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「ねえ宮下君」
「何賄さん?」
「目線が同じになった。 どれだけ伸びるの?」
「なんか信じらんないね」
もう来週は夏休みだ、今日は休日でもう少しで賄さんが家に来てから1年経つ。 寝起きの朝、洗面所で賄さんと一緒になると手招きされて鏡の前に肩をくっ付けて立たされる。
鏡を見て賄さんは「ほーッ」とちょっと驚いた顔をして俺を見ていた。
「賄さんが最初来た時デカいって思ったのに」
「あたしは宮下君ちっちゃいって思ったのに」
俺の言ったことにムスッとして答えた。
「でもビックリだね、あたしより絶対大きくなるよこれ」
「あらあら、相変わらず仲良しね2人とも」
母さんがそう言って通り過ぎていくと賄さんはパッと俺から離れた。
このクソババア! と以前の俺なら思ったけどもはや「あっそ」という感じだ。
というか俺歯を磨きたいんだけど賄さんはいつまでそこでモジモジしてるんだろう?
「賄さんちょっといい?」
「な、何が!?」
そんな大きなリアクションしなくても…… と思ったが賄さんが少し照れてる様子でそれが非常に可愛らしくてこっちもなんか照れる。
洗面台使いたいからどいてくれないかな? と言えば済むのだが両腕を賄さんにガシッと掴まれた。
「もう姉弟には見られないよね?」
「え?」
顔の位置が同じだから賄さんの顔が見上げなくてもよく見える。 なんだこの状況? これ俺が賄さんの腕を握り返してもいいのか? こんなうちの家族が今にも通る洗面所で?? ちょっと近付けばキスだ……
「ま、賄さん!」
「ふあッ!」
俺は賄さんに両腕を掴まれたまま俺も賄さんの腕を握った。
細い、そして柔らかい……
「宮下…… 君」
俺の顔が無意識に賄さんに近づいて行く。
ていうかなんだ? 賄さんが目を閉じてる、これってキスしてってこと? いいのか!? しかもこんなところで。 でもこんなチャンスあるのか? あ、まだ歯も磨いてない、つーかそんな白けるようなこと考えるな! キスしよう、してしまえ!
俺は意を決した。
!!! 待てよ? これって浮気では?? 俺が好きな人は賄さんだから浮気じゃない。 でも賄さんはどうだ? 好きな人居るんだろ、なんで俺とキスをする? 賄さんは尻軽だったのか??
そもそも賄さんの好きな人って誰だ? 賄さんって他の男子と親しかったか? そもそも同中か? 別の学校の奴とか? ダメだ、考えるのはよせ。 キスを前に余計な邪念は捨て去れ!
賄さんの唇に触れそうなその時、洗面所の隣のトイレがガチャッと開いた。
「「うわぁッ!!」」
「ふいー。 ん? 2人して何してんだこんなとこで?」
父さんトイレ入ってたのかよ!!
「な、なんでも! 賄さん、俺歯磨きたいからそこどいてくれない?」
「うんッ」
賄さんはダッシュで階段を登っていった。
「鈴音ちゃんの大きな声聞くの初めてここに来て泣いてた時以来だな、はははッ!」
はははッ! じゃねぇし! せっかく賄さんとキス出来たかもしれないのに。
それから午前中は賄さんは部屋から出てこなかった。 冷静になってさっきのことを思い返したのだろうか? そして自分の行いに恥じて俺の顔を見たくなくなったとか。
そうなると流れに任せてしまった俺は一時の感情の間違いを改めてくれない単なるすけべ野郎に思われてしまったんじゃないか?
うーん、でも賄さんがあんな風に受け入れてくれるなら乗らない男もいないんじゃないか……
「じゃあ留守番お願いね」
「ああ」
「帰り遅くなりそうだったら早めに連絡するから2人でご飯食べててちょうだい。 よろしくね鈴音ちゃん」
「はい」
うちの親が出掛けるので賄さんも部屋から出て来た。 なんかちょっとムスッとしてるような気がする。
「賄さん、さっきはその…… 気の迷いで」
「気の迷いだったの?」
すげぇ冷たい口調……
「怒ってる?」
「怒ってない」
「わ、わかった」
また負のスパイラルに陥るとこだった。
「そうだ、ケーキあるんだけど食べる?」
「いらない」
「…… そう」
久しぶりのこの突き放してくる感じ、ちょっと懐かしいけど。
「それ洗っとくよ」
「あたし洗う」
賄さんは出掛ける前うちの親と俺達が飲んだコーヒーのマグカップを洗おうとしたがそれも拒否。 だがこのままだといけないと思った俺は一緒に洗おうとしたが……
「いいよ」
「ううん、手伝う。 あッ!」
ピキンと足首が痛み捻って転びそうになった。 反射的に賄さんの手が伸びて俺の腕を掴んだ。 だが賄さんは小さかった頃の俺を想定していたのか洗剤が付いていたので支えきれなかったのか俺の体重を支えきれずに前につんのめった。
「ッ!!」
尻餅をついて賄さんが覆い被さり倒れる瞬間自分の唇にムニュッと柔らかい感触がした、一瞬だけど賄さんの唇が触れた。 それで思い切り壁に頭をぶつけた。
「いでッ!」
めっちゃ痛い!! と思うと同時に今俺キスしたんじゃないか!? と頭を堪えて俺の胸あたりに顔を埋めていた賄さんの様子を見た。
「だ、大丈夫?」
そんな不意にキスをしてしまったのに大丈夫? なんて大丈夫か?? でも事故だよ今のは……
「…… 」
賄さんは俺の胸に顔を埋めたまま返事はしないで頭だけ動かした。 体を起こそうとしたけど賄さんが動こうとしない。
あ!! しまった、賄さんは好きな人が居るのに俺がしてしまってどうするんだ!? けど事故だしノーカン、ノーカンだ!
「賄さん!」
「ダ、ダメッ!」
慌てて賄さんを起こすと洗剤が付いてるのに手で自分の顔を覆って俺から急いで離れた。
「賄さんが好きな人居るってわかってるから、それに今のは事故だし。 い、一瞬だし……」
「ううッ、ひぐッ」
泣き出してしまった。
バカか俺は? 一瞬とかそんなの言い訳にもならないだろ! てかこれ…… 修復不可能か?
それに俺だって泣きたい気分だ、やっぱり好きな人が居るんだ賄さんは。 ひょっとしたら、もしかしたら賄さんの好意は俺に向いているんじゃないかと勘違いしていた自分をぶん殴りたい。
「目…… 目が痛い、うぐッ、洗剤入った」
「え? そっち??」
その後顔を洗った賄さんは……
「こっちにきて宮下君」
賄さんがソファに座って空いてる方に指をトントンとつつく。
こ、これはさっきのことを問責される流れ…… 一種の事故とはいえやっちまったんだ。
俺が座ると賄さんが口を開いた。
「宮下君」
「はい」
「あれって…… キス?」
「かもしれない…… でも、ううん、キスだね」
下手に言い訳しないでもう認めてしまうしかない、もともと原因を作ってしまったのは俺だし。
「ごめん賄さんッ!」
頭を下げると頭を打った辺りを撫でられたので顔を上げようとしたら賄さんの手に力が入り頭を上げさせてくれない。
額を擦り付けて謝れということなのか!?
「そっか…… そっかぁ」
賄さんは呟くとしばらく俺の頭を撫でて部屋に戻っていってしまった。




