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それからの俺の人生は最悪そのものだった。
連れていかれた場所には、俺と同い年くらいの少年少女が沢山おり、服装はボロボロの布切れだけ、髪はボサボサ、身体中に痣らしきあともみえる。
そんな俺達は、ここで奴隷の様に毎日働かせられている。
毎日決まった時間に起床、食事は1日に1回だけ、就寝時間は3時間程度。
生き地獄にも程がある。
作業が遅いと、体罰という名の暴力を受け、少しでも言われた事に逆らおうものなら、何をされるか分からない。
実際に、指示してくるやつらに反抗したやつも何人か見た事はある。
だけど、そいつらはその後姿を見ることはなかった。
このゲーム『Love so Sweeeets』にも確かに奴隷制とあるかの話題がストーリーに関わってくるシナリオはあった。
けど、ゲームの物語の中で語られる内容は、断片的なものでしかないのかもしれない。
自分がそれに直面して、改めて自分はゲームとは全く関係ないルートを辿って居ることを痛感する。
どうすれば、俺はこの世界で普通に生きていけるのだろうか。
いや、いっその事…。
「…リアム、無事かな…?」
リアムとは連れていかれた所が違うのか、あれから何日か経っているのに、顔を見ないどころか、名前を耳にした事すらない。
ここにいる俺らのように、工場のような場所で働かせられている奴らもいれば、外で肉体労働をさせられている奴らもいると小耳に挟んだ事もある。
ちなみに今は、食事時間だ。
この場所においての一番安心の出来る時間だ。
就寝時間の方が監視の目が薄くなるからいいのかも知れないが、就寝時間の方が色々と嫌な考えが思い浮かんで、寝れない日がある事もしばしばだ。
だからこそ、休憩も出来て、何も考えず食事をしていれば良いこの時間が俺は好きだった。
だけど、そんな憩いの時間を今日は崩されてしまう。
俺の元に近づいてくる男が一人。
「101番。今日は別の仕事で外に出る。食事はそこまでにして、準備しろ」
「…」
「返事は!?」
「分かりました」
与えられた食事はまだ残っていたのだが、命令されたのなら仕方がない。
残すのはもったいないので、「残すのなら…」と俺の事を見てきていた少年がいるので、その少年に「片付けをお願いしてもいいですか」と言って、全てをあげることにした。
俺はその場を後にして自室に戻り、監視の目がある中、準備を進める。
外に出られる。
もしかしたら、そこで逃げられる手段があるかもしれない。
逃げた所で俺が頼れる場所なんてないけれど…。
けど、何かは変わるのかもしれない。
絶対にこいつらから逃げてやる。
準備を終えたと監視の男にその旨を告げ、監視の男に目隠しをされ、手を鎖で繋がれ引っ張られるようにして外へと向かう。
きっと、ここがどこであるかを分からせない為の対策なのだろう。
目隠ししたまま長いこと歩いた後、目隠しを外される。
そこは既に街の入口の前であり、街に入るための検問の行列に並んでいるようだった。
並んでいる時の周りの目は、俺が奴隷だと気づいているのか、哀れの目で俺の事を見てくる。
(そんな目で見るなら、助けろよ)
けど、俺も彼らの立場だったら、可哀想だと思う事は出来ても、助けようと行動に移すことは出来ないだろう。
奴隷に関わることで、自分らに被害が及ぶ可能性はあるのだから。
「今回お前にやってもらう仕事だが――」
並んでいる間、男から仕事の説明を受ける。
正直、逃げる事ばかりが頭の中でいっぱいであり、男の説明なんてこれっぽっちも入って来ていない。
「おい、聞いてんのか」
「…!?」
俺の反応を見て、説明を全然聞いていなかった事が直ぐにバレる。
鎖に繋がれたままの俺は抵抗することも出来ず、男に蹴られ、踏みつけられる。
周りの人々はそれを見えていないふりをする。
(耐えろ…。耐えろ! ここで耐えれば、逃げられるかもしれない)
ようやく気が済んだのか、男からの暴力が終わる。
「今度少しでも俺の話を聞いてなかったら…、分かってるよな!?」
鎖を引っ張られ、耳元でかなりの大声で怒鳴られる。
