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32 真なる最強


 魔力譲渡術――読んで字の如く、己が身に流れる魔力を他者へ譲渡する魔術である。


 習得の難度自体は大したモノではない。が、習得したところで満足に行使できるか否かは使い手の魔力総量に大きく依存する。本来であれば、炎、雷――力学的な事象に変換して放出するはずの魔力を、一切未加工のまま直接分け与えるのだから、酷く非効率的であると言えた。

 生まれながらに魔力強者である高位魔族、あるいは、人類種の中から選ばれる類い稀なる量の魔力を持った者――勇者のみが使いこなすことが可能な、極めて高難度な魔術である。


「――そうだ、何で……何で今まで思いつかなかったんだ?」

「え、エルドラ……?」

 決して、世紀の大発見なんかじゃあない。至極単純な当然の道理により導き出される結論だ。

 生まれながらの種族特性――なんら特徴を持たない低位魔族のわたしは、いくら研鑽を積もうと行使できる魔術の種類に限りがある。広域に効果を及ぼすような大魔術はそもそも唱えることすら出来ない。だから最も魔力変換効率の良い土属性を極めた。

 しかし、その枷から解き放たれる手段があるとしたら――。


「ユウリっ!」

 この突発のひらめきに追いつけるはずもなく、ユウリは目を丸くしたままだ。構わず続ける。

 

「お前は……わたしの魔力貯蔵庫になれッ!」



     ◆



「……本当に、やらなきゃダメ?」

「当たり前だろ。我慢しろ」

 邸宅のすぐそば。広大な湖面の傍にそびえる巨大な影がある。

 鋭角のシルエット、荘厳ささえ感じさせる佇まい。最高傑作である――パーフェクト・エルドラーン、その姿。


 複数人の転移勇者を相手取ったとしても遅れを取らない、わたしが用意できる最高戦力である。

 魔王城へは……乗っていかなくて良かった。戦闘になるなんて考慮していなかったから、魔王に粉々にされていたらと思うとゾッとする。


 ユウリはその重厚な脚部装甲にそっと触れ、感嘆の……いや、諦観めいた含みのあるため息を吐いた。

「魔力譲渡術? って、あれだよね。前に……気を失ってたエルドラを助けるために使った魔法……」


 イヤな記憶だが、その通りだ。

 かつて魔力欠乏により瀕死に陥ったわたしはユウリによって救われている。それに、以前の勇者侵攻のときも大量の機魔を用意するために何度も世話になっている。少なくとも、彼女はわたしの魔力を0から満タンにする程度では有り余る総量を有していた。

 しかし、

「あの……エルドラも知ってるよね……? あれって、すごく……疲れる」

 いくら膨大な魔力を保有していようと、体内から急激に失われる際にはその落差から貧血じみた疲労感を発生させる。

 だからユウリは渋っている。その呑気さに、むしろわたしがため息を吐いた。


「あのなぁ……言ってる場合か?!」

 人類への反逆者として指名手配を受けているらしいユウリは、常にその身を危険に晒していると言ってもいい。

 一度、雑魚の勇者どもの襲撃を退けたとはいえ、その程度で諦める連中とは思えなかった。だから打って出る。


 常に脅威に怯え、逃げ隠れるような暮らしは、まったくもってスローライフとはかけ離れている。


 ユウリと組めば……理論上、最強だ。

 無限に近しい魔力があれば燃費なんぞ度外視の最大出力を継続できる。装甲の修復だって。

 永遠に打ち果たすことのできぬ、あるいはあの魔王さえ打倒せしめるゴーレムが誕生するはず。

「魔力がからっぽになろうが、魔族のわたしと違ってお前は死んだりしない。死ぬほど疲れるだけだ」

 わたしにとっての懸念点はそれだけ。いくらユウリが嫌がろうが、馬車馬のごとく鞭打つだけでいい。しかしユウリにとっての懸念は――


「……それに、く、国と戦うってことだよね。無関係の人だって、たくさん……」

「…………」

 妙な気遣いばかりをする。そういう奴であるということは知っていた。

 勇者を召喚し続けているオーレリア王国は、その人口のほとんどが城下にある小国である。転移勇者どもも多くが守備に配置されていると聞いた。確かに、派手で強力な恩寵を持つ勇者たちと戦闘となれば市民を巻き込まない保証はない。


 やむを得ない、と考えている。

 たとえ関係ないやつを巻き込もうが、国をひとつ滅ぼすことになろうが、わたしと、ユウリ、その暮らしを守るためなら仕方のないことだ。そう割り切れる。慈悲など存在しない魔族であるから。

 ただユウリがあまりに不安げに俯くものだから……額を押さえて、もう一度ため息を吐いた。


「……分かってるよ。極力、勇者以外は誰も傷つけないし、別に勇者どもだって殺したりするわけじゃない。少し……二度と逆らう気が起きないくらい、エルドラーンを夢に見てうなされるくらいに、こてんぱんにしてやるだけだ」

