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02 決意を胸に

 不滅のエルドラ。

 感情を持たず、疲労せず、黙々と命令をこなすゴーレムのみで構成された魔導機部隊を率いる司令官。唯一にして至高の自律型ゴーレムであり無限の持久と耐久を併せ持つ、土属性の四天王である。


 そう思わせていた。


 その正体はゴーレムではない。自身の三倍はある搭乗とうじょう型ゴーレムに乗り込んで、内部から魔力を流し操縦する。それだけが取り柄の魔族。それがわたしである。


 誰もそんなことには気が付かなかったし、わたしも誰にも教えなかった。

 長年仕事してきた四天王も不滅のエルドラに中の人がいるとは夢にも思わないだろう。


 先の四天王腹部殴打事件は、勇者との戦闘でゴーレムが壊れたから渋々と素顔を晒して報告に帰った矢先の出来事であった。


 正体を隠していた理由だが、その――恥ずかしかったのだ。

 ふざけているのではなく、そういう性分なのだから仕方ない。


 魔族というものは大抵が見栄っ張りで、腕力だったり魔力だったり魅力だったり、何かしら他者より優れた部分を見せつけないと生きられない種族なのだ。

 力がなければ排斥される。そのような愚かしい社会に生まれ落ちたのが運の尽きであった。


 わたしには何もない。

 腕力もない。スプーンを持ち上げるのがやっとな、箱入り娘である(さっきのパンチは火事場の馬鹿力だ。本当だ)。

 魔力もない。燃費のいい土魔法を極めたから四天王の地位にしがみつけていただけだ。

 魅力もない……自分で言っていて虚しいが、大した発育もないまま成長が限界に到達して、人間の小娘にも劣る背丈しかない。


 他者を魅了する何かを持たず、陰鬱いんうつな性格が滲みでたかのような暗い顔つきを、長く伸ばした銀髪で覆い隠している。


 唯一誇れるゴーレムの生成術と操作術。それだけを武器にここまでやってきた。それにしか自信がなかった。

 だから、容姿を隠しつつ実力を発揮するため、自身すらゴーレムだと偽っていたのだ。

 まあ、あまり好評ではなかったようだが。こんなにかっこよくて可愛いのに。


 それに実力を発揮できたところで、あの勇者には手も足も出なかった。



 ……そうだ、勇者だ。勇者にさえ負けなければ。勇者さえいなければ――



 そこまで考えて、ばかばかしくなってやめた。

 勇者に敗北したことなんて、精神が限界を迎えた――なんかもう何もかもの心が無理になったきっかけに過ぎない。

 どうせ負けていなくても、わたしが他の四天王から馬鹿にされていた事実は変わらないのだ。


 長い長い逃避行とうひこうは体力が底をついたと同時に終わっている。

 息も切れ切れにどこかも知れない丘の草原に仰向けに転がっている。

 既に日は落ちていて雲一つない満天の星空が広がっている。

 やけに明るい月の光が私を照らしていた。


 もう魔王軍には帰れないけれど、なんだかむしろ晴れがましい気持ちだった。

 久しぶりにゴーレムから降りて外にいるせいか、常に感じていた息苦しさがない。

 勢いのまま駆けてきたけれど、ここには自由があった。


「ふ、あはっ。ははははははっ!」


 そう思うとなぜだか笑えた。はたから見れば気が触れたように映るだろう。もしかすると本当にそうかもしれない。

 大の字に投げ出した身体をがばりと起こして、今しがた思いついた決意を誰にでもなく宣言する。


「決めたっ! もう魔王軍も勇者も知らんっ! わたしは勝手気ままに一人でのびのび生きていくんだ!」


 口にしたら更に胸がすいた。なんだか生まれ変わった気分だ。

 実行に移したら、もっとずっと気持ちがいいだろうな、という確信めいたものをいだきつつ、ひとまずは今晩の寝床を作るために立ち上がった。


 不滅のエルドラは死んだ。

 今は、ただのエルドラがいるだけだ。



     ◆



「く、ククっ……まさか、このオレ様が一撃でやられるとはな……」

「ウィート……! もう喋るな、傷に響く……!」


 片膝をつき、苦しげに顔を歪ませる四天王がいる。危機的な状況においても、のどを鳴らすような独特の笑いを絶やしていない。

 風属性の使い手、疾風のウィート。

 キザな言動に見合う奇抜な服装であり、その肌の多くが露出している。


 謎の少女の襲撃を受け、その腹部には内出血の跡――つまり、あざができており、灼熱のグランがそれをいたわるように覗いている。

 細身で格好つけの疾風のウィートと、大柄で武人気質の灼熱のグランは一見して対照的であるが、その実は切磋琢磨せっさたくまする親交の深い戦友である。

 互いが実力を認め合い、助け合う仲間。だからグランがウィートを自分自身のように、若干大げさに心配することは当然の成り行きであった。


「エルトリリス、ウィートに治癒術を頼む……! ――エルトリリス?」


 四天王で唯一の治癒術の使い手。水属性、腐海のエルトリリス。

 彼女はグランの呼びかけにこたえることなく、ただ二人の様子を眺めていた。


「――良い」


 なにやらぽつりと呟いている。彼女は時折、こういう意味不明の言動をとることがある。


「……どうした?」

「え、あっ。治癒術ね。うん、わかった」


 少しばかり挙動不審である。エルトリリスが患部に手のひらをかざすと、そこに集約された魔力が目に見える輝きになる。その暖かな輝きが広がって腹のあざは綺麗さっぱり消え去り、それと同時にウィートの苦悶の表情も和らいでいく。


「……クク。助かったぜ、ありがとな」

「あ、いや。こちらこそ」


 会話が不思議と噛み合っていないが、それよりも重要なことがある。


「……あの襲撃者、知っているか?」

「私は知らない。初めて見る顔だったわ」

「クク。俺もだ……だが、相当な手練れであることは間違いねえな」


 恐らくは魔族である、小柄な銀髪の少女。長い前髪で顔が隠れて、その表情は読み取れなかった。日の光を浴びたこともなさそうな白い肌であったが、その不健康な見た目とは裏腹に鋭い空手を繰り出した。

 推測の域を出ないが、彼女は――


「……人間側に寝返った、魔族の裏切り者だろう。考えたくもないが……」


 絶対的強者である魔王が率いる魔族と言えど、決して一枚岩ではない。魔族内での派閥も実際のところ存在する。だが、わざわざ魔王、魔王直下の四天王と敵対しようとする勢力はいない。だとすれば既に敵対している勢力――人間にくみする魔族であろう。


「ああ。それも、実力は四天王並みだ……あんな奴がいたとはな」


 疾風のウィートは実力者だ。不意を突かれたとは言え、一撃で倒れることなど今までなかった。襲撃者が自分たちに近しい実力を持っているというのもうなずける。

 異世界から次々と召喚される勇者たち。突如現れた謎の襲撃者。

 突然降ってわいた問題に頭を抱える。


「第一に、魔王陛下に報告だ。手配書も出しておく。あの襲撃者にも、勇者どもと同様に懸賞金をかけて部下に探させる。ひとまずはそれでいこう」


 それぞれ目配せして、散開する。

 今や三人になった四天王の初仕事であった。


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[一言] 腐海ってそういう・・・
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