I.人の振り見て我が振り直せ
処罰も決まって、これでやっと平和な日常が、やってくる…?
「…もう、紗明良は。自分の恋愛には、急に鈍くなるんだもの…」
部屋の空中にプカプカ浮かんで、ブツブツ独り言を宣った、朱里さん。言いたいことが山ほどあるので、懸命に心の中で念じてみたが、やっぱりダメみたい……
…彼是1時間近くずっとこの調子で、さっきから五月蠅すぎよっ!…私の悪口らしき内容を愚痴っていると、気付いているからね。テスト勉強をしてる最中なんだから、ちょっとは静かにして!!
私の心の声はもう、聞こえなくなったんだっけ…と、私は頭を抱えた。声の音量を抑えてはいるけれど、何やら私に不満があるのは、私にも分かっている。彼女が私の心に話しかけるのも、緊急時以外ではできなくなった。彼女の声は私達の声とは全く別物で、空気の振動を利用し義声を作る。彼女が移動できる範囲内であれば、他の人にも聞こえてしまう。
但し、彼女の姿が見えなければ、声も聞こえないようだが。態と声を出し、邪魔をする気はないだろう。無意識だから余計に、寧ろ質が悪い。普段は気にならない程度でも、生身の人間のこそこそ話より、小声と言うのが更に…不気味。ブツブツと独り言を言う幽霊の言葉を、一度耳にしたら…集中できないよ!
「…もう!…テスト勉強中だよ。朱里さん、五月蠅すぎっ!」
私の集中力が欠けたのも、原因の1つだろう。朱里さんの声は、私の脳内で地味に響くのだ。生身の人間のこそこそ話以上に、私がどれほど集中したとしても、自然と頭の中に入ってくる。彼女が何と小言を言ったのか、私が明確に把握できなかろうと、脳の奥まで染み渡るよう浸透した。
これは…私と朱里さんも、どうにもできない。私の背後霊である限り。暫く我慢したが、遂に私は我慢の限界に達した。はっきり聞こえない小言を、耳を塞いでも脳内で長々と響いていたら、誰でも限界になるはず。地味に響いて、辛い……
「…うん?…私の声、聞こえてた?…退屈でつい油断しちゃった…」
「…分かってくれたら、いいわ。朱里さんの声は、地味に脳内に響くから…」
「…あははっ!…ごめん、ごめん。私も経験済みだけど、脳内で響く感覚はキモいよね。今後はもっと気を付けるから、紗明良…許して?」
やっぱり、無意識だったか。つい油断するほど、今の生活に慣れたのね。笑いながら謝って、許して…と懇願されても、全然説得力がなさすぎる。それでも、私は…許してしまうのだけど。
「…ん?…もう、こんな時間なのね。紗明良も少しは、休憩しなさいよ。」
「…あ、本当だ。ちょっとだけ、休憩しようかな…?」
おやつの時間まで、あと少し。私は部屋を出て、居間兼台所に行く。お菓子と飲み物をお盆に載せ、自分の部屋に運んだ。自宅内の移動ぐらいなら、朱里さんと離れても何ら問題もなく。敢えて彼女も、付いて来ないし。幽霊は何も食べれないが、食べる必要もないらしい。
「…あれからもう、1ヵ月も経ったのね…」
「…ん、そうみたい。人間の月日が経つのは、早いわね…」
朱里さんは私に同意しつつ、他人事のように告げた。人間の感覚を全て失った幽霊には、味覚・臭覚・視覚・触覚・聴覚などは、一切感じられない。人間のように眠ることもないので、夢を見ないのかと思っていたら、起きているか眠っているか夢か現実かも、その違いが判断できなくなる時も、あるそうだ。
夢のように見るのは、幻想や妄想なのか。唯一人間だった頃の喜怒哀楽を、覚えているらしく。朱里さんの表情は私以上に、表情豊かだと言えそうだ。
全校生徒が登校したあの日から、1ヵ月ほど経過した。明日から自宅待機と言われた生徒は、既に自宅待機処分を受けていた。あの日、加害者側の生徒達は誰も登校していない、と後日判明した。先に処罰受けたら、登校しないのは当然で。
彼らに関しては反省していると、テスト期間の終了後に解除されるものの、残念ながら今回はテストが受けられない。早い話が0点。今回のテストが全教科0点は、進級に響くかも。首謀者とされる尾上さんは、正式に退学が決まった。被害妄想があまりに酷く、反省も全く見られない。他人の所為にして改善の余地なし、と判断されたと聞いている。
「何でお前が此処に、いるんだよ!…お前が余計な話をしなければ、彼女も嫌な思いをしなかった…」
「面白がって…というのもあるが、李遠がきちんと説明するかを、見届けにきたのさ。肝心な話を伝えない、前例つきだからな。」
「……うっ……それは、無暗に傷つけたくなかった。それに…知られたくなかったし…」
「…ふうん。それより、最近は下の名前で呼ぶほど、一気に親しくなったみたいだな?…もしかして俺が、その切っ掛けを作ったとか…?」
授業が全て終わった後に、空き教室で話があるからと、私は高峰君から呼び出されていた。他の生徒が帰るのを見計らい、漸く空き教室に来たらこの有様で。
…やっぱり2人は、仲良しなんだね?
