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『Love so Sweeeets』、略して『らぶいつ』と呼ばれる乙女ゲーム。
特殊な力を持った女性主人公が、4人の攻略対象達と力を合わせて世界を救う。
その物語の恋愛シュミレーションゲームだ。
そんな『らぶいつ』は、乙女ゲームにしては珍しく、アクション要素のあるゲームで、恋愛シュミレーションゲームとは思えない程の作り込みから、女性人気だけではなく、男性からの人気も凄い。
かくいう俺も、そのゲーム性に惹かれたファンの1人である。
『らぶいつ』の人気は本当に凄く、アニメ化したり続編が出たり、ちょっとした社会現象になるくらいの人気を博した。
その中で行われる裏人気投票。
作中で1番嫌われているキャラクターで毎回ぶっちぎりの投票数を獲得するキャラクターがいる。
『らぶいつ』一作品目の主人公のライバルキャラであり、主人公や攻略対象の前に立ちはだかる敵、悪役令嬢の"ミストリア=エウメニデス"。
主人公に対する嫌がらせ、王位継承者とは思えない傍若無人な性格。
彼女のとる行動や言動は、作品をプレイした人全てをイラつかせた。
実際に俺も、ここまで嫌いになったゲームキャラクターは初めてだと思った。
そんな、色んな意味で思い出深いこの作品。
俺は何故か、目を覚ますと『らぶいつ』の世界に転生していた…。
「おはよう。クリス」
"クリス"
それが転生してからの俺の名前。
付けてくれたのは他でもない、今俺に挨拶をした1人の少年である。
「おはよう。リアム」
リアムは俺の幼なじみでもあり、共に生きてきた相棒である。
どういう事かというと。
俺達は親に捨てられた孤児で、盗みを働いたりして、かなり危険なスラム街だがなんとか生活をしていけている。
俺たちが出会ったのが五歳の頃で、今は十三歳になるから、かれこれ八年は一緒にいる。
「クリス。今日もいつものとこいくか?」
いつものとこと言うのは、盗みが働きやすく、盗んまれたことさえあまり気づかない、かなりのご老人が店主をしている店である。
「でもここ何日か連日でやってるから。今日は別のところでもいいんじゃない?」
「確かに…。あ、そうだ!」
何か閃いたのか、リアムがズボンのポケットから何か紙らしきものを取り出す。
それを広げると俺に渡してくる。
読み書きなんて習って来なかったし、俺達に分かるような内容なのだろうかと、紙に目を落とす。
「地図?」
そこには文字ではなく、地図らしきものが描かれていた。
「昨日さ、大事そうにこの紙を持ってたやつがいてさ、こっそり奪って来たんだ! もしかしてこれ、宝の地図だったりしないかな!?」
目を輝かせるリアム。
確かに一見すると、バツ印が書かれているし、宝の在処を示した地図にも見えなくもない。
それに、そんな大事なものを人が見ているところで取り出しているのも怪しいし、盗みが得意な俺たちとはいえ、子供に呆気なく盗まれるとは思えない。
なにか裏がありそう…。
「リアム。これ、凄く怪しいと思うから、やめた方が…」
俺は、この怪しさ満点の地図を見て辞めようと提案しようとリアムを見ると。
さっきまで嬉しそうに目を輝かせていたリアムは、今にも泣きそうな顔に変わっている。
「宝…あるかも、しれないんだよ…?」
「うっ…」
俺はリアムのこの目に弱い。
今でこそ俺は子供だが、元々は転生者であり、死ぬ直前であろう年齢は二十歳は超えていたし、見た目は子供頭脳は大人な存在である俺にとって、リアムのこの純粋な目で訴えかけられると、無理だって言い難い…。
「こ、今回は、その手に乗らないぞ! 明らかな怪しいし!」
だが、今回こそは負けない。
リアムのお願いは聞いて上げたいが、それで命に危機があっては元も子もないからね。
「どう、しても…?」
そ、そんなうるうるさせた瞳で俺の事を見ないでくれ!!
