08 閉塞的監視型村社会における問題点とその解決策
「おや、ここにいましたか」とシドーが扉を開けた。
妙に落ち込んでしまった勇者を尻目にそちらを見ると、すこし疲れた様子であった。
「ちょっとまずい事になりまして……来ていただけますか。エルドラ様、ユウリ様?」
まずい事が何かは分からないが、「嫌だ」と思った。
そもそも、こいつらはわたしの目的を知らないだろう。スローライフだ。のんびり一人で暮らしたいんだ。
治療を施してくれたシドーやユウリに一片の感謝もないと言えば嘘になるが、こちらから頼んだわけでもない。
もう既に居心地の悪さは復活している。シドーと目を合わさないように、前髪で視線を遮った。
「行くわけないだろ。わたしは急いでるんだ。もう村を出る。世話になったな」
立ち上がり、シドーの横を通り抜けようとする。
「ああっ! 申し訳ありません。そういう訳にはいかないのです……――ユウリ様、お願いします」
ぎゅっ、と背後から腕を回される。勇者が足音もなく忍び寄ってきていて、ユウリのあごがわたしの頭頂部に乗っかる。
「なんか、今は村出たらダメらしいよー。おとなしく連行されるのだー」
頭上からの宣告。明るさを取り戻したユウリの朗らかな声。
とりあえず、ここからの脱出は困難を極めるようで、ひとまずお縄につくことにした。
◆
「そういえば、他の連中はどこに行ったんだ?」
ユウリに抱かれながら村を歩く。その途中で違和感がよぎる。
思い返せばユウリから逃げようと外に飛び出した時も、人っ子一人見当たらなかった。
横のシドーがその疑問に答える。
「ええ、今はみんな集会所にあつまっています。私たちの目的地もそこですよ」
へえ、嫌だな。人が集まる場所に行きたくない。
そう思っても歩みは止まらない。診療所から少し歩いて、すぐに集会所に到達する。
村人全員が収容されていると言われても納得できる大きさ。点在するエルフの民家が、五個か六個並んだ程度の幅がある。
内部では活発な議論が行われているようで、口論にも似た喧騒が漏れていた。
シドーが扉を開き、中に侵入する。それに続く。
入り口は直に会議室に繋がっていて、巨大な長机を挟んでエルフたちが意見を交わしているのが視界に映った。
「――お姉ちゃんは悪い人じゃないよっ。私を助けてくれたんだよ?!」
「魔族だぞ? 心底で何を企んでいるか分かったものじゃない。即刻追放するべきだ!」
「いや、そんな事をして恨みを買ったらどうする……村の位置はバレてるんだ。報復に来るに決まっている! 処刑すべきだろう!」
「でもっ、彼女はモニカを救った英雄だぞ?! その英雄に無礼を働いて……ご先祖に顔向けできるのか?!」
混乱。混迷。混沌。そんな様子だ。
『英雄』『魔族』『お姉ちゃん』――それらの聞き取れた単語から、解答を導き出す。
議題は、わたしの処遇についてだった。
そこで村人たちがわたしの存在に気づき、一斉に視線が突き刺さる。
八十か九十か、それくらいの数だ。少しばかり怯んでしまう。
「みなさん、お待たせしました。エルドラ様とユウリ様をお呼びしましたので、どうか冷静に、冷静になさってください!」
シドーの呼びかけに対する反応は様々で――と言っても好意的なものは少なく――短く悲鳴を上げたり、こちらを睨んだり、ひどく居心地が悪い。
それに、何で魔族だとバレた? わたしの外見は人間とそう変わらない。精密な検査でも行わなければそれが発覚することはないはず。
だが心当たりがあった。
未だにわたしを優しく拘束する背後の女――ユウリを見上げるように振り返り、思い切り睨みつける。
「……おい。わたしが魔族だと、お前が告げ口しただろ」
露骨に目をそらす。こっちを見ろ。
こいつは、わたしの正体を知っている。戦ったことがあるからだ。
もしかすると、四天王であることまで喋ったかもしれない。
「だ、だって、私の顔見て急に気絶しちゃうんだもん。『エルドラ様に何をした!』ってすごく怒られて……多分、前に私が怖がらせちゃったのが原因だなーって、それから、流れで全部言っちゃって……」
最悪な女だな、本当に。口軽最悪女だ。
「お姉ちゃんっ!」
子供が駆け寄ってくる。モニカだった。
頭突きじみた体当たりを喰らい「ぐふっ」と悲鳴を漏らす。
モニカはそのままわたしに抱き着き、泣き始めてしまった。
「――ごめん、お姉ちゃん、ごめんなさい……! 恩人なのに、みんな『魔族は悪い奴しかいない』って言って聞かなくって……!」
全く、いい迷惑だ。疫病神かお前。
あと前後から抱き着くのをやめろ。暑苦しい。
ああ、まずい、本当に。ひどくまずい事になった。処刑なんて剣呑な言葉も飛び出す始末。このままでは本当に殺されてしまう。
わたしも、ただで死ぬつもりはない。エルフの群れなんぞ魔力が戻ったわたしなら容易に蹴散らせる。