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「遅くなってごめんなさい。中々教室から出られなくて…」
「「……!?………」」
私は教室の戸を開け、間を入れず謝罪した。機嫌を損ねた顔の高峰君が、しまったという複雑な顔つきで、私を見る。五十三君も意味深に微笑んだ。はて、どうしたのだろう。
「…いや、それほど遅くないぞ。そうだろ、李遠?」
「……ああ、紗明良さんは悪くない。謝らなくていいんだよ。」
何となく間の悪さを感じ、3人して黙り込む。最初に沈黙を破ったのは、五十三君である。私は若干の違和感を感じつつ、男子同士の秘密の話の最中に、邪魔して悪いなあ…と思っていた。決して、BLを想像したわけではなく。
「…本当に下の名前で、呼んでいるのか。やっぱり俺のお陰か?」
「…う~~~。流礼に言われると、何となく腹が立つ!」
五十三君が自慢げに言うと、高峰君は友人をキッと睨む。揶揄われるのを嫌がっているものの、険悪な雰囲気ではなかった。五十三君は高峰君を煽るように、ニヤっと笑み余裕を見せる。
高峰君が下の名前で呼ぶ、その相手は…もしかして私?…最近気付いたら、下の名で呼ばれていたけれど、素知らぬふりして私は今まで同様、苗字で呼ぶことにしてている。否定した方がいいかと思うも、余計に誤解される気もしてきて、私は口を挟まないことにした。
「親友だけど悪友でもある」という、高峰君の言葉が脳内でふと浮かぶ。今の2人の姿を見せられたら、その意味も分かるような…。心が通じ合うからこそ、悪友なんて冗談が言えるのね…?
「…くくっ。李遠は見た目よりずっと、素直すぎて不器用だよな。余計なお節介だと思いながらも、親友としては見てるだけで、ハラハラするんだぞ。」
「…はあ?…何を言うのかと思えば。本来なら僕は、お前の先輩だからな。」
「…あははっ。そうやってすぐ強がる癖、直せよ。嫌われるぞ…?」
「…っ?!…彼女は違う!…放っといてくれ。」
高峰君と五十三君の会話で、高峰君が私達より年上だと、思い出す。本当は1学年上の先輩なのだが、家庭の事情で私達と同学年になった、と聞いている。普段から彼はそんな素振りを一切見せなくて、私はすっかり忘れていたようだ。
…あれ?…そう言えば、私は誰に聞いたっけ?…何時から知ってる?…好華ちゃん達から聞いた時、既に知っていたような…。私、何かとても大事なことを、忘れているんじゃないかな…?
「…お~い、神代さん…?」
ふと疑問に思い、私は考え込んでしまった。突然五十三君に呼ばれ、現実に戻ってきたみたい。男子2人と正面から、バチっと目が合った。私は慌てて、彼らから視線を逸らした。
「神代さんは俺達の話に、全く興味ないようだ…」
五十三君の言い方に、ちょっと引っかかる。話を聞かない私に、嫌味を言っているのかと思ったが、如何やら…違うらしい。それに、私が2人の会話を聞いて、どうしろと言うのよ……
私の心の声でも読んだかのように、五十三君はやれやれという仕草で、溜息を吐いていた。高峰君も何故か、苦笑気味だ。私は全く意味が分からず、眉を思い切り顰めていたようで。
「…まだまだ、道は遠そうだぞ。李遠、頑張れ…」
「…………」
五十三君も苦笑気味に、親友の肩を手でポンポンと叩き、親友を励ます。何を思って励まそうとしたかは、良く分からないけれど。高峰君は暗い顔のまま、コクンと頷いて。この重い空気は、どうしたことか。何となく無言で責められる、気もしてくるのは…どうして?
「…さて。今から話す内容は、神代さんも知っておく権利がある。例の一件なのだが、主導者は尾上さんだ。今も自分は被害者だと、言い張っている。他ならぬ、被害者の君が自分を陥れた、と…」
「……はいっ?!…私が、彼女を陥れた…?」
「…おい、流礼!…もっとオブラートに包んで、言えよ!」
五十三君から聞かされた、衝撃の事実。彼女が高峰君を好きだと、先日まで全く知らないでいた。彼女の恋路を邪魔するどころか、彼女と話したこともなかったというのに。何もしていない相手に、ここまで…するの?…ちょっと酷すぎなんじゃないのかと、怒りが沸々と沸いてくる。
明らかに焦ったように、高峰君が五十三君を責める。「貴方の所為よ!」と、彼女が面と向かって言えば、私も傷付いていただろう。だけど、これだけは…胸を張って、ハッキリ言える。私は何もしていない、嘘ばかり吐かないで、と…。
「彼女の逆恨みだというのは、教師達も理解している。彼女が恨むのはお門違いなのさ。今まで自分は、李遠と関わる女子を全員、排除しておきながら。李遠に自分の想いを押し付けたくせに、李遠が他の女子に惹かれた途端、相手の女子を目の敵にして貶めようとした。李遠との関係を、全て自分の手で壊したんだ…」
五十三君は忌々し気に、彼女を厳しく非難した。『人の振り見て我が振り直せ』と言うならば、彼女のような傲慢にならない、という戒めにも思えた。
「だから、因果応報さ。」
全校生徒登校から、暫く経過した頃です。未来でもテスト期間が始まり、真面目な紗明良はお勉強でした。最近は、紗明良の本音も聞こえなくなって、朱里さんも退屈しているのかな。何方かと言うと、寂しいのかも……
主犯の女子は当然の処罰で、他の女子は軽そうで厳しい罰に、なりました。1回分のテスト全教科が0点だと、挽回するまでに相当の努力が必要かな。甘い言葉で誘惑されたとはいえ、結果的に自分が受け入れた以上、その対価は高くついてしまったと、今後は地道に努力してほしい。
もう少し話が進んだら、高峰君の過去にも触れていきたい、と思います。これで主人公も、一皮むけるといいなあ……




