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14 究極完全機動兵器爆誕

 服を羽織る。

 わたしのものではない。箪笥から適当に見繕った。

 寝室を飛び出し、階段を駆け下り、その途中でずっこけて踊り場へ派手に突っ込む。


(なに、なにが起きた?!)

 声にもならない。寝っ転がりながら天井を見上げる。跳ねる心臓を無理やり抑える。打ちつけた頭がじんじん痛む。

 起きたら勇者が隣で寝てました。しかも裸で。意味不明だ。


 直ちに原因究明をしなければならない。

 最後の記憶をたどる。

 酒を飲んだ。終わり。


「なんっで……なんでだあ――!」


 絶叫――というほどでもない、口内で噛み殺した程度の呟きじみた悲鳴。

 記憶がないから、妄想もはかどる。


 たとえば、酔って調子に乗って乱痴気騒ぎの末、こうなったとか。あの酔客を馬鹿にできないぞ。

 それとも、酔って暑くなったから脱いだとか。うん論理的だ。可能性はある。

 あるいは、酔って、若気の至りで――一番あり得ない。そんなはずあるか。


「すごい音したけど、大丈夫?!」


 わたしが頭をぶつけた衝撃に起きたらしい。ユウリが階段上に入場だ。裸だった。


「ふっ――服を着ろっ!」

「え? ……あ、ごめんっ!」


 慌てて部屋に戻っていく。お互い、冷静になるための時間が必要みたいだった。



     ◆



「……それで、昨日は何があったんだ……?」


 尋問である。机を挟んでの取り調べだ。

 そもそも、ユウリには居間のソファを寝具として与えている。こいつはわたしのベッドに潜り込んだ不届き者。正義はこちらにあった。


「そ、それは――言えない」

「なんでだよ!」


 一気に不安になる。言えないってなんだ。欠けた記憶が勝手に補完されていく感覚になる。


「言えない! ぜったい!」

「何があったんだよ……教えてくれ……」

「だめ!」


 普段は従順なユウリが、何故かいつになく頑固だ。あと、耳まで真っ赤だ。

 何かがあったのは間違いなかった。


「――何か、やましいことでもあるのか」

「い、いやっ?! やらしいことなんて一切なかったけど!」


 過剰ともいえる否定。というか、やらしいことじゃねーよ。

 ……どうしても口を割る気はないみたいだったので、一旦は諦める。


「そ、れじゃあ! 朝ごはんつくらないと! ああ、忙しい!」


 右手と右足、左手と左足、それぞれを同時に前に出す奇妙な歩行法。明らかな挙動不審である。しかも、台詞とは裏腹にキッチンとは逆方向に進んでいる。

 それがわたしの不安をさらに掻き立てた。




 それからも、ユウリはわたしから逃げ回るばかりだ。話しかけても適当に打ち切られるし、何か理由をつけてその場を離れていく。

 決して狭くない屋敷だけど、二人で屋内にいる以上は逃げ場なんて殆どない。それでもユウリの身体能力で逃げ切られる。恩寵ギフトの無駄遣いであった。


「何なんだ……一体、何が起きた……」


 不安が増す。わたしの一張羅いっちょうらはなぜか暖炉のそばに干してあった。本当に、意味が分からなかった。

 そんな膠着こうちゃく状態の中、客が来たのは天の助けかもしれない。




「お姉ちゃーん。ユウリさーん。来たよー」


 玄関口から声がする。モニカだ。

 何日かに一回、視察の名目で村人がやってくることになっている。

 ユウリが扉を開けて招き入れる。その間もずっと挙動不審であった。


 応接間で、ひとまずの接待が行われた。それにはわたしも同席する決まりであった。

 机に茶と菓子が並べられるが、わたしがそれに口をつけることはない。そういう気分じゃないから。ユウリも食べていない。


「――それで、酒場の店主さんもすごい感謝してたよ! お姉ちゃんのことも、誤解してたって」

「へ、へえ。それは良かった。なあ、ユウリ」

「え?! そう、ですね!」


 不自然で、ぎこちない会話が続く。


「……どうしたの、二人とも。何かあったの?」

