎゃっ」
ぐだぐだ喋ってる男の顎に私のパンチが炸裂した。一瞬でゼロ距離まで間合いを詰めるのは暗殺術の基本だ。うん、骨が砕けた感触。
「ぐ、ごのぉ……」
お、さすが元Bランク冒険者? とか名乗ってただけある。顎が砕かれたのに、怯まないで私の首を狙って剣を振るって来た。
「でも遅い」
剣を握っている腕は、私の手刀で叩き落とされる。はい、パキッ。利き腕も骨折したね。
「あと十発で許してあげるね」
「ぐ、がぁ」
飛び上がって左右から顔面に「いち、に!」と、一発ずつ拳を入れる。Bランク程度の実力じゃこの速度のパンチは見えないでしょ?
多分、気がついたらいきなり顔面に衝撃が来たみたいな感覚だと思う。
「……さん!、よん!、ご!、ろく!、…………きゅう!」
腹部に潜り込んで追加の連続パンチを七発。
全部急所を的確に打ち抜く。
そして、とどめは、
「これで終わり!」
真正面から、思いっきり跳び蹴りを食らわせた。
「パンツ見えた? これは見せパンだから露出狂じゃないんだよ」
吹っ飛んでいったチンピラA(仮)改め元Bランクさんは、多分もう意識が無いと思うけど、大事なことなので教えておいた。
まぁ、命は取らないであげたよ。
一流の暗殺者はお金にならない殺しはしないからね。
「お、おい。兄貴がやられちまったぞ」
「嘘だろ? 元Bランク冒険者があんなガキに…………」
「ど、どうする…………?」
残されたチンピラ達は、信じられない様子で気絶している兄貴分を呆然と見ている。
「あのね、忠告してあげよっか?」
「な、なんだよ?」
私は、一番近くにいる完全に戦意喪失している男に話かけた。
「あなたたちが、さっきから喧嘩している相手はカーテローゼ=クレア=クランベルア様だよ」
「あぁん。それがどうし…………カーテローゼ=クレア=クランベルアだとっっ」
驚愕の事実がチンピラ達の間に広がっていく。
「あ、あの炎熱皇女?」
「紅蓮の殲滅姫っ?!」
「ある意味、魔王軍より質が悪い人類ランキング二位の!?」
はい、また出ました。
ある意味、魔王軍より質が~ランキング。
今度は第二位! カリンさんもきっちりランクインしてました。流石です。
魔王軍より質の悪い人類の二位と三位が在籍している勇者のパーティーって、なんなの。
と、言いたいところだけど、実はさらに一位の人も勇者のパーティーメンバーの中にいます。
ていうか、勇者です。
もう勇者のパーティーが魔王軍でいいんじゃね?
「うわぁぁ、すみませんでした!」
「殺さないでください!殺さないでください!」
「もう駄目だ! 一族郎党全員丸焼きにされる~」
自分達が敵に回した存在のあまりの大きさにチンピラ達は、パニック状態で逃げていく。
うん。カリンさんが魔王軍の砦を魔法一発で焼き払った話とか有名だもんね。
あと人類連合軍のセクハラ騎士団長を氷付けにした話とか。
「失礼ですわね。まるで化け物を相手にしていたような言われようですわ」
意味的にあんまり間違ってはない。
カリンさんは、頬を膨らませてぷりぷり怒っているけど、逃げていくチンピラ達は見逃してあげるみたいだ。
よかった。追いかけるの面倒だから広範囲殲滅魔法で街ごと燃やす、とか言い出さなくて。
「ルイカちゃん。この街に来たってことは今度の作戦でご一緒するということですわよね?」
「まぁ、一応。よろしく、お姉さま」
「こちらこそですわ。うふふ。楽しみがふえましたわ」
それから上機嫌になったカリンさんに捕獲されて、しばらくの間、むぎゅーとされたり頭を撫でられたり、ぬいぐるみみたいに愛でられたけれど「まだ勇者と正式に契約を交わしてない」って伝えたら「一刻も早く契約していらっしゃい」と、解放してくれたので、ようやく噴水広場を後にした。去り際に、
「夜は私の寝室で一緒に寝ましょうね」
と言われたので、夜もむぎゅー、とされるみたいだ。