34 一"機"当千
「――ああ、あったあった」
採光窓のみを光源とした、薄い暗がりの部屋。物置である。
屋敷の隅に位置するその部屋には、かつて“湖の賢者”なる人物が住んでいた時代の名残――効力不明、奇怪極まりない呪具の類が押し込められている。
そのほとんどが何を目的として造られた道具かは不明であったが……どうせろくでもないので触った試しはない。
装着した二者の距離を制限する“誓いの指輪”は賢者の制作物の一つだそうで、だとすれば残る道具もなにか致命的な効果を発揮するに違いなかった。
わざわざ魔王はそんな危険地帯に足を踏み入れた。扉の陰から様子を伺うことしかできない。
ありったけの呪具を詰め込んだ木箱を、まるでおもちゃ箱をひっくり返すかのように扱っている。
その姿は無邪気な子どものように映るが、本性は邪悪極まるクソ上司(元)である。
「これが、“勇者殺し”」
床に散らばった道具――包丁めいた刃が無数に突き出すヘンテコなフライパン。ドクロ印のラベルが貼られた紫の液体が揺れるガラス瓶。シンプルに拳銃――そういった剣呑なガラクタの中から、ひとつを指す。
鉱石である。
なんら加工の施されていない、地中から掘り出されたままの原石。
「……それが?」
“勇者殺し”――誰が作ったのか、何のために作られたのか……その出自も、詳細な効力も、凡そが謎に包まれた、口伝でのみ残る超常の魔具。
かつてユウリの“恩寵”を消し去った道具でもある。
しかしエルトリリスが使った“勇者殺し”は、このような原石めいた角ばりも無く、もっと立方体のようで、人造物の雰囲気があり――淡い色合いを除いて全てが違って見えた。
「そう。加工前だけどね」
胸の前で抱えるように持つ。大きさもまるで違う。
魔王がその塊を運び出したのを見届け、扉を勢いよく閉める。火薬庫よりも恐ろしい部屋だから。指輪の一件以来、湖の賢者なる人物が本気で嫌いだった。
「賢者曰く、『"恩寵"にはきっとランクがある。アンコモンなんぞ、加工しなくたってこれで一発だ。稀少な"恩寵"を消し飛ばすのは多少手間だが』……だったかな?」
瞳を閉じて、魔王は昔を想うように言う。
「天下無双の転移者を、有象無象のただの人に戻す……残酷で、すっごく素敵だと思わない、エルドラ?」
特になんとも思わないけれども、魔王の神経を逆撫でても良いことがないので、曖昧に同意を示そうとした瞬間。
「ほらっ」という掛け声と同時に、頭部ほどの大きさはある"勇者殺し"(?)を放り投げられる。
なんとか取り落とさず受け止めると――それが尋常の鉱石ではないことを知る。
『……転移勇者……』
「――?!」
石が喋った。というのも、鼓膜を震わす音でなく心中に語りかける原理不明の声だ。そして――
『転移勇者……! ムカつくゼえェえッ――! "恩寵"っつうのはナあ! そんなポンポン与えていいモンじゃあねえンだよクソがアあぁあ――!』
「気色悪っ!」
咄嗟に放り捨てる。
怨嗟の声――というよりも、愚痴や不満を垂れ流すような……しょうもない文句が聞こえた。
やはり"湖の賢者"由来のモノにはろくなものがない。
「エルドラ……? どうしたの?」
隣にいたユウリが"勇者殺し"を拾い上げる。が、特に反応を示さなかった。
「な、なんともないのか……?」
「え、うん。別に?」
こちらに手渡そうとしているけれど、正直不気味すぎて受け取りたくない。
それとも、わたしが魔王と接することによるストレスで狂ってしまったのかもしれない。
魔王も不思議そうにこちらをまじまじと見つめ、言った。
「もしかして……何か聞こえた?」
それから悪戯っぽく笑う。
「んふ……エルドラは、土属性に秀でてるからね、想念を受け取ったのかも……転移者嫌いの、岩の神さまの声だ」
◆
転移勇者。
位相の異なる別世界から現れる、尋常ならざる異能を振るう者たち。
しかしその異能は、この世界にやってくると同時に、この世界の神に与えられたものなのだという。
"恩寵"と呼ばれる権能だ。
本来であれば、何十、何百万のうち一人に与えられるそれを、転移者は必ず得る。
もとの世界より放逐された転移者を憐れんだ一柱の神が、転移者に"恩寵"を授けるのだという。
つまり、転移勇者のつよさは、たった一柱の神の贔屓に依って成り立っていた。
「――だから、他の神とは折り合いが悪いんだろうね」
『転移勇者が、とある神に愛された存在である。』ということは広く知られているが、『"恩寵"の安売りによって他の神から疎まれている。』なんて話は寡聞にして聞かない。