「――い、やいやいやいや! 何もなかったよ?!」

「……怪しい。ケンカしたの? ダメだよ、仲良くしなきゃ」

「は、あははー……」


 再び、過剰防衛。ひどく怪しいことに自分で気がついていないようだった。


 いつまでこれを続ける気なんだろうか。そろそろ、決着をつけるべきであった。この場このとき、ユウリが逃げられない瞬間だ。


「――……いいや。昨日、何かあったはずだな」


 ユウリが目を丸くした。まさか、モニカがいるタイミングでこの話を切り出されるとは思ってもいなかったのだろう。


「? ケンカしたの?」

「わたしは覚えてないんだが――ユウリは知ってるんじゃないか」


 ユウリが視線を泳がせ、観念したように目を伏せた。


「う……白状します……」



     ◆



 要約する。

 わたしが酔って湖に飛び込んだから、風呂に入れられ、寝かされた。それで終わりだ……それだけか? それだけで、こんなに話を渋ったのか。意味が分からなかった。


「このっ、いろいろっ、邪推じゃすいしたじゃっ、ないかっ!」

「ごめっ、ごめんっ」


 ユウリの横腹を指先で何度もつつく。抵抗することなくそれを甘んじて受け入れている。モニカがその様子を見て愉快そうに笑った。


「ふ、ははっ。やっぱり、仲良しだね」

「どこがだよ」


 吐き捨てる様に言う。散々ひとの頭をかき回しておいて、この結果だ。怒りたくもなった。

 ユウリが泣きそうになりながら呻く。


「う、うっ。そんなこと言ったって……邪推って、なにさ……」

「そ、れは」


 わたしも言えなかった。

 代わりにわき腹に平手を食らわせてやった。悲鳴を上げる。ざまあみろ。


 彼女は嘘をつけないタイプだ。とにかく、わたしが思い描いた――想像したくもない現実はなかったのだ。良かった、すごく。胸をなでおろす。


 ユウリの狼狽うろたえっぷりだけ少しひっかかったが、それでも、これ以上この話を蒸し返す気にもなれなかった。


 大して実もない雑談――現状確認も終わり、モニカが手を振りながら帰っていく。


 今日はもう、どっと疲れた。寝たい。

 そう思って寝室に上がり、ふと窓を覗いて、



 何だ、あれは。



 今度は転ばないように階段を駆け下り、玄関から外へ飛び出す。

 湖畔の傍にそれはあった。


「――こっ、これは――っ!」


 全長はこの屋敷の二階に届く程度。

 流れ落ちる滝のような、静と動の調和。

 硬質かつ繊細、溢れる浪漫、ほとばしる熱い情動。

 かつて見たことが無いほどに美しい。


 エルドラーン。その、究極至高の姿であった。


「なんっ――だコレっ! なんだこれ! ユウリ、ユウリ! 来い、見ろ。ヤバい!」


 柄にもなく叫んでしまった。それほどに完成度が高い。わたしが追い求める、完璧そのものである。

 ユウリがわたしの声に反応して慌ててやってきて、うんざりしたような顔をした。


「……それは、もう昨日みた……もう、いいです」


 どうやら、酔ったわたしが作って、その素晴らしさを既にいていたらしかった。

 だが、これは、すごくすごすぎる。すごい。

 そこで思いつく。


「――まさか、わたしは酔うと、こんなに最高なゴーレムを……――よしっ、これから毎日酒を」

「絶対にダメ。一生飲んじゃダメ。許さないから」


 全力の拒否だ。ユウリにしては珍しく冷たい声で――でも、やっぱり耳は赤かった。


「何でだよ!」

「その、いろいろ危ないから、とにかくお酒は禁止!」

「ぐ、ぬぬ」


 彼女が全力でそれを禁じる以上、わたしに拒否権はなかった。本当、何でだよ。


 でもまあ、気分はよかった。なんて名付けよう。エルドラーン……MkⅢ? いや、これはもう既存のナンバリングには収まらない。GグレートVV(ツインビクトリー)……やはり、”究極の(アルティメット)”だ。


「――アルティメット・エルドラーン……」


 噛みしめるように言う。ユウリが、変な顔をした。


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