03 不死身なあいつは死んでいる
「――なんて凶暴……なんて野蛮!! 賢者さまっ、コイツは一体何なんですか?!」
こっちのセリフだよ、誰だお前。
赤く腫らした頬を押さえながら、涙目でこちらを睨め付ける来訪者。
突如として現れたこいつは何者か。何が目的か。今はそんなことどうだっていい。
このガキ、わたしのユウリに触っ、抱っ…………シバく。
不逞の輩あるいは不貞の輩を相手にするときは、ひとまず暴力に訴えかけるのが吉だ。シバく。
「…………」
「ひえっ」
もう一度ひっぱたいてやろうと無言のまま近寄ると、こちらの尋常ならざる殺意を気取ったか、短い悲鳴をあげ、しかしもう遅い、これからたっぷり地獄を味わわせて「たっ、助けて賢者さま!!」「いや、だから誤解……!」
……窮地に立たされ床に這いつくばっていたそいつは飛び起きてユウリに助けを求め腕を絡めるように――絶対にシバく。
「一旦! とりあえず一旦落ち着こう、ね?」
「……フ――ッ……ユウリ、わたしは……わたしは冷静だ。そいつをこっちに渡せ。シバく」
「全然冷静じゃない……!」
今すぐにでも、地の果てまでこいつをぶっ飛ばしてやりたい気分だった。
「と、とにかく……えっと、どこの子かな? 迷子?」
「む……迷子ではありませんよ、賢者さま!! わたしはちゃんと、貴方さまにご用があり、馳せ参じました!!」
「ちょ、ちょっと、一個ずつ整理しよっか」
人の話まったくを聞かない。シドーなり、灼熱のグランなり、こういう手合いが本当に嫌いだ。
悪ガキを宥めるように、いやに優しい口調でユウリは語りかけた……そいつに、そんな配慮をする必要はないがな。
「まず私は、べつに賢者とかそういうのじゃなくて……」
「……? ……!? まさか!! そっちの、ちっこい方が賢者さまだって言うんですか?!」
「それも違くて……!」
マジでぶちのめしてやろうか。わたしと大して背丈も変わらないガキは、絶えずぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている。
結局、そいつが落ち着くまでに要した時間はそれなりにかかった。団欒のひとときを奪った代償は、必ず取り立ててやろうと思う。
「――すみません、取り乱してしまい……。私、ここより遥か北方、サリマ神聖皇国より参りました、ロベルタ・ロッゾと申します」
客間の机を挟んでわたしとユウリの対面に座る、ようやく対話する気になった修道服の女――ロベルタとかいう闖入者は、いまだに頬をさすりながら語り始めた。ついでに卓上の茶菓子も一つつまんだ。調子に乗るなよ。
「ようやく……ようやく辿り着いたのだと思うと感極まってしまって……ああ、幾星霜、この長い旅路は決して平坦な道程ではなく、数多の困難が襲い掛かる、つらく、果てしないものでした。しかしそれも主が賜った試練で――」
「いいから、かいつまんで話せ」
来たる記念日に備え、こちらは一分一秒さえ惜しかった。とっととこいつを追い払い完璧なプランを立案しなければならない。
不服そうに一つだけ咳払いを残し、ロベルタは続けた。
「ええと、まず……先程は失礼しました。『稀なる黒髪』『端正な顔立ち』それから僅かに現存する肖像……噂に聞く人物像が、その、そちらのユウリさんと似通っていたので、つい勘違いを……」
「ええ〜端正だってさ」
「はしゃぐなよ……!」
その端正だという顔をへにゃりと歪ませる。そも、周知である。
「……それで、似通ってるってのは、つまり」
「そう!! かの高名なアトゥ様に!!」
知らね。誰だよ。
疑問符が浮かぶも、しかしその名が示すところは。
「そのアトゥって奴は」
「はい、もちろん皆さんご存知、“湖の賢者”さまです!!」