悪いことをしている気分になってしまう…。
「だ、だめ…」
「クリス〜」
「あ、危ないと思ったら引き返すからな!」
「ありがとう!クリス!」
そう言って再び目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながら抱きついてくるリアム。
元いた世界だったら、ショタがショタに抱きつくシーンなんてみたら、発狂しながらヨダレを垂らす輩がいたかもしれんな。
なんて事を考えながら、俺は不安を抱きつつも、地図のバツ印が書かれている場所に向かうことにする。
俺たちが根城にしている廃墟から歩いて三十分程度の場所に、目的があった。
見る限りでは怪しい所はない、ただの教会跡地って感じだな。
本当に宝があるのかもと、俺ですら少しワクワクしてきた。
同様に隣でワクワクが止まらないって表情をしているリアムの手を取り、俺たちは教会の中へはいることにする。
「お、おじゃましまーす…」
一応何かあるかもしれないからと、恐る恐る中に入る。
少し中を歩いてみたが特に何か罠とかも無さそうだ。
「リアム、2人で手分けして何かないか探そう」
「了解!」
手分けして宝を探すことにした俺たち。
かなりの時間探してみるも、特に宝は無さそうだし、お金になりそうなものすらない。
「唯一見つけたのは、この錆びて刃がボロボロのナイフだけか…」
何もないよりはマシと思い、俺はポケットにナイフを入れる。
ボロボロだし、そのまま入れても穴空いたりしないだろうから大丈夫でしょ。
「はぁ…」
あまりにも何にもないから、つい溜息がでてしまう。
だって、今日一日潰してまでここに来て、色々探したのに収穫なしなんてことになったら、飛んだ無駄足だし、リアムが最初に提案した通りいつもの店で食べ物とか盗んだ方が良かったって思える。
「もしかしたらリアムが何か見つけてるかもしれないし」
俺はリアムを探すために、部屋を出ようとするが、その前に扉が誰かによって開かれる。
「ちょうど良かった、俺もリアムをさがそう、と…」
「やっほ〜。元気?」
部屋に入ってきたのは、リアムではなく、2人の大人な男だった。
「お、髪はボサボサで身なりは汚いが、顔はかなり綺麗じゃねぇか」
「確かに。お嬢ちゃん、迷子かな?」
そう言って、少し近づいてくる男。
「お、俺はお嬢ちゃんじゃない」
「え、そんな可愛い顔して男の子なの? そりゃあイイネ!! 一部のマニアには高く売れそうだ!!」
「売れそう…?」
「そう。おじさん達。奴隷商だから。あ、これ。この招待状見てきてくれたんでしょ?」
招待状と言って俺に見せてきたものは、リアムが盗んできて、俺らが持っているはずの宝の地図だった。
「スラム街に居る、アホなガキどもは大事そうにしてるだけで直ぐに奪ってくれやがる。後は更にアホのガキがお金欲しさここに、俺達には会いに来てくれる。いやー! 商品調達が楽で助かるは!」
「バラス。話してないでとっととこのガキ、縛っちゃおうぜ」
「ん? ああ、そうだな」
近づいてくる2人。
俺は後退るも後ろが壁で、逃げ道といえば彼らが入ってきた扉しかない。
「ほら、大人しくすれば痛いことはしねぇよ」
「や、やめろ!!」
俺は一人の男に押さえつけられる。
抵抗しようにも、こんな子供の身体では大の大人になんか勝てるはずもない。
抵抗しながらも俺は考える。
やってしまったと。
俺はあの地図の怪しさに気づけていたはずなのに。
「クリ、ス…?」
俺たち三人は声がした方を見る。
そこにはリアムがいた。
「おじさん達、なにしてるの…?」
一人の男に押さえつけられている俺を見て、何が起きてるのか分からない表情をしているリアム。
「あれ、商品がまだいたんだ。ラッキー」
そう言って、一人の男がリアムに近づこうとする。
まずい、このままだとリアムまで奴隷にされてしまう!
俺だけならまだしも、リアムだけにはそんなことさせない!!
「は、はなせ!」
俺は精一杯の力を振り絞り、右腕だけでも男の拘束をとき、ポケットの中に入れて置いた、ボロボロのナイフを取り出す。
例え錆びてボロボロ出会っても、力を込めれば刺すことくらい出来るはず!
俺はナイフを男の脚を目掛けて突き刺す。
「ぐあああああ!!」
見事にナイフが脚に刺さり、男の拘束が解ける。
俺は急いで立ち上がり、リアムに向かっていた男の背中目掛けて飛び込む。
「なっ!?」
突如後ろからのタックルに耐えられなかった男は、そのまま前方に倒れる。
「リアム! 逃げるぞ!」
俺は勢いよくリアムのいる方へ駆け出そうとする。
だが…
「行かせねぇよ!」
倒れた男は、駆け出そうとする俺の腕を掴んでいた。
そのまま俺は引っ張られ、男に顔面を殴られ、飛ばされる。
「大事な商品だから、傷はつけないようにしようと思ったが、少し痛い目似合わないと分からないみたいだな。さぁ、お前もこい!」
「させない!」
リアムに近づこうとする男の身体に、俺は必死でしがみつく。
「リアム! リアムだけでも逃げろ!」
「で、でも…」
「いいから早く!! 行けって言ってんだろ!!」
「!?」
リアムには何度も怒った事はある、リアムはすごく能天気で抜けているところがあるから、放っておくと直ぐに危ないことをしようとする。
でも、今回の俺の怒りは、いつもと違う。
それを感じたリアムは、驚いた顔をしながらも、俺の言うことを聞いてくれて、その場を走り去っていく。
よかった、リアムだけでも助かって。
転生した俺が、前世の記憶を取り戻したのはリアムと出会う少し前、いきなりこんな世界に放り出された俺は不安と悲しみでいっぱいだった。
転生ものといえば、転生した主人公たちがチート能力を使って、無双していく話をよく見る。
なのに、蓋を開けてみれば、こちらの世界の親からは捨てられ、能力なんてなんにもないどん底からのスタート。
辛うじて転生らしい事と言えば、ここが『らぶいつ』の世界であるということが分かっただけ…。
そんな、俺の前に現れたのがリアムだった。
リアムと過ごした時間は、辛いことは沢山あったけど、頑張って生きていこうと思えた。
リアムは俺に生きるという事を教えてれた。
そんな彼を奴隷になんかさせたくなかった。
たとえ俺がこの先どうなったとしても。
「そろそろ離せ、このクソガキ!」
殴られ、その勢いで俺は飛ばされる。
2発も大人の本気の攻撃を受けた俺の意識が無くなるのは、一瞬だった。
意識が無くなる中、俺が思ったことは。
リアムがどうかこの先、幸せになりますように、だった。