44
「え?! そんな……」
「ふえッ、ふぐッ…… あ、あたしもいきなりでッ、せっかく、せっかく友達も出来て宮下君の家族にも良くさせてもらって。 うわああああんッ」
「鈴音ちゃん……」
それは賄さんがうちに来て2回目の夏休みが目前に迫っていた7月15日の週末のことだった。
賄さんの両親から連絡が来て賄さんは両親の転任先に行かなければならない、つまり賄さんは外国に引っ越さなきゃいけないということだ。
2年間という期間の筈だったが実は約半年前くらいからそうなることになってしまっていたのだが賄さんと両親が連絡を取っていた時あまりにも賄さんが今の暮らしが充実していたように感じて言い出せなかったんだとか。
そしてつい先程賄さんが両親と連絡を取ってこの状況。
ちょっと前まで学校で夏休みみんなで遊ぼうねとか言ってたばかりなのに。 賄さんにとって夏休みにそういう風に友達と俺や優も踏まえてみんなで堂々と遊ぶっていうのは初めてのことで本当に楽しみにしていたのに。
◇◇◇
「あたし今までこんなに夏休みが待ち遠しいなって思ったことない。 宮下君が居てしーちゃんやゆかり、原田君も……」
「嬉しそうだね賄さん」
「うん! 凄く嬉しい」
◇◇◇
そう俺の部屋で脚を小さくバタバタさせて喜んでいたのにこんなのあんまりだ。
うちの親も励ましたり慰めたりしていたけど最初にここに来たみたいに賄さんは大泣きしていた。
俺はその間賄さんが居なくなってしまうというショックで何も言えなかった。
ポッカリ心に穴が空いた? 喪失感? なんて言えばいいんだろう、俺はただ茫然と賄さんが泣いている姿を見ているだけ。
何も言ってあげられない、俺は賄さんと過ごした2年で賄さんが例えこの家から居なくなってしまっても会いに行ける距離。 だからこの家から賄さんの家に帰ってしまうのは寂しくなるけど大丈夫だ、そう思っていた。
うちの家族と話してその日の夜風呂から上がり髪も乾かさず部屋で1人でボーッとしていた。
「宮下君あたし」
少し掠れた声の賄さんがドア越しから聴こえた、そして俺の部屋に入ってくる。
「賄さん……」
「あたしどうしたらいいの?」
俺の顔を見ると賄さんの目からボロボロと大粒の涙が流れる。
「どうしたら…… 俺もわかんない」
「ッ! 宮下君ッ!」
俺が言うと賄さんは俺の肩にしがみついて啜り泣く、そんな賄さんを見てると俺も目頭が熱くなって涙が流れる。
「あたし行きたくないッ! 行きたくないよぉッ!!」
行かないという選択肢もあるのだろうか? けどそれはあまりに無責任だ…… 俺だって行ってほしくない、けどそれは賄さんを養っているわけじゃない俺が言えるセリフじゃない。 実際に負担を掛けるのは賄さんの親とうちの親、俺は養ってもらってる身で俺がどうこうなんて言えるわけないのに。 頭ではそうわかってるのに、けど……
「俺だって行ってほしくない、行ってほしくないに決まってるじゃないか!」
「だったら…… あたしずっとここに居たい、パパとママにだって会いたい、けどあたし…… あたし宮下君のことが好きなのッ」
「えッ…… !?」
賄さんから言われた言葉…… 俺のことが好きだって?! だって賄さん好きな人居るって。
それはもしかして俺のことだった? ならなんでわざわざ俺の前で好きな人居るなんて。
あ…… 俺がそう言ったから賄さんも当てつけに俺に敢えてそんなことを?? 思えば賄さんの性格だ、そう言ってきても不思議じゃなかったのになんで気付かなかったんだ!
「あたし…… 宮下君のこと好きなの、ずっと前から」
賄さんは涙でぐしゃぐしゃになった顔で震える声を絞り出して言った。
「あはは…… 言えた、怖くて今までずっと言えなかったのに」
同じだ、俺も怖くてずっと言えなかった。 今まで気付かなかったとかじゃない、俺も怖かったんだ。 だって賄さんは初めて大切に…… ちゃんと大切にしたいって思えるほど好きになった人だから。
「お、俺…… 」
俺は、俺は何を? 好きって言えばいいだろ! 好きって言えば……
「宮下君?」
言えない、言っちゃえば賄さんはきっと今よりもっと行きたくなくなる。 俺は口先だけで何も出来ないくせに。 好きだから行くななんて俺みたいなガキが言ったところで……
「あ…… りがとう賄さん」
「ッッ!! うあ…… ひっく、宮下君!」
俺のそんな答えを聞いた賄さんは更に顔を歪めて俺の服をグシャッと掴んで揺さぶる。
張り裂けそうだ、消えてしまいたい。 そう思っていると強く肩を押されて俺は押し倒された、床に頭がゴンとぶつかった瞬間……
俺は賄さんにキスをされていた。
いつかのデジャヴのようだった、だが違うのは賄さん自身がしてきたということ。
こんなことしたら余計辛くなる、そう思っていたんだけど引き離すことも出来なかった。 好きな人からされたキスにダメだよなんて言えるわけない、やっぱり俺は口だけだ。
唇が離れると賄さんの顔が近いまま涙が俺の顔に落ちた。
「宮下君好き、好きッ」
賄さんは俺の頭をギュッと抱きしめて泣き縋り俺はそんな賄さんを何も言わず賄さんの身体に手を回して背中を撫でるくらいしか出来なかった。




