04 悪魔的
「ぐすん……すみません、取り乱しました」
依然、泣きはらした面を晒しながらロベルタはそう言った。ついでに我が家の茶菓子をまた一つつまんでポリポリと小気味いい音をたてながら咀嚼した。同情する気も失せてしまう。
「落ち着いた?」
「はい……何から何まで、ありがとうございます」
ユウリは献身的に、情けない泣きっ面をハンカチでそっと拭った……こう、なにも妬んでいるような訳ではないが、ユウリには嫁としての自覚が足りていない部分があった。特にこういうどこの馬の骨とも知れないような奴に、容易に触れるべきではない。たとえ子どもであってもだ。
「……で、結局お前は何しに来たんだよ」
苛立ちを隠さず、指でこつこつと机を叩きながら言う。机を挟んで座るロベルタは若干姿勢を正した。尋問めいた構図だ。
ロベルタはこほんと一度だけ咳払いをしてから、静かに語り始めた。
「世に名高い"湖の賢者"様は不滅の身体を持っていた、というのはご存じですね」
「知らん」
「……と、とにかく、彼女の伝説は世界各地に残っています。首をはねられようと、竜に半身をかじられようと、その命が尽きることはなかった、と」
それが事実であれば、化物そのものである。
わたしが暮らしていた魔族領は大陸最南端であり、現在暮らすこの地は魔族領と人族領のちょうど中間、緩衝地帯に位置する。賢者が大陸各地で何をしていたか、この辺境までは伝わっていないようだった。ここが賢者の最期の地であるようだが、わたしが知っていることといえば、ろくでもない呪具ばかりを遺して逝ったはた迷惑な輩だ、ということだけだ。
「私は、不老長寿の秘法を求めてここまでやって来ました。あらゆる分野――秘されし魔術、呪い、薬、様々な方面で不老不死探っていましたが……すべてが空振りに終わりました。数多の伝説が残る賢者様こそ、最も有力な手掛かりだったのですが……」
「その賢者も、とっくの昔にくたばってた、ってことだな」
「……うぅ……ここに賢者様がいると訊いて、祖国――サリマ神聖皇国から、七日かけて辿り着いたというのに……」
サリマ神聖皇国。
ここより北、オーレリア王国よりも更に北方。大陸の最北端、魔族領のちょうど真反対に位置する国だ。
直接に訪れた経験はないが、"美"の分野に非常に優れ、多くの絵師や彫刻家、それから陶芸家といった芸術に秀でた人材を輩出する大陸有数の芸術国家と名高い。
美しい自然と、それに調和する建築。世界有数の観光名所である。がしかし、国境全体が高い山稜に囲まれた天然の要塞であり、そこへ至るまでの道のりの険しさから、幻の都とまで呼ばれている。そんな辺鄙な地から一週間で? と、その疑問を投げかける前に。
「ふ、不老不死になる方法を探してたっていうのは、どうしてなのかな?!」
再び泣きだしそうになるのを察知して、気を紛らわすためかユウリがすかさず疑問を投げかけた。気を遣うな。
「……私の、お婆ちゃんは……」
ロベルタはそこで言葉を区切り、次に口を開くまですこしの時間を要した。
「……もう長くはありません。……きっと、すぐにでも天に召されてしまうかもしれません。その前に、賢者様を招いて、不老不死の法を伝授していただこうと思っていましたが……ふふ、人生はそう甘くありませんね」
もう一粒だけ、ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。
「ロベルタちゃん……」
「いえ、仕方のないことなんです。結局は、それが自然の摂理ですしね」
「……わ、私にできることがあったら何でも言ってね! 力になるから!」
「ユウリ……! お、お前いい加減にしろよ」
情が移ったか、ユウリは力強くロベルタの手をぎゅっと両手で包んだ。
「ユウリさん……! ありがとうございます。そちらの背の小さい御方も」
「エルドラだ! 喧嘩売ってんのか?!」
コイツはわたしの逆鱗に触れるのが得意らしく、つい声を荒げてしまう。
エルドラ、と聞いたロベルタの眉がぴく、と跳ねた。
「珍しいですね、かの有名な魔王軍の四天王と、同じ名とは」
「……珍しくもないだろ。そもそも、魔王軍のエルドラはゴーレムだ」
「そうですね。失礼しました」
わたしは「失礼にも程があるな」と悪態をつきながら、心で冷や汗をかいていた。
(コイツ……妙に勘が鋭いな)
