微分積分をいまいち理解してないやつがおくる感動の彼女微分ストーリー
筆者の中で、微分積分に対しての認識は
微分→次元をおとす
積分→次元をあげる
程度のものなのでそういう設定なのだと呑み込んでお読みください。今説明したので理系の人の文句は一切受け付けません
彼女── 津嘉田恵美は学校のマドンナである。
私立所谷坂高校に通う、女男関係なしに誰もが一度は彼女に恋をしているのではとまことしやかに囁かれているほどの端麗な美貌を、今日も惜しげなく存分に振りまいて下さっている。
私のようなしがない一生徒はその名を口にするのすら憚られる彼女なのだが、端的に述べて、今まで恋など露も経験してこなかった私が、他の数多の有象無象と大差なく当たり前かのように彼女に恋し、一念発起して彼女への告白を決意するに至ったのだ。
そう、あれは今思い返してみても運命的な出会いだったと思わざるを得ない。
ここで回想を挟むとしようか。
思い切り美化した私の顔が映し出され、向こうから彼女はまるでリンゴが万有引力に引かれ木から落ちるように、それが自然の摂理かのように私に近づいてくる。
私は三次元に微塵たりとも興味が唆られなかったため、その日までは彼女の噂というのを冗談半分と思い頭の隅に置いとく程度の認識しか持ち合わせていなかったのだが、いやはや本当に恋に落ちる音というのは存在するのだなと感心させられるほどいとも簡単に恋に落ちたのだった。
彼女の鈴の音を想起させる声色で
「ハンカチ落としましたよ」
なんて語られた日にはもう終わりだ。声をかけられた人類は彼女を崇め奉り、彼女を新たな人類の祖として後世に語り継ぐこと間違いなし。彼女の目には私はどう映っただろうか。少なくとも私の目には、女神が人類を導くために下界に足を踏み入れたのかと本気で一日中思う程には、優美に映ったのだ。
私の想いはそこんじょそこらの思春期真っ只中の、邪な気持ち満載な下劣で汚れた、一時のエセ恋心の類とは全くの別物だ。そう、近年稀に見る澄み切って淀むことのない純愛である。既に想いを伝える準備は用意周到に計画されており、今はその最終段階──下駄箱に入れた呼び出しの文章を読んだ彼女が屋上にくるのを待つだけ。
今か今かとはやる気持ちを抑え、同時に緊張からかもう少し時間が欲しいと情けなくも逃げ腰な自分が居るが、私の決意はそんなんで揺るぐようなやわなものじゃないだろうと、そう自分自身に言い聞かせる。
「待たせてしまいましたか。すみません、委員会が少し長引いてしまったもので。」
「いえいえ、私が急に呼び出したのですから気に病む必要なんてありませんよ。」
「ところで伝えたいことってなんでしょうか。」
ああ、明らかに私に非があるのに自分が先んじてお詫びをするなんて、どれほど慎ましいお方なのか。人間として完成されすぎている。だが一つだけ足りない点を挙げるとするならば──
「二次元の女になって、私と付き合って頂けないでしょうか。」
──彼女は一つ次元を間違えたようだという点だ。完成しているのはあくまで三次元の中でであって、彼女は二次元にいってこそ初めて究極の存在となるのだ。
初めてだった、三次元の彼女に恋をしたのは。三次元ですら恋に落ちてしまったのだから彼女を二次元で拝めば一体その感情はどんな進化を遂げるのかとても興味がある。
一方、燃えたぎる私の気持ちに反して彼女の瞳は強い困惑の色に染まっていた。予想に反して反応があまり芳しくない。
手順をどこか間違えたのだろうか、それとも推敲に推敲を重ねて今朝方やっと完成した告白の文章に何かおかしな部分があったのか。この日のために文系ながらに微分の勉強に勤しんだというのに、ここで計画が破綻してしまえばその努力も全て気泡と化してしまう。訂正せねばなるまい。
「まずは三次元でのお付き合いからでもいいです。」
気の所為だろうか。彼女の瞳に浮かぶ困惑がより一層濃くなった気がする。ここは一旦引くのか?時々引いてみるのも相手の愛情を確認するのに効果的と以前読んだラノベで学んだことであるし。
「やっぱいいです。」
「あっ、ちょっと待ってください。」
一旦引いたら今度は彼女が私を引き止めてきた。効果覿面というやつだろうか。
「最初の方はちょっとよく解らないのですが、私と付き合いたいというのが趣旨ならば別に応じるのもやぶさかではないですよ。」
「本当ですか。」
「私が今嘘をついて何になるというんですか──私、お恥ずかしながら人から告白されたの初めてなんです。いつも眺められているばかりで、なんだか対等に見れくれていないというか、神聖視されているというか。だから私、こうして告白してくれた貴方のこと今少し興味があるんです。」
「では、改めて──微分を前提に私とお付き合いして頂けないでしょうか。」
「私でよければ喜んで。」
彼女との日々は光速にいつか到達しうると思えるほどにあっという間に過ぎ去っていった。一ヶ月間の下校はお世辞にも会話が盛り上がったとは評価できないけれど、不思議と間が開きつつの会話は心地よかった。
いや、同じ空間に入れるだけで心地よかったのかもしれない。彼女に迫る不審者の噂は瞬く間に校内に広まり、私は毎日のごとく命を狙われる羽目となったが、この代償と引き換えに彼女を二次元に送ることが叶うと思えば安いものだ。
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一ヶ月記念の日、私は彼女に聞いた。
「恵美を二次元にしても良いかい?」
「貴方がそうしたいなら受け入れるわ。」
一ヶ月でだいぶ信頼関係を築けたと我ながらに自負していたが、実際にもそうであったようだ。心が通い合うのは人間が愛を求める際の一種の到達点だといえる。
「じゃあいくよ。」
俺は計算を始めた。大丈夫、今日この日のためにドリルはヨレヨレになるまで繰り返し解いてきたじゃないか。これでやっと彼女も二次元の世界に...
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くそっ、なんてこった失敗しちまった。次元を落としすぎた。一次元の世界まで落としてしまった。こんなんじゃ誰なのかすら認識できん。積分は練習してきてないぞ。このままだと一ヶ月の間の全てが無駄になってしまう。
そして何よりも彼女と一緒に在れない。
考えろ、考えるんだ。彼女と──
「あっなんだ。」
当初の目的とは違うが、既に今は彼女と共にいるのが最優先事項である。私は一ヶ月間過ごした日々を思い返し、彼女が二次元だとか三次元だとかは関係ないことに、本当に今更ながらこの瞬間に気付かされた。
そうさ、一つになればいいじゃないか。
私は計算を始める。
まずは高さが消滅し、ついで私の描写を可能にしていた縦と横が消滅し──
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