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現場に着くと、青娥とイズマックが倒れているのが見えた。
てゐを含む医療班が来ていて処置を開始している。
「船長、2人とも昏倒してるウサ」
「精神ジャックの副作用だと思われます」
てゐと医療班の士官が処置を続けながら言った。
「命には別状はありませんが…」
「精神に問題があるかどうかまでは分かりません」
「むう…」
パープルは唸った。
トライアイ人は元々はテレパシー能力を有していた。
が、社会生活を続けていく内にテレパシー能力は退化してきて微弱なものになっている。
しかし訓練を積んでゆけばテレパシーを増幅して相手の精神を一時的に掌握できる。
これが精神ジャックだ。
記憶を見たり見せたりすることができるが、極度の精神集中が必要なのでその間は行動不能になる。
トライアイ人は精神ジャックを用いて、若いトライアイ人に論理の重要性を教育する。
感情を制御し、論理思考をする。
トライアイ人の教えはそれに尽きる。
精神ジャックは双方とも心身の修行を重ね、落ち着いた状態で行うことになっている。
でなければ、双方の精神に大きなダメージを残しかねないのだ。
イズマックと青娥は医務室に運ばれた。
とにかく安静にして様子をみないといけない、ということになった。
*
イズマックは記憶の中をさ迷っていた。
青娥の記憶は驚きの連続であった。
古代中国の環境がこんなに酷いものだとは思ってもみなかった。
士官学校で人類の歴史を学んでいたが、教科書を読むのと実体験とではまったく違う。
出自は貧乏な庶民
今日の食べ物にも事欠く生活
下には下がいる
親に負担をかけまいとして身売り同然に結婚
父親は失踪
母親は子を養うために働き過ぎて死んだ
夫とは子供が出来ず
一夫多妻な習慣のため二人目の妻が
家柄を維持するために農民から搾取し
中央からは逆に搾取される
弱いところから奪って行かなければ自分が死ぬ
それは家の中でもおなじ
相手を潰さなければこちらが潰される
二人目の妻を排斥
夫がおかしくなる
家は違う男が担うことに
ついて行けない
夜逃げ同然に逃げる
山に分け入り
仙人になるため修行
家が潰れた
諸行無常
一切が苦悩
この世は一切が苦悩なのだ
あはははは
狂ってしまいそうになる
狂ってるのは世の中だ
なぜ
なぜこうなった
苦悩は取り除けない
仙人になる
世の中を正したい
ムリだ
人は欲望を持ちすぎる
しかし欲望がなければ虫と同じだ
みんなはすべてのために
すべてのために
効率
個は全のために犠牲になる
おや?
これはどういうことだ
どうやっても崩れる
人は不完全
善でもない
悪でもない
平穏などないのだ
苦しみから解かれる事もない
私は考えるのを止めた
考えても無駄だ
考えるから失望する
期待するから失望する
失うのは嫌だ
空虚な自動人形
空っぽなのだ
皮肉
ニヒリズム
のらりくらりとかわし続ける
相手が分からなければ
自分を捉えきれなければ
悲しむことはない
そんなものは必要ない
なにも考えなくていい
*
「意識が戻りませんね」
医療班の士官が言った。
「トライアイ人に仙人、お手上げですよ」
「ふーむ」
てゐは腕組みした。
トライアイ人にはトライアイ人。
仙人にはその手のヤツ。
「船長、月の都基地司令はトライアイ人だったウサね?」
てゐは通信機を通して聞いた。
『そうだ』
パープルが答えた。
「司令に聞いて下さいウサ、トライアイ人が精神ジャックに失敗した時にはどうするべきか」
『分かった』
パープルが返事する。
「あ、それと亜空間放送の許可を下さいウサ」
『なぜだ?』
「幻想郷の知恵者に仙人について聞いてみますウサ」
『オーケー、任せた』
パープルは許可を出した。
*
空虚だ
コミュニケーションなどなんの意味もない
空の感情
何をやっても表面だけしか見えてない
(なるほどこれが彼女の見ている世界と言う訳か…)
(よほど荒んだ生活だったと見える)
(そして、仙人になってからも人に裏切られてきた)
(だから、人を裏切ってきた)
(複雑だが単純な要素も多い)
(なににも興味をもたない、なにかと深く結び付くこともない)
(自分を守りたいから、傷つくのは嫌だから)
(……)
先に一歩踏みだせない
深く繋がれない
そのくせ相手の気を引こうとする
屈折している
最初は記憶の奔流に驚いていたイズマックだったが、徐々に落ち着きを取り戻していた。
といっても精神世界の中に捕らわれたようである。
急に異種族の異質な記憶をインストールしたため、イズマックの脳がオーバーフローを起こしている。
同じ所をぐるぐるループしているような感じだ。
誰かが再度精神ジャックでリブートさせてくれないと戻らないかもしれない。
(セドミック司令か…)
(セドミック司令には責任を追求されるだろうな。これは私の落ち度だから)
(相手の承諾もない、緊急性もない、ただ己の興味だけで精神ジャックを強行してしまった)
イズマックは理性では恥じていたが、感情的な部分では後悔していなかった。
(今なら青娥さんの思考が少しは理解できる気がする)
(現実と理想の狭間ですりあわせが行われる、これは一般に処世術と表現するが、現実と理想のギャップが大きい時には奇妙な形で定着することがある)
(古代ヨーロッパ諸国の王宮にいたという道化)
(世の中の理不尽、無常に嫌気がさし出家)
(こんな例は人類の歴史では星の数ほどあるだろう)
(世の一般常識と大きくかけ離れた行動は、世の中の歪みを提示するいわば警鐘だ)
(大きな知恵はまるで愚者のように見えるという)
(いささか乱暴な考えだが、時間の制約に縛られない、分岐や選択肢の先を感じ取れる、そのような存在がいたとして、最善を求めたらどうなるだろう?)