いちいち食い気味に言葉を被せてくるところなんかがとことん不快だが、とにかくロベルタはそう言った。皆さんご存知かどうかはとにかく。
「こちらに――“湖の賢者”さまが住まわれていると伺い、山越え谷越えやって来たというワケなんです!!」
“湖の賢者”。
かつてこの地に、そしてこの邸宅に居を構えていたという誰か。着用する二者間の距離を制限する“誓いの指輪”とかいう呪物で散々わたしとユウリを苦しめ、他にも大量の危険物を残した危険人物。
「ぜひお願いしたいことがあり……それで、お二人はお付きの方ですか? 賢者さまはいつ戻られますか? どうかお目にかかりたく」
「あー……それがだな……」
「?」
正直わたしも顛末をよく知らない。面倒は、知っていそうな奴にぶん投げようと思う。
◆
「死にましたよ」
「はい?」
素知らぬ顔で、シドーは淡々とそう言った。
場所を移し、エルフが住まう里の、その診療所である。そこを仕事場兼住居としている男、シドーは、三十程度の見た目とは裏腹に長い年月を生きる長命種である。“湖の賢者”なる人物とも面識があるらしい。
そして、こいつはわたしに恩がある。かつてオークからモニカを救ったことは忘れたとは言わせない。だから、たとえシドーが寝巻き姿の寝ぼけまなこだろうが、この面倒は押し付けさせてもらう。恩を返せ。
「えっ、死ん……えっ」
「はい、死にましたよ。百年は昔に」
玄関先のとびらの前で眠たげな目をこするシドーは、本当に淡々と繰り返した……わたしが代償を取り立てるより先に、シドーがトドメを刺してしまいそうだった。
意気揚々と乗り込んだロベルタは、情報を飲み込めずそのまま固まる。しかしすぐさま気を取り直し、
「い……いやいやいや!! し、知っていますよ?! アトゥさまは、不滅を体現したお方なんですよね?! 胴が千切れても復活すると、ほら!! 文献にも!!」
がさがさと懐から取り出した羊皮紙の束を叩きながら、ロベルタは叫んでみせた。近所迷惑だ。そして賢者は化け物か。そんな奴が存在するか?
「確かに、賢者様は不死でした」
「でしょう?!」
「しかし、お亡くなりになりましたね」
「何故?!」
「老衰です」
互いにひどくマイペースである。凄まじい剣幕で迫るロベルタと、それをものともせず冷静に事実のみを告げるシドー。わたしは何を見せられているのか。
「じ、じゃあ、本当に……お亡くなりに……」
「はい」
「『はい』じゃないですが!!」
もはや殴りかかる寸前、というところまで高まった興奮は、しかし次の瞬間には萎んでいく風船めいて、ロベルタは膝を折った。
「ろ、老衰って……不死なのに?? 意味が……意味がわかりません……」
……まあ、同情はするが、とにかくこいつの尋ね人はとっくのとうにこの世から去っていた。何の用事があったかは知らないが、結局のところ空振りに終わったらしい。
「その……ね? 元気出して?」
またいらぬ気を使い、ユウリがロベルタの肩に手を添える。と、
「うぇ」
「うぇ?」
「うえぇぇえぇぇぇえぇ!!」
大号泣だ。
年相応に……いや、それ以上に。生まれたての赤子のごとく大音量で泣き叫び始めたそいつは、恥も外聞も知らぬようだった。
「だ、だって、ここに居るって聞いたもん!! お、お婆様に、賢者さまと会わせてあげるって、ひっく、約束しちゃったもん!! もう……うえええ」
「あああ落ち着いて!」
ユウリは面倒見の良さを存分に――無駄に――発揮して、ロベルタを慰めようとしている。そして、
「と、とりあえずさ、ほらご近所さんにも迷惑だから……」
……待て。余計な、本当に余計なことを言おうとしている。面倒の気配を察知しつつも、それを止めることは。
「遠くから来たんでしょ? 今日だけは、うちに泊まっていきなよ」
ユウリのお節介は留まるところを知らない。美徳か、あるいは悪癖だった。




