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19/45

19 限界

「あら、一人? あの勇者は?」

「逃がしたよ」

「……まあ、恩寵ギフトを消した以上、どうでもいいけど」


 エルトリリスが舞い降りた。傷一つすら負っていない。


「わたしも、見逃してくれないかな」

「それはダメ。裏切り者は消さないといけないもの、ねえ――不滅のエルドラ」

「……バレてたか」

「あれだけヒントがあれば分かるわよ……まさか、こんな可愛らしい女の子が操縦してたなんて思わなかったけど」


 ゴーレムを生成し、エルドラーンを操り、エルドラと呼ばれる。まあ、気づかれるだろう。

 それに、裏切り者とは――四天王をぶん殴って魔王軍辞めたんだから、裏切り者か。


 徐々に近づいてくる。わたしはそれに対し、何の反応もしない。それが逆に彼女の足を止めた。


「……何のつもり。諦めたってワケ?」

「ああ、そうだ。早く一思いに殺してくれ、面倒だから」


 そのまま地面に座る。

 もうユウリにどれだけの時間が残されているかも分からない。死ぬ覚悟はできても、自死する勇気はなかった。だから、引導は彼女に渡してもらう。

 ……何で、ユウリの代わりに死のうとしているのか、その答えももうすぐで掴めそうだった。そんな気がした。でも、もうそれが分かることもないだろう。


「……あの娘、勇者でしょ」

「ああ?」

「何で魔族のあなたと、仲良くしてるのかな、って」


 急に変なことを言い出すから、少しイラついてしまった。


「別に、仲良くなんてしてない。成り行きで、一緒に暮らしてただけだ」

「嘘。じゃあ何で逃がしてあげたのよ。自分は逃げずに」

「……」


 そんなこと、わたしだって知るか。いや、そろそろ分かりそうなんだ。それでも、今は答えを出せない。


「……まあ、いいわ。そろそろ望み通りにしてあげる」


 もう、どうしようもない。魔力もないし、そもそも戦闘でこいつに敵うはずもない。

 だけど、あのとき。ユウリに殺されかけていたときよりかは、きっと格好良く死ねるはずだ。

 エルトリリスがこちらに歩みを進め――


「――待ってッ!」


 耳をつんざく悲鳴。わたしだけじゃなくて、エルトリリスもだいぶ驚いてる。

 声の主は――まあ、予想はついていた。

 めちゃくちゃ、かつてない程に腹が立った。


 こいつ、わたしが何で残ったと思ってるんだ?


「ふ、……ざけんなっ、ユウリっ! 何しに戻ってきた!」


 瀕死の、ずたぼろのくせに、足にゴーレム三体しがみついているのに、二本足で立っている。火事場の馬鹿力はこういうときに使うものじゃないだろ。

 そいつらを引きずりながらずんずん進む。

 そのままエルトリリスに立ちふさがるように――いや、流石にそこで力尽きて、わたしにもたれかかるみたいに倒れた。

 まだゴーレムはユウリを運ぼうとしている。それなのに、岩みたいに動かない。


「――けほッ……エルドラを、殺さないで」


 そのような、勝手な懇願こんがん。圧倒的な優位に立つはずのエルトリリスが、むしろ狼狽うろたえた。


 そりゃそうだろう。こいつはただ無駄に死ぬ為に戻ってきた大馬鹿だ。


「――クソっ! エルトリリス、こいつは見逃してくれ。ただのバカだから!」


 わたしも、もうやけくそになって言う。何のためにここまで必死になったと思っているのだ。


「や、やだっ! エルドラが死ぬなら、私も死ぬ!」

「はあ?! おまっ……お前! せっかく、わたしがっ、お前のために残ってやったのにっ、のこのこ帰ってきやがって! ぶち殺すぞッ!」

「それでもいい! 私だけ、生きてたくない――っ!」


 ……そうか、わたしも恐らくはそのような心境だった。ユウリを殺して、自分だけ生きていたくなかったのかも。後味が悪いからな。だからって代わりに死のうとするか、わたし?


 ぎゃーぎゃーと、やかましい応酬は続く。エルトリリスは――何やら考え込むように、口元に手を当てている。


「――良い」


 何か言ってる。

 何なんだよ、もう……諦め半分、残り半分は、ごちゃついてて分からない。そのような気持ちだ。


「あなたたちって仲が良いのね、やっぱり」

「どこを見てそう思ったんだよ……」


 もういい……やるなら、とっととやってほしかった。


「いや、だって、ええ? 命を捨てに戻ってきたの、わざわざ?」

「……こいつ、バカなんだよ。まじで、ただのバカ」

「う、ううん。バカなのは間違いなさそうだけど……えと、ごめんね? やっぱり、それでも殺さないと……うう、どうしよ」


 何で死の間際に、こんな問答をしなければいけないのか。散り際くらいは格好良く逝きたかった。ユウリがわたしに抱き着く。


「――う、やだあ! せめて、私が先に死ぬ……!」

「何なんだよ、もう! どっか行けクソっ!」

「行かない! エルドラが死ぬところも見たくない……っ!」


 わがままばっかりだ。鼻水を盛大に服に付着させてくる。最悪だ。

 最期までこいつと一緒なのは、もう、無念としか言いようがない。


 そろそろ本当に疲れてきた……エルトリリスは――なんか、よろめいてる。

 顔を手で押さえて、膝がぐらぐらしていて、何でかどこかに傷を負ったようであった。


「あー。良い。無理」


 そのような悲鳴(?)をあげてふらついている。何が無理なんだよ。段々こいつにも腹が立ってきた。


「……おい、いい加減に――」

「いやいやいや。もう無理だわ、殺すとか、限界……尊い……」

「はあ?」


 素っ頓狂な声をだしてしまう。何言ってるんだ、こいつ。じゃあ何のために追ってきたんだ?