(我々は時間を過去から未来へとしか進めない。先は知りようがない。最善を求めるのに一時的に不利益な状態になったとしても、それは知りようがない)
(そう言えば…)
イズマックは思い出していた。
(アンフィビア人が交換を求めてきた時、青娥さんは既に売店を始めていた。アンフィビア人が欲しがるものはエイラクマルにはなかった。青娥さんの売店がなければ、あのまま関係は終了していた可能性が高い)
(しかし、本当に未来が分かるのだろうか?)
(……勘か)
イズマックはこの勘というものに頼るのは好きではなかった。
(勘などという論理の対極にあるものなどを持ち出したくはない。しかしながら、可能性をすべて吟味して残されたものがそれしかない場合は、それはある意味論理的ともいえる)
イズマックは溜め息をついた。
*
セドミックが呼ばれ、精神ジャックをもってイズマックは意識を取り戻した。
イズマックが予想した通り、セドミックはイズマックの落ち度を指摘した。
イズマックは副長から降格された。
その代わりにムラサが副長として指名された。
実はこれは軍の意向でもあった。
幻想世界の探索はできるだけ幻想世界の住人に任せたい。
外の世界から隊員を送り込むのは軍にとっては負担となる。
そのため幻想世界出身者が育ってきたら、できるだけ外の世界の隊員を減らしてゆく考えなのだ。
「イズマック、あなたは個人的な興味で不適切な精神ジャックをしました。わかりますね?」
「はい、司令。罰はいかようにも受けます」
「ふむ、なにか得られたようですね」
「はい、我々の教えとはかなり違いますが、得難いものを…」
「我々が連盟に協力している理由のひとつはそれです」
「え?」
「同じ考え、同じ行動、画一化された集団は、環境が一変したとたんに淘汰されます。植物は我らの星には少ないですが、地球では繁栄しています」
「突然変異ですね」
「そうです。変異は意味のない事ではない。頭の固い上の連中はなかなか理解しませんが、生存戦略の一つなのです」
「…驚きました」
「論理的に考えればでる答えですよ。あなたの行動は誉められたものではない。が、結果的には我々にはプラスとなるでしょう」
セドミックはそういうと去って行った。
一方、青娥は永琳が診ていた。
シャトルを幻想郷へ降ろして迎えに行ったのだった。
「精神世界に閉じ籠っているようね」
永琳は苦い顔をしている。
(こんなのどうしろってのよ…?)
永琳は肩書きこそ薬師だが、実際には西洋医学的な考えを持つ科学者である。
精神医療というものはあるが、より物理的な病気の方が得意である。
「失礼」
そこへ誰かがやってきた。
セドミックだった。
「月の都基地司令のセドミックです」
セドミックは礼儀正しく挨拶をした。
「八意永琳です」
「お噂はかねがね」
セドミックは笑顔で言った。
作り笑いだが、他種族と交流する機会の多いセドミックはこうした外交的な技術も身に付けている。
「依姫さんによくあなたのお話をお聞きしてます」
「あ、あー、そうですか」
永琳はなんだか居心地が悪くなって青娥を見る。
「よろしければお手伝いをと思いまして」
「あ、それは助かります」
永琳は素直に受け入れた。
病人を助けられれば、それでいい。
医者としての判断だ。
セドミックは精神感応で青娥の意識を揺り起こした。
リブートである。
「すぐに目覚めると思います」
セドミックはそういうと、
「では失礼します」
「ありがとうございます」
「ご助力感謝しますウサ!」
永琳とてゐはその後ろ姿を見送った。