だが、今は無理だ。
背後に控える抑止力。勇者相手に暴れようものなら、ものの五秒であの世行きだ。
脳が高速で回転する。状況を打開する策――何でもいい、死ななければ、何でも。
もうスローライフどころではない。命を懸けた闘争である。
「――私から、提案があります」
シドーが言う。いつもの調子を保った声だ。
「みなさん知っての通り、旅人のユウリ様は転移勇者です。魔族に対して強力な特攻を持っています」
みなさん知っての通りだったのか。本当に、口が軽い女だ。「いや~」と照れたような、嬉しそうな声を上げる。ひっぱたくぞ。
「エルドラ様を追放すると、仕返しが怖い。かと言って、処刑は恩人に対してあまりにも失敬……なら、私たちとユウリ様で、エルドラ様を監視するというのはいかがでしょうか?」
何を言っているのか、こいつは。わたしはそんなの嫌だ。それに、わたしが暴れたらどうするつもりだ。
「何を言っているシドー! そいつが暴れたらどうするつもりだ!」
誰かが叫んだ。全く、同意見である。
「――ユウリ様。それはできないと、証明できますか?」
「ええ~? うん、まあ」
わたしを抜きにして勝手に話が進む。
「それでは、みなさん外にお集まりください……エルドラ様に、ユウリ様と戦っていただいて」
「――ヤだあああああ――っ!!」
絶叫が轟く。もちろん、わたしのものだ。
「大丈夫だよ、エルドラちゃ――エルドラ。手加減するし、絶対に殺さないって約束したじゃん」
「しっ信用できるか!」
わたしの意見は通らない。無理やり勇者に外まで引きずられる。
宴の会場になっていた広場。そこに全員が集められる。ようやく勇者の拘束から解放される。
ユウリが軽やかな足取りでわたしから離れ、楽しげに言った。
「よしっ。それじゃあ、遠慮なくかかってきなさい!」
遠巻きにエルフに囲まれている。――だが、これはチャンスでもある。
ここで勇者を始末できれば、あとは簡単。村から抜け出して、さっさとスローライフが始められる。
だから、全力で挑む。
「……後悔するなよ、ユウリ! わたしの本気っ、見せてやる!」
出し惜しみは無しだ。保有する魔力の九割五部、それだけを大地に練りこんだ。
「【軋め義骸。廻れ歯車。木偶に命を】ッ! ――出でよ、『エルドラーンMkⅡ』ッ!」
大地を割って現出するは、愛しのエルドラーン。その生まれ変わった姿だ。
燃費度外視の短期決戦型。より強固で、俊敏。そのような構造になっている。
初代の機動兵器エルドラーンより、刺々しく、荒々しい、超絶イカす形状。
残る魔力で操縦できる時間は、恐らく五分程――それまでに決着をつける。
「エルドラーンMkⅡ……」
ユウリが呆けたように、岩石の巨人を見上げる。背中の搭乗口から内部へ乗り込み、勇者を見下ろす。
『ははは! どうした、ユウリ! 怖気づいたかっ!』
剣すら構えずに立ち尽くすユウリに、戦意というものを感じない。もしか、恐怖を抱いているのかもしれなかった。
と思ったのだが
「……ぷ、あっはははは! え、『エルドラーン』って、自分の名前付けてるのっ? し、しかも『マークツー』……ハははははっ!」
みるみるうちに顔に熱がこもる。
わたしのゴーレムを馬鹿にしたな。絶対に許さん。
もはや語る言葉もない。
一歩を踏み出す。重厚で強靭な巨人が動き出す。
それだけで大地にひびが入り、突風が巻き起こる。
だが、その一歩で終わりだ。
二度。二度だけだ。わたしが辛うじて目視できた銀閃は、それだけだった。
踏み込んだ足が無くなっている。あと右腕も。
それから、エルドラーンの胸部――操縦席の部分、そこが器用にくり抜かれるように斬撃が奔った。
それで、敗北。
ユウリが斬撃ついでにわたしを抱え、貫通するように突き抜ける。
巨人が力なく倒れるのが見えた。
ああ、我が愛しのエルドラーンMkⅡ。享年十秒。
わたしを抱えたまま、着地。既視感。
周囲のエルフの息を呑む音が聞こえた。
「――これで、分かりましたか、皆さん? ユウリ様は強い。彼女がいれば、エルドラ様も悪事なんて働けないでしょう」
シドー。マジでイカれてる。
「それでは、方針は決まりましたね。エルドラ様とユウリ様はこの村で一緒に暮らしてみてください。では、解散!」
「問題が片付いたー」みたいな良い表情で、そう言う。
追放、処刑派のエルフたちもユウリの規格外な強さを見た後には、なにも文句は言えないようであった。
ぞろぞろと、納得できたのかできていないのか、そのような顔でそれぞれ帰路につく。
「――だってさ。これからよろしくね、エルドラ!」
心底から嬉しそうに、わたしを抱えたまま勇者がそう言った。
スローライフとは程遠い、軟禁生活の足音が聞こえる。
死ね、と思った。