01 奴は四天王の中でも最弱
「ククク、不滅のエルドラがやられたか……」
「だが、奴は四天王の中でも最弱……人間の勇者に敗れるなど、魔族の面汚しよ」
そのような会話が聞こえてしまったので、扉を開けようと伸ばした手をピタリと止めた。
魔王城内部、四天王による会合が開かれる会議室である。その議題は、わたしについてだ。
「クク、まあ当然だろう。ただ頑丈なだけのゴーレムが四天王にいたのが、そもそもおかしな話だったからな……」
「でかくて邪魔だったし、いなくなって清々する」
「ふふふっ、そうね。それに無口で不気味だしゴーレムって可愛くないし」
仲間の敗北にむしろ弾む会話。声色はどこか嬉しそうですらある。
つい数刻前に勇者に敗れてひびの入った心に追い打ちがかかる。
辛うじて保っていた自尊心が瓦解していく音も聞こえる。
「さて、死んだ奴のことはもういい。エルドラの代わりなど、いくらでもいるのだからな」
「そろそろ四大属性で統一するのは無理があるな……ククっ、機会があれば陛下に進言しよう」
「火、水、風――土属性だけ、明らかに格が落ちるものね。いっそのこと、三人でも事足りるんじゃないかしら?」
部屋から笑い声が漏れる。よほど愉快なようで、わたしがいるときには感じられたこともない楽しげな雰囲気があった。
魔王軍四天王。
魔王直下の幹部であり、それぞれが同等の力量を有し、部隊を率いる権限を持つ。
だが、建前上の話だ。
暗黙的に序列があり、わたしは最下位に甘んじていた。
だから勇者の小手調べの為の尖兵として派遣され、そして敗れたのだ。
部隊を率いる権限というものも、わたしにはなかった。
部下は一人もいない。唯一の仲間は、お手製のゴーレムたちだけだ。
部下が欲しいと言っても「え? 自分で作れるんだからいらないでしょ?」といった具合に流され、文字通りのワンマンアーミーとなってしまった。
これでも四天王として尽力してきたつもりだ。決して輝かしい栄華はないが、魔導機部隊の戦果は上々だし、両手で数えきれないほどの砦と城を建立したし、今回だって敗れはしたけれど果敢に勇者へと挑んだ。
というか、もう死んだことになってるの?
命からがら逃げだしてきたんだけど?
廊下に呆然と立ち尽くす。
無様な敗北を経て、一応の仲間は陰口に花を咲かせ、なんかもう、限界だった。
ドアに手を伸ばした姿勢のまま固まったままのわたしを通りがかった魔族が訝しげに見ていたけれど、漂う哀愁が一切の問いかけを封じた。
どれだけ時間がたったかもわからないが、ようやく会議が終わったようで、扉が開き四天王が現れる。
「ククっ――おや、どうしたんだい、お嬢さん。迷子かい? ならば、この疾風のウィートが案内を――ぐっふぉあ?!」
「うるっせええぇっ! ばかやろーッ!」
渾身の痛打をみぞおちに叩き込む。最弱を称されたわたしの鉄拳は容易く四天王の一角を屠った。
「ちょ、ちょっと! あなた何やってるの?!」
「どこの誰だか知らんが、我らが魔王軍四天王と知っての狼藉であろうな?!」
続く残りの二人が、その光景にひどく狼狽えた。
灼熱のグラン。腐海のエルトリリス。腹部を押さえてのたうつ疾風のウィート。
そのうちの誰も、わたしの正体に気が付いていない。
秘匿していたのだから当然ではあるのだが、それが疎外感を加速させる。
目から熱い雫がぼろぼろと零れる。悔しさやら惨めさやら恥ずかしさやら、いろんな負の感情がないまぜになって、爪が食い込むほどこぶしを握り締める。
「ぐすっ、おまえっ、お前らなんかなあ……――うわああぁん!」
もはや捨て台詞さえ思い浮かばない、最弱に相応しい貧弱な語彙である。
涙を宙に煌めかせながら、逃げるように駆けだす。
四天王は追ってこない。突発の出来事に、今度はあちらが呆然としていた。
最弱の四天王であったわたしはその日、魔王軍を辞めた。