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04 理想のスローライフとは

「――……う、うぅん……やめ、やめてぇ……ころさないでぇ……――はっ!」


 目を開ける。ばねのように飛び起きる。


 周囲確認。右。左。後ろ。――敵影はない。

 跳ねる心臓を押さえ、乱れた呼吸を整える。


 寝る前と同じく、目に映る光景は塗り固められた土の壁だけだ。

 空気孔から若干日が差し込んでいて、太陽の到来を告げている。


 わたしがいるのは、昨晩に建設した簡易の寝床。壁と天井を土魔法で築いただけの小さな部屋だ。

 寝ている間に獣にかじられちゃあたまらないから、突貫とっかん工事で作り上げたのだ。


 外見が東洋の食物に酷似していることから、わたしはこうした簡易住居を『トーフ』と呼んでいる。


 現実のものと異なり、もちろん硬い。『トーフ』には、ほろほろと柔らかい実際のトーフと比べるまでもない頑強さがある。わたしの魔力を流し込んで作ったのだから当然である。

 見た目の弱々しさに反して、オーガが踏んでも壊れないほど。砦と呼称しても過言ではない。

 この内部にいる限り、身の安全は保障されているようなものだ。その点に関しては、絶対の自信がある……いや、あった。


 ひどい悪夢だった。

 勇者の夢だ。

 ここにアイツはいない。安全である。そう頭で理解していても、心の傷はやすやすとは消えてくれないようだった。


 魔王陛下からの命令で行った威力偵察。ついこの間に召喚魔法が確立されて、異世界からどんどん勇者がやってくるようになった。だから、勇者の実力を測る必要があった。

 ただの小手調べのつもりだった。

 偶然みつけた勇者は女で、連れている仲間も大したことなさそうで。


 だから、軽くひねってやろうとして……あー、もうだめだ。思い出したくない。


 わたしの二つ目の名は“不滅”。

 その由来は作り上げるゴーレムの耐久力にある。

 わたしが練り上げたゴーレムは鉄のように硬い。そのうえ、腕がもげようが頭が吹き飛ぼうが、動けるならば必ず命令を遂行する。


 そして特に、わたしが乗っていた搭乗型ゴーレム『機動兵器エルドラーン』には自己修復機能がある。

 魔力を流し続ける限り無限に再生し、敵を圧倒する。

 ゆえに、“不滅“。


 ……それなのに、あの勇者ときたら、まるでトーフを調理するみたいにスパスパ斬り刻んでくるし、こっちの攻撃は全部避けちゃうし、結局は魔力が尽きて再生できなくなってしまった。


 思い出すだけで震えあがる、鬼神じみた戦闘力であった。

 勇者、恐ろしすぎる。ちょっと泣いちゃったくらい。


 なぜか見逃されてしまったが、わたしも四天王の端くれである。あの屈辱は忘れようも――いや、もう忘れてしまおう。魔王軍も辞めた身だ。二度と勇者に会うこともないだろう。

 復讐なんてがらでもないし、そんなことしたら今度こそ確実に死ぬ。


 ……それにしても、勇者が全員あれほどの実力者であれば、いよいよ魔王軍に勝ち目はない。辞めて正解だったかもだ。

 とにかく、魔王軍と勇者どもは勝手に戦争していてくれ。わたしは隠遁いんとんする。


 土壁に手をあて、魔力を流して操作する。

 壁がぐにゃりと曲がり、防壁としての機能を失う。粘土の如く元々あった地面に吸い込まれて行って、それで防壁の痕跡は跡形もなく消えた。


 光に包まれる。

 狭い暗所から、広大な空の下に放り出される。


「う、うおお……溶け、溶ける……」


 久しぶりに太陽光が直接に虹彩を刺激し、目玉が悲鳴を上げた。

 インドアを極めた生活(ほぼ一日ゴーレム内)をしていたので、肌もちょっとヒリヒリする。

 せめて日光を避けようと、近場の木陰に駆けこんだ。


 まだ勇者との戦闘で尽きた魔力も回復しきっていない。もう一度エルドラーンを作るには、まだ時間がかかりそうだ。


 一息ついてから、今後を考える。


 まず、理想のスローライフとは何か? 哲学的ですらある問いだ。

 わたしはのんびり暮らしたい。暮らしに必要不可欠であるのは衣食住だが、まあ、それらはなんとかなるはず。


 衣は、しばらく我慢だ。この一張羅しかないし。黒地に金糸の刺繍が入った、品のあるローブ。お気に入りである。誰かに見せたことはないが。


 食も平気。そもそも、魔族は最低限の魔力があるうちは活動できる。食事は栄養補給というよりも娯楽としての側面が強い。

 流石に何週間も飲まず食わずでいるわけにはいかないが、最悪わたしなら土から微量ではあるが魔力を得られる……本当に最悪の場合だ。土をもぐもぐするのは、わたしとしても極力避けたい。


 住も、魔力さえあれば立派なものが作れる。トーフじゃないやつだ。

 今までも魔王軍のために散々砦やら城やら家やらは作ってきたから、心得は十分にある。


 となれば、すべきことは一つ――素敵な新天地を目指して旅立つのだ。


 この丘もそこそこいい眺めだが、いかんせん見晴らしがよすぎる。少しばかり悪目立ちする立地だ。

 魔族領からも人族領からも遠くて、誰にも知られていなくて、ひっそり暮らせる地。それが最良である。


 辺りを見渡す。

 右を見る。小さく点のように見える、荒野にそびえる魔王城があった。一晩でこの距離を走ったのかと自分でも驚いた。

 左を見る。森がある。河がある。雄大な大自然だ。


 進むべき道が一瞬で決まってしまった。

 隠者の生活は、豊かな自然の中と相場が決まっている。


 ひとりでに口角がにんまり持ち上がった。


 一歩を踏み出す。

 これはわたしにとっては小さな一歩だが、明るいスローライフにとっては大きな飛躍だ。


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