「そちらの御仁。彼は奴隷ですか?」
突如、俺達に誰かが話しかけてくる。
声がした方へ視線を向けると、銀髪ショートで赤眼を持つ、メイド服を着た女性が立っていた。
それに、メイドさんの後ろにはかなり豪華で煌びやかな馬車が止まっている。
馬車の中は布でできた仕切りで見えはしないが、誰かがいるのかシルエットは見える。
それにしてもこのメイドさん、どこかで見た事がある気がする。
転生してからの記憶なのか、転生前の記憶なのかは分からないけど。
「貴族様の使用人様がなんの用だ? 奴隷だったらなんだってんだよ」
「質問を質問で返さないでいただけますでしょうか? まあ、その反応をみるに彼は奴隷で間違いないようですね」
「そっちも、俺の質問に答えてもらえねえか? こいつが奴隷だとなんだってんだよ」
メイドさんに強く出る男。
だが、メイドさんは一向に怯むことはなく、顔色ひとつ変わることも無い。
「私は、エウメニデス家使用人。パルトネールと申します」
「エウメニデス家、だと…!?」
メイドさんが名乗り、そこでようやく男は怯み、表情が歪む。
俺もそこでようやく気づく。
目の前にいるメイドさんは、『Love so Sweeeets』の悪役令嬢、"ミストリア=エウメニデス"が唯一信頼を置いていた使用人、立ち絵こそは無かったが、スチルで描かれた事のあるキャラクター、パルトネールだ。
でも、そんな彼女が何故ここに…?
俺の頭のが混乱でいっぱいいっぱいになっている所に、更なる衝撃発言が彼女の口から発せられる。
「彼を譲っていただけないでしょうか?」
「なっ!?」
驚いたのは俺だけじゃない。
いや、それどころか、俺を連れてきた男だけでもなく、周りに居た全ての人が驚き、周囲が少しざわつき始める。
それもそうだろう、最高貴族であるエウメニデス家が、奴隷を譲れと言っているのだから。
貴族が奴隷を買うこと自体は聞かない話ではない。
だが、エウメニデス家はそう言った噂を一度も聞いた事がない。
それは下町育ちの俺だからでは無いだろう。
周りの人々の反応を見てそれが分かる。
「何が目的だ…?」
「申し訳ございません。それはお教えする事は出来ません」
「それだと、その要望には首を縦に振れねえな。こちとら、こいつを使って仕事をしなきゃいけないんでね」
「そうですか。でわ…」
そう言うと、パルトネールは馬車へと戻っていく。
「…まって。待って!」
俺はパルトネールを止めるために彼女へ叫ぶ。
俺の声は彼女に届いているはずなのに、パルトネールは歩みを止めようとはしない。
「たす、けて、ください…」
「お、おい、お前。静かに――」
「俺! 何でもします! 掃除でも、洗濯物でも、何でも! だから俺を――」
「黙れって言ってんだろ!」
「――ぐッ!!」
パルトネールへ助けを求め叫ぶ俺を止めるため、男は俺のお腹を蹴りあげる。
今までで一番の威力だと言うこともあり、俺は悶え立ち上がる事が出来なくなる。
暫くそのままの状態が続く。
だが突如、俺の横に何かが放り込まれる。
何が入っているであろう布袋。
「これでいかがでしょうか」
馬車に戻って行ったはずのパルトネールの声が聞こえる。
俺は顔を上げると、パルトネールさんは表情は殆ど変わっていないものの、さっきより少し真剣な表情に見える。
「…」
男は無言で布袋を拾うと、中身を確認する。
「…っち。分かったよ」
「では、彼をこちらへ」
男は俺を繋いでいた鎖を外すと、俺に「いけ」と言ってくる。
俺の頭の中の生理が全然つかず、パルトネールの言われるがままに着いていき。
馬車へと乗り込もうとする。
「初めまして」
馬車に乗り込みきる前に、中にいた人に話しかけられる。
初めましてと言われたが、俺にとって、中にいた女性は何度も見た事のあるキャラクターだった。
俺の知っている彼女とは、年齢が違うのでかなり幼いが、見間違うはずがない。
少しウェーブのかかった長い金髪に、サファイアの様に済んだ碧の瞳。
前世でやり込んだゲーム、『Love so Sweeets』内で一番嫌だったキャラクター。
悪役令嬢、"ミストリア=エウメニデス"本人だった。