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ルカ・クラランス 2

 僕の幸せが壊れたのは、クロエが婚約をしてからだ。


 クロエが、クリストフ・フォン・ウェーバー第一殿下の婚約者となったこと。クロエが十二歳、僕が十歳。そのころには僕はクロエへの感情は家族への愛ではないと自覚していた。クロエだけが、僕の特別だった。


 いずれそうなる日が来るとは思っていた。

僕とクロエは血のつながりこそは無いに等しいけれど、それでも義姉弟だ。僕は爵位を継ぐために養子として迎えられ、クロエはいずれどこかの貴族の御夫人になるとはわかっていた。けれど、それはもっとずっと、先の話だと…思っていたのに。


「クリストフ殿下は、とてもお優しかったわ」


 夕食の際、両親へ口角を上げてそう話すクロエの姿は、ルカの目には毒だった。声色は心なしか弾んでいるように聞こえて、そう思いたくないのに、クロエがまるで殿下へ恋をしているように見えた。

 次第にクロエと顔を会わせることがつらくなり、見るたびに棘のある言葉を言ってしまうようになってしまった。そのたびにクロエは優しく諭してくれたけれど、次第に王太子教育が忙しくなって顔を会わせることも少なくなっていった。


 これでいいんだ。

 きっと。


 ずっとクロエと呼んでいたけれど、「義姉さん」と呼ぶようになった。


 クロエの部屋と向かい合った自室にいると、クロエが使用人たちと楽しく話をしているのが聞こえて辛くなる。僕の中では一番のクロエも、クロエの中では僕の占める割合はほんの少しだ。実感するたび辛くなり、部屋を移してもらおうか思案するけれど、クロエの声はずっと聞いていたい。気が付けば、発露することもできない感情を抱え、苛立ち、その苛立ちをクロエ本人に向けてしまうようになっていた。


 世界でいちばん優しくしたい相手なのに、手に入らないなら思い切り傷つけたくなる。


 僕のことなんて嫌って、憎んでほしいとすら思った。でも、クロエの悲しそうな顔を見ると、ひどいことを勝手に言い出す口を縫い付けてしまいたくなる。ままならず、クロエの事を避けるようになった。



 そんな折、学園にミリア・ハズバンド男爵令嬢が転入してきた。同い年で同級になる。彼女はもともとは貴族として育てられておらず、どこかの庶子だったようだ。貴族の礼節を持ち合わせていない彼女は遠巻きに見られて、孤立していった。関わり合いになりたくない、と思っていたけれど、ミリアはなぜか僕に関わりたがる。


「ルカ・クラランス様ですよね!ルカ様も、元は平民だと聞きました!私たち同じ境遇ですね!仲良くしてくださいね!」


 教室の中、誰にでも聞こえるようにそう言われたときは正直神経を疑った。そもそも高位貴族である僕に、格下である男爵令嬢が声をかけ、尚且つファーストネームを呼ぶというのは、貴族社会では許されていない。


「幼いころから努力されたクラランス公爵令息様にあんな事…」


 僕自身は養子であることを気にしていないけれど、周りの級友たちは少しだけざわめく。

僕は次期公爵として教育された中で培った表情筋で、努めて笑顔でミリアに向き合った。


「ハズバンド男爵令嬢。こちらこそ、仲良くしていただけると幸いです」


「わあ!とてもうれしいわ!もしよろしければ、昼食をご一緒しませんか?」


 ミリアはそっと僕の手を握った。年頃の女性が、婚約者でもない男性の手を握るなど、礼儀としてあり得ない。僕は表情を崩さぬよう意識した。そうでもしないと舌打ちでもしてしまいそうだった。


「お誘いは大変魅力的ですが、あいにく僕は昼に生徒会の所用がありますので」


「まあ…そうなんですね。生徒会って、確か生徒会長はクリストフ殿下ですよね?」


「ええ…そうですね」


「クリストフ殿下は、ルカ様のお姉様の婚約者ですよね?親しいのですか?」


「ご想像にお任せしますよ。申し訳ございません、もう時間なので僕はこれで。楽しい昼食を」


 席を立ち、廊下を出る。生徒会の所用など本当は存在しない。親し気に手を握られたけれど、ほとんど初対面の人間に手を握られるのは、気分がいいものではなかった。


 気を持ち直して人気のない東屋で読書でもしようと廊下を進むと、学院の中にある庭園でクロエが友人たちと昼食を摂っているのが目に入った。クロエの髪は室内では黒に見えるけれど、太陽に当たると透けて菫のような美しい紫色になる。だから僕は幼いころ、良く晴れた日にはクロエを邸宅の庭に連れ出して遊ぶのが好きだった。花々に囲まれたクロエは、この世ならざる美しさだ。


 人気のない廊下から、しばらくその姿を見つめていた。



 ◇◇◇




 何度もそれとはなしに拒絶しても、ミリアは懲りずに僕に関わろうとした。そして、殿下の話を聞きたがった。おそらく、ミリアの狙いは僕ではなく、義姉の婚約者であるクリストフなのだろう。本人は僕に気があると思わせたいのだろうが、あの瞳の奥にある強欲さは隠しきれていなかった。


 ……面倒だ。僕自身の事ならばそのままスルーでもいいかもしれないけれど、殿下に関わっている事となると、ひいてはクロエの身に降りかかるだろう。どう対処するのがいいだろうか。


 ため息をつきながら図書室に入ると、図書室からはサボリに最適なあの東屋が見えた。白い柱とコバルトブルーの屋根は新緑によく映える。そこにはミリアと、クリストフが見えた。

 ふたりは隣り合って座り、顔を見合わせている。ミリアは殿下の腕に触れ、微笑みあっていた。互いの視線には熱が混じり、まるで恋人同士のように親密に見える。


 僕に執心しているうちは大丈夫だろうと嵩をくくっていたのが仇になった。ふたりは接触して間もないようだが、もうミリアに篭絡されたのか。あまりの速さにうんざりした。

ふたりがもし恋人同士にでもなったら、クロエはどうなるのか。


(このまま話が進めばクロエと殿下の婚約は最悪、破談になる。それは俺が望んだこと、じゃないか……?)


 けれど、婚約破棄したとなればクロエに瑕疵がついてしまう。

 そうならないように、するには……?




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