魔王が世間話のように語った全てが真実か推し量るすべはないが、彼女が言うにはとにかくそうらしい。
そして"勇者殺し"は、その一部の神の鬱憤が篭った魔具――否、やはり呪具だった。
「まあ、でも……それが"勇者殺し"っていうのは信じられるんじゃない、エルドラ?」
こちらの心を察したように言う。
だが確かに、神から授けられる"恩寵"を消し去るなど、それこそ神にしか不可能な芸当のように思えた。
「自分の才能でもなんでもない異能で調子に乗りまくってるマヌケ勇者共を、はははは! それで根絶やしにしてやるんでしょ?」
魔王らしい、とんでもなく物騒な台詞を吐いている。
しかし、勇者を始末するなど、そんな物騒なことはしなくてもよくなった。
――殺す以外に転移勇者の脅威を取り除くような都合のいい手段は存在しない――
都合のいい手段は、あった。
かつての考えは根底からひっくり返ったのだ。
無敵の機体、パーフェクト・エルドラーン。
外付けユニット(ユウリ)から供給される無尽蔵の魔力。
脅威となる勇者を、只の人に堕する手段――"勇者殺し"。
「……もしかして」
慢心や、傲慢ではない。積み重なった事実により、ひとつの結論へと至っただけだ。
「負ける要素、無いんじゃないか?」
◆
魔族に与する悪の勇者、ユウリ。
その討伐失敗の報せは瞬く間に王国中へと広がった。
五十を超える勇者を投入した作戦が、いつの間にかユウリと手を結んでいた魔王軍四天王、"不滅のエルドラ"により失敗。死者こそ出なかったものの、戦闘に参加した殆どの勇者が重傷を負う最悪の結果となった。
そして現在――
「――今こそっ、革命の刻だ! 役立たずの勇者と愚王に鉄槌を下せ!」
城下に怒声が轟いている。
武器を取った国民、あるいは、先程まで国の兵隊だった者。
反乱である。あちらこちらで正規兵との睨み合いが起きていて、もはや衝突は免れ得ない。
"勇者"を特権階級としていたのが仇となった。
勇者は国内での多少の無茶が許されており、国民からの不満が募っていた。その不満が爆発したかたちとなる。
勇者は無敵。だからこそ横暴が許される。しかし無敵でないのなら、こうなることは自明であった。
しかし反乱の報告を受けて、国王はただ不愉快に顔を顰めたのみである。
城の最奥。
絢爛な調度に彩られたそこには、革命の機運が絶頂まで高まったこの時でさえ、未だ余裕があった。
国王は玉座に肘を突いてふんぞり返り、冷酷な視線を投げる。
「いちいち……そのような事を報せに来るな。耳障りだ」
「し、しかし……!」
「"勇者"がいるだろう……! そんな事も分からんか!」
そうだ。いくら五十が戦闘不能に追い込まれようと、まだ何十もの勇者がいる。
一人一人が一騎当千の勇者。それらを崩さない限り、革命など不可能であった。
既に勇者には命を与えている。
アタマの足りない勇者どもは、己を害する革命の徒を、何も考えず敵と見做した。扱いやすすぎる人間兵器である。
圧倒的な力量差があると、もはや勝負にすらならない。児戯である。
勇者の"恩寵"により反乱軍を制圧し、勇者への恐怖を植え付ける。もはや誰も手出しはできなくなる。
ユウリを仕留め損ったと聞いた時には焦りもしたが、問題はない。
五十が敗けたのなら、次は百。勇者の召喚は無尽蔵である。いずれ陥すことができる。
いまやオーレリア王国は、無敵の軍隊を誇る、無敵の国家なのだから――
――轟音。
大地が爆ぜたかのような轟音。
城の全てが揺れ、思わず肘掛けから滑り落ち、姿勢を崩す。
「――んなっ……何事だ!」
「た、直ちに確認します」
勇者の極大魔法が炸裂でもしたか……あれ程、市街には被害を出すなと釘を刺したというのに。やはり勇者はアタマの出来が悪い。
近衛術師による詠唱が始まる。
空中の水分が集積され、ひとつの水鏡となる。
遠見の術式である。城下の範囲であれば、一目で確認することが――
「――……な、何だ?」
城下。観光の要所であった大噴水は、削れて跡形もなく消え去っている。
どこから飛来したか、隕石が落ちたかのような尾を引いて――何かが在る。
人型である。
破壊の終端、土煙のなかに立つのは、四肢を備えた巨大な何か。
岩石である。
鋭角の輪郭は、決して生物などではない。
そして――その姿の特徴は、とある魔族に一致する。
四大属性のうち、最も不遇な属性の使い手なのだという。
五十の勇者を討ち倒す、一機当千、無双の強者なのだという。
「ゆ、勇者を……勇者を集めろ! 反乱の軍など、どうでもよい!」
ひとつの悪夢が到来する。
それは、四天王の中でも最弱の土属性である。