うっかり名乗ってしまったが、しかし事実としてエルドラという名前は別に珍しいものでもない。大陸に広く知られる"不滅のエルドラ"の姿はゴーレムであり、わたしと結びつくはずもない。よって問題ない。
「う、うん。エルドラはぜんぜん元四天王とかじゃないし、たとえ魔族だったとしても、悪い魔族じゃないし、人類の敵とかじゃないよー」
ユウリが余計なことを言わなければ、なお完璧だった。机の下でユウリの足を蹴りつける。
「まあ、そうですね。魔族はもはや"排すべき外敵"ではなくなりましたからね」
ロベルタがぽつりと漏らした。その意味を問う直前に――
けたたましい咆哮が轟いた。
まさに轟き、と呼んでいい振動。
室内にあってもびりりと空気が揺れ、卓上ランプがカタカタと音を立てた。
「あっ! サリー!」
ロベルタが慌てた様子で椅子から立ちあがり、玄関まで駆けていく。
「お、おい!」
その背を追いかけて飛び出すと、開け放たれた玄関の扉の先には。
「サリー、大人しくしててって言ったでしょ!」
ギラギラと月光をうけて煌めく牙。
鋭角で獰猛で野性的な瞳。
杭のように大地に食い込む爪。
その腕と一体になった翼。
飛竜。
空を舞い、火を吹き、食物連鎖の上位に座する存在。
竜種であり、人に害為す獣であり、魔族である。
「なっ……?!」
「大丈夫です、サリーは人を襲いません」
ロベルタがそっと飛竜に手をかざすと、そいつは「ぐるるう」と喉を鳴らしながら首をたれた。鈴のついた首輪がちりんと音を鳴らした。
「……あり得ない」
「人に従う魔族が、ですか? 古い考えですね」
飛竜は凶暴な生物だ。同種以外の生命はすべて捕食対象であり、人になついた事例など聞いた試しがない。
「サリマ神聖皇国では、こうした魔族を従属させる試みは成功しています」
こちらの心の声を読んだように、ロベルタはそう言った。
「便利ですよ? サリーがいたから、私は一人でもサリマの山々を越えて、ここまでこれたのですから……まあ、躾がちゃんとできていないのはすみません」
背負った背嚢を下ろして、その中から取り出した一つの包みを翼竜の口にほうった。
よく見てみれば翼竜の背には天幕が備えられていて、その中に搭乗できるらしい仕組みになっていた。ロベルタは、サリーと呼ぶこの竜の背に乗ってここまでやって来たらしい。
「……ところで、ユウリさん。先程、力になってくれると仰っていましたよね?」
「……? う、うん」
ロベルタはこちらに向き直ると、深々と頭を下げた。
「私の……お婆ちゃんに会ってください。"湖の賢者"様として」
◆
ロベルタの吐いた言葉は突拍子も無いが、有無を言わせぬ気迫を伴っている。
「先も言った通り、私のお婆ちゃんはもう長くありません……私は祖母に「不老長寿の法を見つける」と伝えて発ちました。手土産も無しに帰ることなどできません。……どうか、一芝居打っていただけないかと」
「え、ええ? それってどういうこと……?」
「ユウリさんは、文献に残る"湖の賢者"様のお姿と酷似しています。お婆ちゃんも、伝説に聞く賢者様を慕っております。せめて、逝く前に一度だけでも顔を合わせたいとも」
「……それ、良くないよ。お婆ちゃんを騙すことになっちゃ――」
「いいぞ」
今度はわたしが口を挟む番だ。
「エルドラ?!」
「ユウリがその賢者様とやらのフリをして婆さんに会えばいいだけだろ? 引き受けてやってもいい」
「本当ですか!」
「ただし、条件がある」
それらの条件が呑めてようやく、ロベルタの要求を呑む価値が生まれる。
「ひとつ、ユウリだけじゃなくて、わたしも同行させること」
これは絶対に譲れない。ユウリだけが行ったのでは何の意味もない。
「ふたつ、お前の祖母とユウリが会う時間は……そうだな、長くても三十分程度だ」
それ程は時間を割いていられない。ただでさえ時間がないんだ。
「みっつ……ここからサリマまで一週間といったか? 四日で到着させろ。そうでないと引き受けない」
飛竜に乗ってここまで辿り着いた、というのは理解できた。
もっと急がせろ。来る日はすぐそこに迫っている。
「条件すべてを呑み込めるのであれば、お前と同行してサリマ神聖皇国まで行くのもやぶさかでもない」
芸術の国、なんだろう。
さぞ、新婚旅行に相応しい国なんだろう。
「それで、……どうする?」
ロベルタはぱちぱちとまばたきを繰り返してから頷いた。
降って湧いた災難を幸運に変えてやる。他人を騙くらかしてでもな。
我ながら悪魔的な発想だろう。