「だって、さあ。そういう関係だって知らなかったし……あ、よく見たら指輪はめてる! やっぱりそうじゃない!」


 何がやっぱりなのかもさっぱりだ。

 鼻息を荒げてまくしたてる。


「う、私、男専門だと思ってたのに……そっちのもいけるかー」

「な、何だ。何の話をしてる?」


 勝手に一人で納得したような顔をしている。

 さっきまでとは違う恐怖だ。未知の、不明の、根源的な部分から来る恐怖。

 エルトリリスは天才だ。だから、ちょっとばかり変なところがあったとして、おかしなことはない……いや、それにしたって常軌を逸している。怖すぎる。情緒がやばいって。


 それから、こっちに近寄ってきて手を伸ばした。


 くそ、やっぱり殺す気じゃないか。

 目を閉じる、が、痛みはない。ユウリの悲鳴も聞こえない。

 うっすら目を開くと、光を帯びた手でユウリを撫でていた。治癒術の光だ。

 ユウリがきょとんとしている。


「……一応の処置はしたから。しばらく安静にする必要はあるけど、死ぬことはないわ」

「……何をしてる」

「え? 治療だけど」


 普通に答える。バカか? まじで何がしたいんだ。


「――私は、勇者ユウリを四天王に勧誘したけど断られて、戦闘になった。ついでに銀髪の襲撃者も見つけて、二人とも殺した。そうよね?」

「……見逃すのか、わたしたちを」

「う、うーん。そうなるのかな……あ、でもっ、推しへんじゃないから! 別に、どっちも推すだけだからね?!」

「……もう、何なんだよ。早く行ってくれ……」


 自分でも泣きそうな声になっているのが分かった。


「あっ、あと、近々ユウリの討伐があるらしくって……恩寵ギフト消しちゃってごめんなんだけど、頑張ってね……?」


 なんだそりゃ。もういい。帰ってくれ。


 「それじゃあ、お幸せに……」とだけ言って飛び去っていく。嵐のような――いや、まじで何しに来たんだ。

 若干の静寂の後、ユウリと顔を合わせる。


「え、と。助かったってこと、私たち……?」

「……多分、とりあえずは」


 そう告げると、ユウリが絶叫――悲鳴と歓声が混ざったみたいな、耳に刺さる声――をあげた。

 全力を込めてわたしにしがみついてきて苦しい。しかもまた泣き始めた。


「――よ、かったあ。エルドラが死ななくって、本当に――っ」


 こいつに必要なのはまず反省だろう。勝手に戻ってきやがって。

 役目を……果たせていないが、ゴーレムたちを土に還す。うん、よく頑張ったよ。ユウリがバカなだけだ。


 このまま説教してやろうと思ったが、もう疲れた。

 とりあえず、ユウリが泣き止むまではされるがままだ。



     ◆



「あ。おかえり~どうだった? 四天王に入ってくれるって?」


 無邪気な明るい声。魔王陛下だ。


「……いやあ残念ですけど、無理でした。殺しちゃいました」


 謁見の広間。報告には私一人でおもむいているし、私と陛下以外には誰もいない。


「へえ、じゃあ使ったんだ、“勇者殺し”」

「あれがなかったら私が死んでましたね~あっ、あと銀髪の襲撃者。あいつも見つけたんで、ついでに殺っときました。もう手配書取り下げてもいいですよ~」


 できるだけにこやかに告げる。だから魔王も、にこやかに返した。


「嘘が下手だね、エルトリリス」


 何故か既にバレている。その顔には笑みが張りついているが、瞳の奥は決して笑っていない。冷や汗が垂れる。


「……えっ、と。どうします、粛清しゅくせいとか?」

「いや、別にいいよ。そっちの方が良いと思ったんでしょ? なら、それでいい」


 ケタケタ笑う。この世の全てがどうでもいいような、そういう軽薄さがある。

 彼女は暇さえ潰せればそれでいいのだ。


「ふふ、どうなる、どうなるかなあ。あ、もう行っていいよ」

「……はい」


 少し肝が冷えたが、特に怒ってはいないようだった。


 広間から抜け、先程に現象した傑作を懐から取り出す。


 魔族の元四天王と人間の勇者が映ったもの。

 エルドラが身を犠牲にして勇者を救おうとし、むしろ満身創痍なユウリが魔族をかばう。

 種族、性別、諸々の垣根を超えた純なる愛があった。


「っはあー。やっぱりイイわ、良すぎるこれ」


 ……別に、グランとウィートから鞍替えする訳じゃない。どっちも“あり”だっただけだ。

 とりあえず、再びその写真をしまって自室へ急ぐ。

 通常業務は終わった。だから、これから為すべきことは他にある。


「ユウ×エル……いや、エル×ユウ……?」


 そのような分かる人にしか分からない呪文を呟きながら、足早に進む。

 今は、それが最重要事項であった。


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[良い点] やべ! ははは
[一言] 勇者殺しは永続なんですね…ユウリ討伐隊の対処でアルティメット・エルドラーンがついに日の目を見るはず…。 早いとこ問題消化してイチャついてほしいですね。
[良い点] 二人ともお互いの命を守ろうとして、そんな身勝手お互いに対して憤慨する展開、好きです。エルドラの素直じゃないというか自分の気持ちに鈍いところもかわいい。 エルトリリスも同志になられたか …
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