梨子は宇宙に憧れる
梨子は自宅からほど近い河川敷を歩いていた。
さっきの瞬間、なにかが起こったような気がする
嘘みたいで嘘みたいな今
青白い街灯の作る強い陰影だけが世界だった。
河川敷の堤防を歩いている。日は落ちて遠くで心細く鳴いていたカラスの声も聞こえなくなった。
川を渡ってくる風が「ぴいい」と泣いている。
冷気がマフラーや手袋を透き通ってくる。手も頭も痺れていたい。
わたしはあまり私のことが好きでない。
子供の時から空想の世界で生きてきた。
大きくなって物の分別が付き始めてもそれは変わらなかった。
学校でクラスメイトと何を話していいのかわからなかったとき、親の嘘に気づいたとき
自分が産まれるはるか昔に、あるいは遠い外国で起こる殺戮の話
すべてすべて彼女の世界の話ではなかった。
友達を裏切った。ただひとりの友達を裏切った。
やせっぽっちで捨て犬みたいなあの子を裏切った。
誰とも仲良くできず疎まれていた私たち
でも私だってあの子が嫌いだった。
わたしはわたしが嫌いでみんなも嫌い。あの子も嫌い。
だけど嫌い嫌いで人はどこに進めばいいのだろうか
大便と吐瀉物を同時に溢したような気持ちだ。
梨子は宇宙に憧れる。時に意識のスケールは超冪的に拡大し、目に映る風景を飲み込み溶かしながら
膨らんでいく
上下左右前後時空間、重力のゆらめきは夜人影耐えたテニスコートのネットのゆらめきに似て
見えない選手がプレイし見えない審判がコールする。見えない観客が沸く。
白熱するコートの様子を感じながら何にもわからない子供のわたしはただ無邪気に草を編んでる。
ここは私の場所じゃない
右に人面星座、愛も、左に手足銀河、つまらない人生、ラポール星団、吐き気がする
このままどこにも行かずに、時間に背いて、宇宙の終わりまで、
でも願ってる、いつも願っている
ばらまかれた星雲や銀河の輝きの中に、宇宙のどこかに私がいてほしい。
存在記号でのみ表される意味でもいい
わたしは、どこか遠くへ行きたい、違う存在になりたいと願いながら 私でありたいと願っている。
だから今この瞬間になにかが─
風が「ぴいい」と鳴いていた。マフラーをや手袋を透き通る風が痛かった。体が芯まで冷えてきた。
もう帰ろう、このまえ注文した薬もう届くかな…