 単純に、それで解決できるような話でもないことだって知っている。むしろ恨みを募らせるだけになる可能性だってある。

 ユウリから見れば同族で、転移勇者に至っては同郷だ。情だって湧くだろう。しかし、物騒だが、殺す以外に転移勇者の脅威を取り除くような都合の良い手段は存在しない。だから、もしも上手くいかなかったら、わたしが転移勇者を秘密裏に処理する必要がある。

 

 わたしとユウリの生活の安全を守る。ユウリの笑顔もなるべく守る。

 難しい課題だが、その二つをこなす程度の覚悟は、とっくにできている。


 ……そこまで考えて、思考の大部分をユウリに奪われていることに気づいて、腹立たしさにユウリの尻を軽く蹴り上げた。

「――いいから、早く乗り込め、ボケっ!」

「痛あ!」

 めそめそと泣き言を吐きながらも、ユウリは跪いたエルドラーンの膝をよじ登り、胸部の搭乗口へ。わたしもそれに追従した。



 

 そもそも一人分のスペースしかない搭乗部は、二人でいるには少しばかり窮屈だ。

 増設する改造を施す時間さえ惜しい。勇者の脅威には早急に対処すべきだし……正直、この戦略――というには単純すぎるが――を試したくて興奮していた節もあった。

 至ってシンプルだ。わたしは全力で戦い、魔力が尽きる前にユウリから補充。それを繰り返す。それで最強だ。

 魔力譲渡術の恩恵を受けるには、肌と肌を密着させていなければいけないから、問題と呼べるのはこの窮屈さ加減だ、け……


(……これは)

 ユウリの膝の間に収まり、ごごごと鳴りながら閉まりゆく搭乗口を見ている。

 完全に閉まり切ると、内壁がうすらと発光し、操作盤として用いられる幾何学の紋様が手元に浮かび上がった。

「……へえ、意外と中は明るいんだね」

「ひ」

 外界と隔絶したこの空間は静寂に包まれている。その雰囲気に釣られたか、ユウリもぼそぼそと囁くように耳元で呟いた。吐息がかかる距離である。

 咄嗟に口を押さえる。先の間抜けな悲鳴は、わたしから漏れたものだ。

「……? エルドラ?」

(これは、まずい……!)

 別に、まずい事なんて何もない。

 同乗者の息遣いや心音が感知できる事の何が問題というのか。

 たとえ、仮初の結婚ごっこを終えて、真なる配偶者として認めていようが、意識するような事は何も――


「エルドラ」

 背後から手が伸び、わたしを包んだ。

 こてんと首が倒れて、ちょうど真横に顔が近づいている。花のような香りがした。わたしも使っているはずの洗髪料の香りだ。

(何やって……何やってるんだ、お前?!)

 叫び出しそうになる。しかし、声にはならない叫びというやつだ。唇を開いては閉じ、空気を求める水面の魚だった。


「……震えてる。エルドラも、不安だよね」

 この精神異常を身勝手に解釈して、ユウリは続ける。

「私も……覚悟した! 一緒に戦うから! ……全部終わらせたら、二人で幸せになろう」



 

「……はは」

 乾いた笑いが零れた。求婚の言葉めいている。既にわたしから告げたはずだが。まるで見当違いの気遣いだったが、こういう奴だと知っている。

「お前が、バカで助かるよ」

「えっ、なんで?!」


 心因性の震えも止まっていて、むしろ晴れやかな気分だ。

 どうせなら景気よく発進してやろうと思う。つまりは……思い切り飛んでやろうかと。

 エルドラーンの足裏には、緊急時に逃走を図るための噴出口がある。そこから噴き出る魔力を推進力にして飛行を可能とするのだ。肝心の緊急時には魔力が足りず作動できないことの方が多いが、今は違う。

「ははは! しっかり掴まってろよ、バカ!」

 出力は最大に。最大速度を維持すれば、王国まではものの数時間で到着する。魔力が奔り、脚へと。


 未だ、真に理想のスローライフというものを送っていない。

 わたし達のスローライフはこれからだ。


 轟音。

 怒涛の濁流の如く、魔力が解き放たれ――飛べていない。

 空の一点に刺し止められたように動かない。あり得ざる現象の原因は……すぐ判明する。


「……あのう、本当に、何されてるんですか?」

 玩具のような扱いで、エルドラーンのつま先を握っている奴がいる。そんな事ができる奴は一人しか知らない。

 神出鬼没。怪力無双。極悪非道の元パワハラ上司。

 つまりは、魔王との再会である。

「いやなに、ただの快復祝いだからさ。もうちょっとゆっくりしていってよ」

 またか、と思う。

「……勘弁してくれ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] この上司の気まぐれに付き合いきれる部下は居るのでしょうか?(; ̄Д ̄)? [一言] 先日はコメレスありがとうございました(*´∀人) これからも物語の続きが読めるとわかったので、非常に嬉…
[良い点] 続き待ってましたー。 これからもゆっくりで良いので更新よろしくお願いします。
[良い点] まあ、これは私が起こると思っていたものではありませんでしたが、それでも:エルドラさんが孤独な将軍ではなく、主人の気まぐれのために自分で働くことを余儀なくされたのではなく、最終的に他の人と一…
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