プロローグ
目の前に広がる後継に俺は言葉が何も出なかった。
床一面に広がる赤い液体。
その液体は、倒れ胸に小さな穴が空いた1人の少女から流れ出ている。
考えたくもないが、これは血だ…。
それに…、目の前で血を流して倒れている少女は、俺が大嫌いだった、けど、今では誰よりも尊敬していて、失いたくない人だった…。
「早く!! 医者を呼んでください!!」
そう、大きな声で叫んだのは、倒れている少女が一番信頼を置かれているメイドである。
彼女は眼に涙を浮かべながら、倒れている少女の手を取り、必死に名前を呼びかけている。
俺も堪らず少女に駆け寄る。
「う、うぅ…。ご、めん、ね…」
「!?」
俺が駆け寄ると、少女は苦しいはずなのに笑顔を俺に向け、傍に居る俺にすらほとんど聞こえない音量で「ごめんね」と謝罪の言葉口に、笑顔のまま息を引き取った…。
「お嬢様ぁぁああああ!!」
泣き叫ぶメイド。
ごめんねの意味が俺はすぐに分かってしまう。
世間では、我儘で傍若無人で人の心を持っていない冷血魔女。
歴代最悪な『悪役令嬢』とまで言われている少女。
実際に、今この場で彼女に死に対して悲しんでいるのは間違いなく、誰よりも早く彼女に駆け寄ったメイドと、俺だけだと思う。
それを証拠に、突如の出来事で騒ぎになっているこの状況で、微かではあるが、彼女が死んだ事に安堵の言葉が聞こえてくる。
そんな、死んだことさえ悲しまれない彼女が俺に向けて放った「ごめんね」は、今までの行いを謝罪するものでは無い。
だって俺は、世間が思うような、我儘で傍若無人で人の心を持っていない冷血魔女のような人がするような事をされた事なんてないんだから。
むしろ俺は知っている。
本当の彼女は誰よりも優しくて、誰よりも暖かい心を持っている人だって事を。
そして、彼女が俺に語ったあの日の言葉を…。
『私は誰にどう思われようといいの。私はこの世界が好きで、この世界で生きている人達が大好き。私はこの世界を、人々を幸せにしたい。私は、この世界の、人々の--』
「だ、めだ…」
今ここで彼女を終わらせては駄目だ!!
「落ち着け! 皆の者、騒ぐでない!!」
俺はなろう。
「私は生きている!!」
彼女になろう。
「私こそが、第二王位継承者『ミストリア=エウメニデス』だ!!」
彼女の願いを、彼女の想いを消さないために。
この日から男の俺は、世間からは悪役令嬢と呼ばれる"ミストリア=エウメニデス"になった。