プロローグ いきなり大魔王
「嘘。まじでありえないんですけど……」
いきなりだけど、ただいま混乱中。
えっと、状況説明とかいりますか?
♢♢♢
私の名前はルイカ=コジカ。16歳。
職業は、天才美少女(←重要)暗殺者。
今いる場所は、世界を滅ぼす大魔王の城。
その最奥部、玉座の間。
したがって、目の前には大魔王がいます。
とても怖いです。
実はちょっとした事情があって、私は勇者と一緒に大魔王の城へ突撃をかける、という仕事の依頼を受けることになったんだけど、その結果……。
まだ私と勇者が玉座の間に突入してから、十数秒程度しか経っていないというのに……。
大魔王を倒すはずだった勇者アクセルが、ど派手に血反吐をぶちまけながら、吹っ飛ばされていく。
「はい?」
目の前を右から左へと高速で通過していく勇者の身体を呆然と見送る私。あれ? まだ初撃を受けただけだよね? ちゃんと防御姿勢をとってなかったのかな? なんか大ダメージを受けてるように見えるんだけど、まさかの直撃?
……もしかして戦闘不能ですか?
ありえない現実を脳みそが受け止めきれなくて、この瞬間、私は隙だらけの棒立ちになってしまう。
もし今、攻撃されたら私も勇者と同じように一撃でやられちゃう。プロの暗殺者としては大失格の致命的なミスだね。
でも! だって! いきなり勇者がやられるなんて、想定外にも程があるんだもん! 冷静でいられる方がおかしい! 私は悪くない!
「わ、りぃ、………………あとよろ」
ダムッ、ダムッ、ダムッ、と石造りの床の上を3バウンドしながら転がった後に、自分の口から吐き出した血溜まりの中に浸かっている勇者が、こっちを向いて口を動かした。
声は出ていない。きっと喉も潰れているのだろう。パクパクと空動きした口からは、どぷぅと追加の血反吐が吐き出されただけだ。それでも暗殺者スキル【読唇術】を会得している私には、唇の動きだけで勇者が何を言ったのか解った。
解ったから、腹が立つ。
「この馬鹿勇者ー! 何が「あとよろ」だぁぁぁー!!」
あとはよろしく、略してあとよろ?
自分はいきなりやられちゃって、あとは全部、私に丸投げするの? まじで言ってる? この状況で? 何をよろしくしてくれちゃってんだー!
ああ、もうやだ。
意味わかんない。
なんで勇者やられてるの?
これから、私一人で大魔王と戦えと?
普通に無理なんですけど?
契約違反この上ないので、違約金を要求します。
とは言っても、弱冠十六歳にして数々の修羅場をくぐり抜けてきた実戦経験豊かな私の眼から見て、勇者の受けた傷は明らかに致命傷だ。流れた血液の量だけ見ても、失血死寸前だし、お腹の中では内蔵がいくつか潰れているはず。
なんかピクピク痙攣してるし、もうすぐ死にそうだから、違約金の請求とか無理っぽい。
あ、やばい。違約金どころか死なれた場合、報酬の請求方法を考えてなかった。しまったー。生命保険に入らせておくべきだった。私を受取人にして。
勇者、絶対に貯金とかしてないタイプだろうし、そもそも前金だって金貨五千枚を要求したのに、二千五百枚に値切られたのに。
そのぶん、成功報酬を割り増しにしてもらう約束だったのに。
ダメだー。今回、絶対に報酬もらい損ねるよー。
あ、大魔王がこっち見た。超怖い!
こんなに危ない仕事なのに!
こんなに命が危険なのに!
値切られた前金だけしか貰えないとか、ありえない! 最悪っ! 勇者の馬鹿っ!
そんなふうに胸中で激しく悪態をつきながらも、私はすばやく後方に跳躍して、大魔王の攻撃範囲の外へ逃げた。
戦場で足を止めた者の上には死しか降りてこない。ほら、やっぱり間一髪。一瞬前まで私が立っていた場所に大魔王の攻撃が直撃して、床石が粉々に砕けた。
あ、危なかったー。
ギリギリセーフで回避成功。
ルイカちゃんは、ひらりと身をかわした!
「ふぅ」
短く息継ぎ。
それから状況を整理する。
場所 大魔王の城の玉座の間
敵 当然、大魔王(超強そう)
味方 勇者一名(虫の息)
援軍 たぶん来ない
撤退 大魔王からは逃げられない!
うわー。
ダメだこりゃ。
完全に詰んだわー。
今日、私、死ぬわー。
ちらりと振り返って出口を確認してみるけど、突入する時には簡単に開いた大きな鉄の扉は、私と勇者が中に入るのと同時にバタンって自動的に閉まって、全く開かなくなったんだよねー。
なんか扉全体が紫色の不気味な光で覆われてるし……。大魔王の魔力で封印されたとかそんな感じ?
これはもう大魔王を倒さない限り扉は開きませんパターンのやつですよね? はい、解ります。
というわけで、やっぱり撤退は不可能だということが確定しました。
なので、もう覚悟を決めて戦うしかなさそうだけど、勝てるかなー?
大魔王との間合いは、ざっと見て30Mくらい。
私の暗殺者スキル【神速歩法】を駆使すれば、一秒未満で背後に回り込んで、相手の喉笛をナイフで掻き切ることが出来る距離。はっきり言って、そういうの超得意だ。
こう見えても私ってめちゃめちゃ強いし。なんせ大魔王との最終決戦の助っ人に雇われるくらいの超凄腕の暗殺者だからね。
だけど、相手は大魔王だからなー。
そんな普通のやり方で倒せるだろうか?
答えはたぶん否。
そんなことで大魔王を倒せるのなら、世界滅亡の危機なんて永遠にやって来ない。
単純な攻撃では、仕掛けた瞬間にこっちが殺される予感しかしない。
はぁー。
今日、何度目かのため息がでた。
大魔王と1対1でガチンコ。
絶対に暗殺者の仕事じゃないよね。
「でも、もうやるしかないから仕方ない!」
私は、開き直って背中に背負っている主武器を引き抜いた。
私の頼れる相棒『血塗れのお姫様』
その大振り過ぎる刀身はナイフの域を超えていて、もはやソードだろうとよく言われるけれど、誰がなんと言おうと『血塗れのお姫様』はナイフである。
持ち主が言うのだから、間違いない。
暗殺者はナイフで殺す。
それは私の決して譲れない拘りなのだ。
今まで啜ってきた血の色が染み込んだのか、光に触れると、紅色の鈍い光を放つお姫様の刀身に軽くキスをして相対する大魔王を正面から見据える。
こうなったら、もう名乗りとかも上げちゃうもんね!
「暗殺者ギルド公認Sランク暗殺者。ルイカ=コジカ! お命頂戴するよ、大魔王さん」
さぁ、暗殺を始めよう。