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23 反則対決

 大丈夫。大丈夫だ。何も心配はいらない。

 自分に言い聞かせる。

 弓矢の射撃――何か、術式が付与されたそれも装甲を貫けていない。槍の勇者の突撃も認識できる速さ。ユウリに及ぶこともない。


 大口を叩いたのは、恐ろしかったから。

 わたしは弱い魔族――四天王の中でも最弱だから、勇者の群れなんて、酷く恐ろしい。

 不安がにじんではいないか。恐怖を気取られてはいないか。声が震えてはいないか。

 自分を大きく見せないと、くらい心に潰されそうだった。


 命を懸けた闘争であるので、敗北すれば当然に死ぬ。

 わたしは弱いから、そういうものからは極力逃げてきた。


 例外をあげれば、エルトリリスに殺されかけたとき。それと、現在。


「逃げられれば、楽なのにな」


 戦闘の最中でも、何故かそれを呟く程度の余裕があった。

 指輪があるから逃げられないのだ。ユウリがいるから逃げられないのだ。そうするしかなかった。

 家族――というものがどのようなものかは分からないが、ユウリはそれも同然となったので、見捨てられなかった。

 だから戦うのだ。


 勇者が動くのを魔力の移動で感知する。暗く狭い、遮断されたゴーレムの内でも、そのように外界を認知できる。

 敵は六人。勇者が五人。そうじゃない奴が一人。

 そのうちの四人が前衛で、残る二人が弓使いと魔術師。

 意外と戦闘には慣れているようで、こちらを取り囲むように動く。


 先程叩き落した槍使いも勇者らしい耐久性を発揮し、わりかし元気に、蠅じみて跳び回っている。

 そいつが木の幹を蹴り飛ばし、立体的な軌道で跳ねた。


「――さっきは油断したが、オレの恩寵ギフトを破ることはできゴぱァツ?!」


 再度の槍の突貫を阻止。殴りつけて深い森の奥に叩き込む。

 じゃない奴が叫んだ。どうやら指揮役らしかった。


「あの馬鹿、連携しろよっ!」


 苛立たしげだった。つまり少なからずわたしは脅威なのだ。

 大丈夫。意外とちゃんと戦えている。やはり、このエルドラーンは最高傑作で、自分の体の何倍も正確に意思を伝達、制御できている。


 それだけじゃない。

 不安でのどもからからで、少し泣いてしまいそうですらあるのに、死の恐怖に研ぎ澄まされているのか、いだ平穏の心が恐れと共に内在する奇妙な心境であった。

 ひたすらに怖い、だのに、落ち着いて対処できる。

 不可思議な現象だった。


「おい、てェ!」

「は、はいっ」


 号令に合わせて弓の射撃がある。暗闇から鈍く光る矢が飛び出してきて、胴体に突き刺さった。それから雷轟が爆ぜて、瞬間の硬直がある。


(面倒だな)

 と、思った。

 それ自体にたいした威力はない、が、少しの間動けなくなるのが厄介だ。

 その隙は見逃されない。


「――【くすぶれ種。拡がれ災禍。爆ぜろ】ッ!」


 詠唱が聞こえて、魔術が奔る。

 空に火花の導火線が描かれて、それがゴーレムの腕にまで伸びる。そして、構築する岩石自体が爆弾になったかのような、炎と風による破裂。右腕の肘から先がそれで無くなる。


 防御の薄くなった右側から、剣を持つ勇者が跳び込んだ。

 辛うじて身をひるがえし、左腕を掲げて防ぎ――そちらの腕も切断され無くなる。


(――嘘だろっ?!)

 驚愕を悟られないよう、声をあげずに跳んで後ずさる。

 ゴーレムの硬度は鉄以上。ましてや、この最高傑作であれば切断による破壊など不可能のはずだった。

 見ると、鏡面じみて平らな断面がある。ユウリですら、ここまで綺麗に両断はできないだろう。


「――“万物切断”……それが、オレの反則能力チートスキルだっ!」

「……何でもかんでも喋るなよ……!」


 指揮役が呆れたように呻いた。

 それがハッタリでなければ、それが名前通りの能力であれば、わたしの天敵であった。

 エルトリリスの腐蝕術と同じく、防御不能の攻撃――どうしてこうも、相性の悪い相手と当たるのか。

 その恩寵ギフトは逸脱の剣術か、それとも握る武器に術式を巡らせているのか、原理は分からないがとにかく一番の脅威であることは間違いなかった。


「それで、降参するなら今のうちっスけど?」

『降参、わたしが? 冗談言うなよ』


 できるだけ大仰に振舞ってやる。勇者が眉をひそめた。


「両腕吹き飛んで、これ以上どうやって戦うんだよ?」

『……わたしも、められたものだな』


 平時よりもよく口が回るのが分かった。若干の緊張を、そうやってほぐしていく。


『――【埋まれ義骸。潤滑せよ。再びの命を】――』


 わたしの術式に合わせ、足元の地面がえぐれ空に浮かぶ。それが失った腕を形作り、傷跡を埋めるように結合する。

 魔導機の修復術である。大規模の欠損には詠唱が必要であった。


 取り囲む勇者が、少し狼狽えたのが分かる。


(――……何だろう)

 違和感があった。

 もちろん、馴染みのある術式だ。これまでも幾度となく行使している。

 不思議と、普段よりも更に滑らかに魔力が巡るのを感じた。


 そこで、気付く。

 そういえば、自分の魔力ではなかったな。未だ身体の内を循環するのは、あの女の魔力だ。

 頭の中も、体の中も、どこまでもついてくる犬だった。それが、今だけは少し頼りになる。


 少し可笑しくて、口元が歪むのを感じた。

 他人の魔力の方が本人のそれよりも体に馴染むなどということはないはず。それどころか、むしろ逆の効果が発揮される。

 だから、わたしが今感じているのは全くの気のせいで、思い込みで、勘違いだった。


 それでもいい。

 少しの勘違いで窮地を乗り切れるのならば、それでよかった。


(今回ばかりは、力を貸してもらおうか)

 奇妙な感覚の正体はこれだった。孤独に戦っているのに落ち着いていたのは、一対六ではなく二対六であったから――そんなに変わらないな。


「……”不滅”のエルドラ……反則だな」

『お前らがそれを言うなよ……』


 仕切り直しだ。

 アルティメット・エルドラーンの完全復活。何度だって甦る。

 不滅の名を捨ててなお、わたしは不滅であった。


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